【ネタバレ有り】映画『君たちはどう生きるか』の考察と感想です。

杉林重工

【ネタバレ有り】今更ですが『君たちはどう生きるか』の感想文です。

※ただの架空のお話です。架空の登場人物が、映画『君たちはどう生きるか』の感想を喋るだけです。


「乃公はこれから先、一体どう生きればいいんだ」


 真血出端留(まぢで はしる。十六歳。罪斗罰高等学校二年生。男性。四号文芸部部長)はその狭い部室で机に突っ伏していた。どん、と机の上に、真っ直ぐ正面へ、ほっぽり出された両手。それを、そっと、しかしてしっかり、なおかつちゃっかり、対面に座る不滅田為子(ふめつだ ためこ。十七歳。罪斗罰高等学校二年生。女性。四号文芸部副部長)が握った。


「大丈夫ですよ、端留さん。端留さんはわたしが養いますから。毎日お小遣いを差し上げて、一日でも長生きするよう飼殺します。ですから、そうやって周りの目や物事に敏感になり、過剰に反応しては、無駄に一喜一憂してぐずぐずと立ち止まり、前に進まず置いて行かれて、世間に遅れて無為に沈んでいけばいいんです」


 でも、わたしが必ずお傍にいます、と不滅田為子は静かに付け足した。


「愛が歪んでいます」


 その様を、ちょうど四号文芸部の部室に入ってきた生徒、向風心炉(むかいかぜ こころ。十五歳。罪斗罰高等学校一年生。女性。四号文芸部部員)はそう指摘した。


「正しい愛とは何か、説明できますか」為子は訊ねた。


「十万字ください。やってみせます」


「いや、もういい、不滅田、向風」


 端留は、為子の手を振り払い、顔を上げた。だが、


「ぐううう」


 と、また顔を伏せ、端留は情けない音を立て始めた。


「読書の邪魔です。静かにしてください」


「だそうですよ、端留さん。二人で体育館倉庫などいかがですか」


「不純異性交友の予感がします。四号文芸部が問題になります。やめてください。真血出先輩はどうやったら静かになりますか」


 心炉は端留に訊ねた。


「乃公の困惑を乃公が克服すればいい」


「カウンセリングが必要です。学校でカウンセラーの相談室をやっているはずなので、ご予約を」


「不潔です。カウンセラーと二人きりだなんて」為子は抗議した。


「なぜそうなる」心炉は眉間にしわを寄せた。


「向風、例えばなんだが」


「はい?」


「君は、尊敬しているセンセイから唐突に、アニメ業界においては、なんかこうとっても表立っては言えないようなかなりあれな環境が常態化しているし自分も一翼を担ってもいるかもしれない。あと、純粋な作品作りの前に、それらに対し、金を出す代わりに食い物にしようとする輩が多くいて、とにかくたくさんの課題を抱えている。だが、アニメは一人じゃ作れないし、そういった歪みを抱えないとどうにもならない。この捻じれた世界で君はどんなアニメを作るか、考えてほしいし、これから先も頑張ってほしいと言われたらどんな気持ち?」


「?」


「でしょう。端留さんの気持ちを理解できるのはわたしだけですよ」


「不滅田先輩がそうやって人の心の弱みに付け込んで他者を懐柔するのは自由ですが、その問いは何なんですか」


 気になりはします、と心炉は椅子に腰かけ本を開きながら言った。そしてページをめくる。どうやら言葉と裏腹に彼女の関心は薄いようだった。


「端留さんは、『君たちはどう生きるか』を観たんですよ」


「観た? 読んだではなく?」


 心炉はつい為子を見た。


「違う、映画だ。観ていないのか。宮崎駿の最新作だ」「宮﨑駿です、端留さん」為子が指摘する。


「心を読んだな。そう、宮﨑駿の最新作だ」


 端留は訂正した。心炉は首を傾げた。


「観ていません。そういえば、アニメ化するんでしたっけ」


「くっ、だが、これは鈴木プロデューサーが悪いな」


 怒りを嚙み殺す。


「向風さん、端留さんはあの映画を見て、躁鬱の只中にいます。そっとしておいてあげてください」


「はい」


 慣れたもので、心炉はそう返事して読書へ移行した。端留に取り合っていては何も進まないことをよく知っているからだ。


「待て、不滅田は見たのか、『君たちはどう生きるか』を」


「はい。端留さんが宮崎駿をファンであることは存じていますから。気づきませんでしたか、G13にいましたよ。一度、つい興奮して椅子へ靴をあててしまい、すみませんでした」


