飛梅と小説家《薄氷奇譚》8



 粗方の疑念が、憂鬱な確信へと変わってゆく。


「でも……た、ただ、ただ、先生」

「何だい?」

「ただ、ボクを此処に閉じ込める時に童子は、『悪童には罰を!』と怒鳴っていたから、ボクが薄氷うすらいを割り遊んでいたことをとても怒っているというのだけは確かだと思います。助けて、先生」

「ほう」


 昨日童男おぐなが吸い込まれていったのは薄氷である筈なので、それでは話の辻褄が合わなくなる。

 薄氷のあやかしは砂糖菓子までは扱えないからだ。

 薄氷の妖が薄氷の中に人をかどわかすことは可能でも、薄氷の妖が砂糖菓子の中に人を拐かすことはできない。

 彼奴きゃつの正体を砂糖菓子の妖だと仮定すると、彼奴は、何処かしらで隠れ見た攫われた童男の姿を幻として金平糖の中に浮かべ私を騙している。

 また、正体が薄氷の妖だとしても、それはそれで砂糖菓子は扱えぬわけなので、水気のある物を伝い金平糖そのものに化け私の目を騙している。

 妖2匹が組んでいる可能性も、なくはないが、狙いが私ならば考え難い。手ごとひと思いに私を喰らうにしろ、喰らわずゆくにしろ、私を襲う妖どもの求むものは複数では分け合えないが為だ。


 最早、彼奴の正体が童男ではなく例の如く私を騙しに来た妖であることは明白。

「――ちきしょう」

だがそれが解ったところで、それならばそれで、この妖の口から童男を攫い隠している場所を聞き出さねばならず、著しく面倒であることに代わりはなかった。

「昨日からずっと此処で、何も食べていません」

 遅疑逡巡ちぎしゅんじゅんする私の心の内など想像もせず、妖は切々とした口調で尤もらしく頭を垂れる。


 彼らの求むものは軽々しく与えてはならぬ定めのものだが、人として、幼子の命を諦めるというわけにもいかない。


「なァ、坊主。その話を信じるとするのならば、君が今閉じ込められているのは昨日吸い込まれたという薄氷の中でなければ道理が通らぬ筈ではないのかね?『薄氷童子』であって『砂糖菓子童子』ではないのだからね。妖ってのは、そんなに万能じゃあないんだぜ? で、それを踏まえたうえで、何故に君は今、こうして、私が食していた金平糖の中なんぞに居るんだい?」

私は搦め手からゆき求む答えを得ようと試みた。

「解りません……」

「解らん解らんばかりじゃあ、君、いくら私とて助けようがないってもんだぜ? こちとら神でも仏でもないんだよ。単なる草臥くたびれきった中年親父なんだよ。しかも1人では生きてゆけぬたちのな。もう少し協力的になってもらわねば先生とて……否、先生だからこそ、やりようがないぜ?」

「み、見捨てないで!」

 私の顔先で、金平糖が激しく震え始める。

「ボクを見捨てないで。どうか『君を助ける』と言ってください! どうかボクを『助ける』と。ひと言で構わないから! お願いだ!」

妖どもが私に求む言葉は、いつでもその1つだ。

 ――定めのせいで、助けたい人間にすら簡単には言えぬのに、おいそれと妖なんぞに与える訳がないだろう? 奴らには何故それが解らぬのだ。

 まこと相容れぬ存在なのだと再認識する。

「はぁ。どうしたもんかね……」

 このような押し問答を延々と続けたとしても、童男の居場所は恐らく永遠に解らない。とにかく彼奴に自分は妖だと認めさせねば話にならない。だが、どうやらそれが最も難しいようだ。

 疲れ果てた私は、無意識に首筋を伸ばした。

 が、その時、偶然る事に気が付いた。

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