第8話 最終話 それは人として無理なんじゃないかな

 俺は橘 尹尹コレタダ

 都内近郊を股に掛ける、トレジャーハンターだ。

 流石に今回は、生還出来ないかもしれない。


 絶妙なタイミングで、噴火に巻き込まれたのかと思ったが、そうでもなさそうだ。

 噴き上がるマグマは9本の渦となって、立ち上がっていた。

 その先はまるで、大きく口をあけた大蛇のようだった。

 九つの頭がこちらを、冷たい燃える目で見下ろしていた。


「燃える八岐大蛇やまたのおろち……これが帰れない理由か」

「ええ~! ど、どうすんの、ただにぃ! 無理っしょ、あれは無理っしょー!」

「あちぃ! ばか、動くなって、あっちぃ」

 防火とはいっても、それほど大きくはないし、そもそもマグマなんて防げない。


 人がどうにか出来るようなエネルギーではないし、逃げ道もなくなっていた。

 これは諦めるしかないか?


「ん?」

 甲高い悲鳴のような音が聞こえる。

 空を見上げると、大蛇の頭上に黒い物が飛んで来た。


「ヘリね~。日本を飛んでて良いもんには見えないけど」

 権藤の呟きの通り、飛んで来たのはヘリコプターのようだった。

 もっと丸っこいイメージをしていたが、なんというかシュッとした黒い機体で、横から飛行機のように翼が伸びていた。

 さらに、その翼の下には……どうみてもミサイルにしか見えないものが、両翼合わせて6基、何故か装備されていた。

「自衛隊……じゃ、ないよなぁ」

 あんなデカいジェットエンジンを、ケツに二基も搭載したヘリは、自衛隊にはいないだろう。


 絶体絶命な俺達を見下ろす大蛇よりも、さらに恐ろしいものが、姿を見せる。

「ママ!」

「うっそだろ……」

 ヘリの後部に乗っていたのは、尹尹おれの姉で尹尹いちかの母、尹尹これちかだった。


 ヘリのドアを開き、身を乗り出すチカ。

「あっ、パパもいる~」

 運転席には義兄にいさんまで乗っていた。

 なんてもんを運転してくるんだ。


「何やってんだいタダ! そんなもん、さっさとぶっ飛ばしな」

 ヘリの爆音に負けない大音声だいおんじょうで、チカが無慈悲に叫ぶ。

「いや……人として無理だろ」

「あんたの姉さんって、どうなってんの?」

 権藤も呆れてるが、俺だって意味が分からない。

「どうなってんだろうな」


「はっはっは、イチカが危ない気がしてね~。迎えに来たよ~」

 拡声器から、暢気に間延びした、義兄さんの声が聞こえる。

 預言者か何かなのか?

 相変わらず、不思議な人だな。

「ぱぱー、すきぃ~」

 義兄さんの前だと急に幼くなる、甘えん坊イチカが手を振っている。


 そんあ長閑な親子とは関係なく、ヘリの下では、かま首をもたげた大蛇たちが、今にも襲い掛かってきそうだ。

 早いとこ梯子でも降ろして、助け出して欲しいところだが、チカの性格を考えると、そうもいかないだろう。目の前の敵を倒さない限り、助けてはくれない。

 昔からあいつは、そんなイカれた奴だ。


「ごめんね~。あれは無理だわぁ」

 諦めた権藤が背中のザックから、フック付きロープを飛ばす。

 無理だと見切りをつけ、一人脱出するつもりのようだ。

 まぁ、もともと仲間だと思ってもいないので、それは構わないのだが。

 崖の上まで飛ばして、引っ掛けたロープを、ザックに仕掛けたウインチが巻き取っていく。権藤の巨体が――ミニスカートのおっさんが――滑るように崖を昇っていったところで、パクっと喰われた。