「ん? どういう意味だ? まあいい。見たのなら、『君はどう思った』」


 少々鼻息荒く端留は訊ねた。気になって心炉は端留の顔を覗き見ると、彼の目元がどやりと鈍く輝いていた。心炉は辟易した。


「わたしは楽しかったです。あ、これからネタバレに入ります。向風さん、お嫌でしたら自主防衛を」


「いえ、わたしはネタバレ大丈夫です」


「それでもお前は文芸部か。感動を大切にしろ。そんな奴は退部だ」


「横暴だ」


 心炉は仕方なく、鞄からオーディオテクニカのワイヤレスイヤホンを取り出し、yosasobiを流し始めた。


「米津を聞くんだぞ」


「聞こえてませんよ」為子は言った。


「はい、全く聞こえません」心炉は誰に言うでもなくそういった。


「ほら、大丈夫です」そして為子は続ける。


「あの映画、少々陰鬱でしたが楽しい冒険活劇でしょう。『千と千尋の神隠し』が少し背伸びしたような」


「雰囲気はそうだ。どちらかというと、宮﨑駿、もとい宮崎駿が今まで見聞きし経験し作ってきたものが最も融合して出てきたものだとも思う。原液という表現もあるが、乃公には余分を排し、削り、より尖った、という印象が強い。洗礼されたものの気がする」


「そうですね。故に、実は少し、端留さんの躁鬱についていけないのが実情です。冒険活劇は冒険活劇で受け入れればいいのです」


 少し残念そうに為子は言った。


「不滅田の言う通り。全体的には本当に、宮崎駿の映画だったのだ。特に乃公が思い出したのは『シュナの旅』だ」


「映画ではないですが……どちらとも、どこか神話や、荒唐無稽な民話を思わせるところがあります」


 特に後半ですね、と為子は頷く。


「そうだ。荒唐無稽で時々不可思議、まるで最も新しい昔話のような力があった」


「わたしとしては、振り返ってはいけない場所や最後まで正体のわからない墓場、風切り羽などがらしさを感じます。『千と千尋の神隠し』の印鑑や泥団子、『となりのトトロ』のお土産とか。『風の谷のナウシカ』のセラミックの剣一つにも、ドラマがある気がします。ああいう、突然現れて説明のないまま終わる、でも説得力にあふれた不思議なアイテムは、その背景などの想像を掻き立てるので好きです」


「気持ちはわかる。そういう意味でも、終始、らしかったといえる。鞭のような魔法の杖も、いきなり始まるかっこいい抜刀シーンも心が躍ったな」


「はい。端留さんの狼狽えた姿には劣りますが」


「だけどな、不滅田。ちょっと、透けて見えなかったか?」


 端留は声のトーンを少し落とした。


「どこがでしょう」


 そういいながら為子は自身の制服を見直した。罪斗罰高等学校の制服はブレザーである。ゆえに、女子生徒の夏服はベストがセットになる。不滅田為子もそれに倣い、きちんとベストを着ていた。


「透ける要素なんて」そういいながらベストを脱ごうとする、のを心炉が無言で止めた。ばしり、と向風心炉の数学のノートが為子を制裁する。


「違う。例えば、ワラワラとかの話だ」


 ふん、と端留は鼻を鳴らした。


「ワラワラ? 嗚呼、可愛かったですね。ふわふわと浮いて、なおかつ弱く。食べられもすれば燃やされもし、なんといっても自分たちでは自立できず、食事すらも他者に依存することしかできない姿が儚く愚かで、愛おしく思います」


「乃公は、あれが可愛すぎると思う」


「可愛すぎる?」


「今までのジブリのキャラクターは、可愛さの中にも不気味さやちょっとした醜さがあった。まっくろくろすけやこだまだって捉えようには気味が悪いし、キツネリスにも野生動物らしい獰猛さを見せるところがあった。違うか」


