飛梅と小説家《薄氷奇譚》7



 私は、『薄氷うすらいの欠片に吸い込まれた筈の童男おぐなが翌日金平糖の中に居る』という不可思議な一点がどうしても引っかかり、菓子の中の人物が真実を話しているのか否かすら解らなくなっていた。


 ──困った。声だけでは、あやかしであるか本物の童男なのか解らん。と云うか妖本体ならもう既に放って逃げ出したい。客間で大福を食べたい。


「これはまた、にっちもさっちも――どうにも」

 しかしながら、暗中模索を厭うていては永久とわに何も解決しない、光は差さぬというもの。

 その為私は、どうにか気を取り直し、昨日さくじつより延々と続く青天の霹靂の猛攻に食傷気味であるおのが身を励まし、掌中の金平糖を今1度眺めてみることとした。


 目を凝らすと、不思議なことに、白い金平糖の中央で、更に小さな人影がユラユラと揺れている奇妙なさまがよく解る。


 が、姫蟻ひめありの如き有り様になっている彼奴きゃつの声は時折酷く聞き取り辛く、私は、やむなく、金平糖を横外っ方よこぞっぽうに寄せて耳を傾けるしかなかった。


 人影は、私に助けを求め続ける。


「先生。偉い小説家の先生。ね、凄いんでしょ? お隣のおばちゃんが言ってたよ、頭が良いって。どうかボクを助けて。早くここから出たいんだ。病気の母さんの所に帰らなきゃ。お使いのお薬を持って帰るのを1人で待っているんです。薄氷に惹かれて寄り道なんてしなきゃ良かった……」

 かつてない規模の類稀なる怪しさだ。

 それでも、これが、童男の行方に繋がる唯一の糸ならば、手繰り寄せるしかない。どんなに放り出したくとも、逃げるわけにはいかなかった。


 ゆえに、私は努めて優しく菓子に接した。


 傍目から見ると唐突に金平糖に話しかけ始めた大男が私なわけで、誰かしらに見られた際に最も怪しく思われてしまうのは彼奴ではなく私の方でまず間違いないだろう。


 どうあれ、素知らぬ顔をして人影と話す。


「はて。薄氷童子とは初めて耳にする名の妖であるが、いったいそれは何者か? まこと無知にて恥ずかしき限りではあるのだが、1つこの浅学な先生にも解るように少々教えてはくれまいか?」

 彼奴は答える。

「解りません」

「ならば何故――」

私は、責める言葉を吐き出しかけたが、すんでの所でその先を丸呑みにし、おのが胸中に留めた。


 ――何故……薄氷童子という名を知っていたのだ。妖は人間に主導権を奪われてはならぬゆえ、滅多なことでは自らは名乗らぬ筈だ。

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