 燃えるマグマの大蛇が、おっさんに飛び掛かって、ひと呑みにして崖に突っ込んでいき、火口に、燃える岩の雨を降らせる。


 残る八つの首が、こちらへ襲い掛かってきた。

「いぃ~ひゃあああ~!」

 防火コートでくるんだイチカを抱き上げ、細い外周を逃げ惑う。


「イチカに傷でもつけたら、全身の皮を剥ぐよ!」

 頭上からチカの、不条理な怒鳴り声が降り注ぐ。あちぃしいてぇし泣きそうになりながら、必死に駆け回る。


「っくそぉ! 何か……何かないか……」

 何か仕掛けがあるはずなんだ。

 そうだ、賢者の石……石……赤い石……オロチ……神器……赤い石。

「ただにぃ、頑張ってー」

 暢気にイチカが応援してくれる。

 ……放り出してやろうかな。

「石……緋緋色金か!」

 これに賭けるしかない。


注) ヒヒイロカネ

 緋緋色金、日緋色金、火廣金、等々表記も多く、三種の神器の材料だったとも伝わっているくらいに古い、不思議な鉱石か何かです。

 古いだけに情報も諸説あり、本当に金属なのかも怪しくなるほどです。

 謎の多い合金とされ、鉄より軽くダイヤよりも硬く、決して錆びないのだとか。

 異常な熱伝導率だが、触ると冷たいらしいです。

 金属だが、磁石には反応しないともいわれます。

 緋色ひいろだの何だのと諸説はありますが、見た目、赤系統ではあるらしく、あの錬金術で有名な『賢者の石』も、赤い合金とされています。

 どちらも諸説ありますが、もしかしたら同じ物なのかもしれません。


 防火コートを巻きつけたイチカを岩陰に降ろすと、祠へ向けて全力で駆ける。

 赤い石を握ると、このマグマの熱にさらされていても冷たかった。

「神器を作れるくらいなら、大蛇くらい、どうにかなるだろうよ」


 9本の首が、揃って襲い掛かってくる。

 もう逃げる事も出来ない。

 燃える大蛇に、真向から殴りかかった。


 手の中の石が激しく光り輝く。

 冷たい光が、視界を包む。


「何、ぼけっとしてんだい!」

 チカの怒鳴り声が聞こえ、目を開けると、ヘリの梯子が降りていた。

「たぁだにぃ~、すっごぉ~い」

 駆け寄って来たイチカを抱き上げ、梯子はしごに掴まる。


 ヒヒイロカネの光りに包まれ、綺麗さっぱりと大蛇は消えていた。

 そんな期待もあったりはしたが――そんな都合良くはいかず、眼下には大きく広がる八岐大蛇が居た。

 石の光に、少し怯んだだけだったようだ。

 それでも合格点をくれたようで、チカに助けあげられる。


「どうすんだ? あれはヤバイだろ」

 ヘリに乗り込んでも慌てる俺に、チカが鼻で笑って大蛇を見下ろす。

 勢いで乗っちまったが、とてもじゃないが下は覗けない。

 慌てるだけで動けもしない。

 高い所はダメなんだよ。

「ふん。こんな事もあろうかと、これに乗って来てるんだよ」

「いくよ~」


 気の抜けた、義兄さんの掛け声で、手元のスイッチが押される。

「え? うそ……うそぉ!」

 ヘリの両翼から、ミサイルが火口へ放たれる。

 全弾一斉発射。


 八岐大蛇もマグマも火口も吹き飛ぶ。

 爆炎が全てを吹き飛ばし、崩れた岩が火口をふさいだ。

 世界遺産を吹っ飛ばしたよ。

 日本一の山が、小さくなってるよ。


「うん。よし」

 なにがだ。

「よし。じゃねぇよ! どうすんだよ」

「逃げる」

「へ?」

「いくよ~」


 気の抜けるような義兄さんの合図で、ジェットエンジンが唸りを上げる。

 耳をつんざく甲高い音が、キィィィーと響く。


 ミサイルを撃って、マッハで逃げる。


 どっかの音速ヘリドラマかよ。

 耳を押さえて縮こまり、高さに震える俺の横で、イチカは無邪気に喜んでいた。


 ほんの一瞬で、崩れた山は見えなくなっていた。

 今頃、大噴火している事だろうな。


「あっ……」

 そういえばと、手を開いてみる。

 そこに握られていた筈の石は、お宝はいつの間にか消えていた。


 協会に逆らって、死にかけて、山を吹き飛ばして、何も残らないとは。

 あちこちから怒られそうだな~。

 まぁ仕方がない。

 次こそ、お宝を手に入れてやるぞ。


 俺の名は橘 尹尹コレタダ

 都内近郊を股に掛けるトレジャーハンターだ。

 でも、高い所だけは勘弁してくれ。


 見つかるのも不味いけれど、早く降ろしてくれ~。

 

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夢と浪漫と賢者の石 とぶくろ @koog

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