「確かに、思い返せば、あの程度のキャラクター、きっと向風さんが小学生ぐらいのときにノートの端に書いていたに違いありません」


「何か言いましたか、先輩」


「あまりあの程度というな。誰が聞いているかわからん」


「失礼をば。素敵なキャラクターデザインに違いありません。早くキーホルダーやアクリルスタンドでグッズを出していただきたく思っております。三鷹の森ジブリ美術館やジブリパーク専売でも構いません。買いますので」


「そうだ。そういう姿勢が大事だ」


 端留は満足げに頷いた。


「ほかにも、ペリカンなんて直球な動物がキャラクターとして出てきたのも驚きだし、逆にあんなにカラフルなインコがメインでジブリの世界を闊歩するなど、想像もしなかったのではないか」


「確かに、今までのジブリを踏襲した雰囲気や世界観ではありましたが、一方で違和感ではあります。カラフルという意味ではポニョも相当だとは思っていますけれど」


「乃公が思うに、あれらには元ネタがあると思うのだ。そう、それこそ、透けて見える」


「なにがでしょう?」


「ワラワラは、きっとアニメ業界に足を踏み入れた新人たち、例えばアニメーターなのではないか」


「――」


 為子は止まった。文字通り、椅子に座ったままじっと端留の顔を見、やがて、


「よくわかりませんね」と言って窓の外に目をやった。


「可愛すぎるのは、可愛すぎるように描かないといけなかったんじゃないかと思う。自責の念だ」


「――」


「おそらくあのアニメに登場する人物には、元ネタがあるんだ。否、今までジブリ作品にも、もちろんいたはいただろうが、今回はわかるように誘導されている気がするのだ。だって、それを伝えるのが目的にあったからだ。わかりやすいところでいくと、大叔父様はどう見ても宮崎駿自身だ」


「はて」


 ずっと窓の外を見ながら為子は言った。その様子に、端留は付け足す。


「不滅田はフィクションはフィクションとして観たいタイプだろう。『シン・ヱヴァンゲリヲン』の一部の人たちの考察も苦手じゃないか」


「なんのことでしょう。マリはマリ、それ以上でもそれ以下でもない、それでいいと思います」


「だが、乃公は敢えて、主張する。大叔父様は宮崎駿自身だし、そのほかのキャラクターにも、何かしらの本人がいる」


「嗚呼、いけず。では、ほかのキャラクターはなんだというのですか」


「ペリカンはワラワラを食っていた。あれはよりアニメーターに近い存在、大叔父様を宮崎駿自身だといったが、ペリカンも宮崎駿をはじめとした先輩アニメーターなんじゃないかと思う」


「え、えっと、それは……」


「今一瞬、いろいろと思い出さなかったか。我々とも志が似ているような気もしないでもない少女が主人公の……」


「いいえ。まさか。あと、それ以上はぼかすのが賢明かと」為子はそっぽを向いた。


「難しい時代だ」端留は腕を組んだ。


「では、話はそれくらいにして、アオサギが菅田将暉さんだったこととかに触れませんか。あんな声が出せるなんて、次はフィリップがおじいちゃんになるシナリオもいけるのではないかと……」


 余程この話題が嫌と見える。だが、端留は止まらなかった。


「全部を当てはめるのは難しい。別にスタジオジブリやその周りの人物関係に詳しいわけでもない。だが、あのオウムたちはきっとアニメで儲けている外部の人たちのイメージなんじゃないか。主人公に対してもそうだが、まさにこれから食い物にしようとする存在のメタファーだと思う」


「あくまで端留さんの妄想です」


「主人公の母親の役割とか、産まれてくる子供とかにもいろいろ後付けすることはできるだろうが、難しいな。詳しくないことも足を引っ張っている気がするが、全体的にあれはアニメ作りの話と考えると、新しく生まれる、という要素が必須だから入れた、ぐらいの気持ちでいい気がするが……気になるならもっとちゃんとした批評を読むといい」


「そういう丸投げはよくないですよ」心炉が言った。


「乃公は乃公の感想の話をしている。そういうことだ」


「その通りです。あくまで個人の感想です」


「つまり、あの塔や巨大な石はスタジオジブリのことだと思う。そしてそれを支える積み木、否……」


「墓石」


「それは、ジブリがまさに積み上げてきた作品だろう。十三個という個数、あまりにも気になって調べたが、数えようによっては宮崎駿が監督してきたアニメの本数に近似だ。正しい数え方の推測は難しいから明言は避ける。近似だ。近似な?」


「あくまで数えようによっては、です。近似なのです。変に噛みつかないように。ね?」


「大丈夫です。みんな他人の妄言に付き合うほど暇じゃないですよ。そんな情けない人、この■■■■にいるわけがありません」


 本を読みながらyoasobiを聞きつつ心炉が口を挟んだ。


「アオサギはもうあれ、どう見ても鈴木プロデューサーだろう。こうしてみると、あのアニメはシンプルに、アニメ業界やスタジオジブリを塔や巨大な石に例え、その現状を宮崎駿自身の視点から提示しているだけに見える。特にあの冒険パートはな」


「つまりジブリ版まんがはじめて物語というわけですね」


「他に例え話なかったのか?」端留は目を細めた。


「さあさ、それよりも、塔に入る瞬間や、とたんに締まる門のわくわく感とか、意味深でしたが結局謎だった門の向こうのなにかについて話しましょう!」


「なんかゼルダみたいだったよな」


「逆ですよ、端留さん。■■■ゴーレムとかはどうみても」


「それくらいにしておけ」端留はぴしゃりと言った。


「で、結局真血出先輩はその映画の何が気に食わなかったのですか」


 急に、イヤホンを外して心炉は言った。


「気に食わなかったのではない。ただ、乃公は……」


「あー! えっと、冒頭のおばあちゃんたちがお土産をあさるシーンはドキッとしましたよね。あの辺の居心地の悪さといいますか、わくわくだけじゃないジブリの持つ不気味さが出ていて、なんとも味わい深く……」


「不滅田先輩、これ以上真血出先輩を庇っても仕方ないですよ」


 心炉は深くため息をついた。為子は言葉もなく、そっと端留の様子を覗き見た。


「つまりな、向風。この映画は、宮崎駿視点で見たアニメ業界の悪習と、しかしそうでもしないと作品を世に出せない歪みを描いていると思うのだ」


「はあ、さっきなんか似たようなこと言ってましたね。なんですか、不滅田先輩も揃って二人で、きれいなアニメ業界だけ見たかった、とかそういう話ですか」


「違う。歪みを問いただすこと自体は問題ないのだ。そういう作品はたくさんあるし、そもそも『君たちはどう生きるか』自体にも大雑把に言って似たような問いかけはある。ある種原作通りだと思う。それこそ、映画の方でも戦闘機の生産でよい生活が送れている主人公の難しい立場が描かれている」


「あのシーンも暗くはありますが、実生活がアニメ制作に活きるというメタファーに見えて……おっと失礼。聞かなかったことにしてください。嗚呼、自己嫌悪。全部端留さんが悪いのです」


「では、それがなにか?」


「問題は、その問いかけが……乃公には関係がない、ということなんだ」


 急に力なく端留は言う。


「そりゃ、真血出先輩は別にアニメ業界目指しているわけではないですもんね」


「そうだ。乃公はいつか、文学界を揺るがす至高の文学を作る。だが、乃公は宮崎駿のアニメが好きだし、ずっと応援してきたつもりだ」


「ちなみに端留さんのお部屋にはとても大きなトトロのぬいぐるみがあるんですよ。かわいいですね」


 もちろん、そのかわいい、とはトトロのぬいぐるみのことだろう、と心炉は飲み込んだ。


「その、宮﨑駿の最新作だ。楽しみにしていた。ずっとだ。乃公は監督に説教されるのだって構わないと思っている。自分とぶつかる意見も、押し付けられる見解も、すべて乃公の思想、創作の糧だと思っている。だが、行ってみたらどうだ」


「どうだったんですか」


「宮﨑駿からの、アニメ業界に携わる人へ向けたエールではないか」


 そういいながら端留は再び机に突っ伏した。


「……なんか、疎外感。乃公だって、墓石持って帰った一人だと思うのに」


 そして、ぼそりとつぶやいた。


「横暴だ」


 心炉の口から本心がこぼれ出た。


「そんなことであれやこれやと部室で騒いでいたんですか。最悪です」


「だって、しょうがないだろう。好きなんだもん。説教のほうがよかった。結局監督は、乃公のことなんかどうでもいいんだ」


 そういって、突っ伏したままそっぽを向いた。


「びびびびびびびび」


 口に手を当て、悲鳴とも歓喜の声ともつかない不気味な音を不滅田為子は立て始めた。心炉はぞっとした。


「嗚呼、いいんですよ、端留さん」


 為子はそっと端留の耳元で囁いた。


「そうやって、うじうじと悩み、疎外感に苦しんでください。前に進む必要なんてないんです、びびびびびびびび」


「あの、マジで乃公がこの先、結局何もしないで世間から沈んでいくことがあっても、とりあえず死なないように養っていただけるんですか」


 とても気持ち悪いことを真血出端留は言い始めた。


「はい。勿論です。端留さんが望むならいくらでも」


「大学受験失敗して諦めて、毎日毎日SNSで適当な有名人にクソリプを送り続けるようなカスでも」


「はい。毎日お小遣いを差し上げましょう」


「就職もせず、生活保護の申請すらせず、毎日毎日カクヨムにカッスいラノベを投稿するだけになっても」


「はい。毎日投稿するだけで、なんと偉いのでしょう。むしろそんな人すら稀なのでは。そんな端留さんは立派です」


「それすらやらず、毎日Netflixで観もせずに映画を昼間から垂れ成すだけになっても」


「どうぞ。例えそうなっても、わたしがお隣にいますよ」


 ついに二人の世界に旅立ち始めた。心炉はため息をついた。


「だっさ。爪の先程でも心配したわたしが馬鹿でした。愚かでした」


「なんだと」


 一切動かず端留は言った。


「それなら、そのうち何とかなりますよ」


「どういうことでしょう」


 為子も不思議そうに言った。


「一応、先輩、文学界を揺るがすんですよね。なんとかなるんじゃないですか」


「わけがわからん」


「近々、宮崎駿さんに、先輩の作品、アニメ化してもらえばいいですよ」


「そんな荒唐無稽な」


 端留は思わず身を跳ね起こした。


「別に、アニメ業界の人にエール送ってもいいじゃないですか。映画というか、ありとあらゆる作品の基本は誰かにあてたものです。自分すら含んで、です。表に出すなって言われても、それが人間です。言いたいことがあって、それを言う。平安時代どころか、はるか昔、壁画のころからの人間の共通事項です。なぜか。そんなの、ただの気晴らしに決まっています。そんな他人の気晴らしに、一喜一憂するなど阿呆なのです」


「あ、阿呆、だと!」


「そうです。悔しかったら、振り向かせてみろ、って話です」と、心炉は言った。


「くや、悔しい、だと? 乃公はそんなこと一言も言ってないぞ」


 端留は声を震わせた。


「見てもらえなくて、悔しいってことでしょう。説教なら、まだ先輩のことを見ているといっていいでしょう。でも、今回はアニメ業界の人たちに向けたエールだったから、先輩は無視されて悔しい、そういうことでしょう」


 じゃあ、わたしは帰ります、と言って、心炉は本もスマホも鞄に詰めた。


「あら、もう帰るのですか」


 為子が訊ねた。


「はい。考えたこともありませんでしたが、原作、面白そうじゃないですか。わたしは書いてきます。鈴木プロデューサーって基本的にタイにいるんでしたっけ。今度お手紙を出します。次の宮﨑駿作品の原作はこの、向風心炉です」


 自信たっぷりに向風心炉は言った。


「な、ちょっと待て!」


 端留が叫ぶ。だが、それを背に、さっさかと心炉は部室を出て行ってしまった。


 二人だけの部室。真血出端留は硬直した。不滅田為子はじっとその姿を見つめた。そして、今だ、とばかりに為子は端留の顎に両手を添え、唇を近づけた。


「あ、そうそう」


 急にドアが開き、再び向風心炉が顔を出した。


「で、面白かったんですか、『君たちはどう生きるか』」


「当たり前だ! すごい面白かったぞ。今も映画館でやっているかどうかは知らんが、やっているなら見に行け! 駄目ならブルーレイを買え! もしくは必ず金曜ロードショーの視聴率に還元するんだ!」


「あと、グッズも発売されたら買ってくださいね!」

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【ネタバレ有り】映画『君たちはどう生きるか』の考察と感想です。 杉林重工 @tomato_fiber

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