第7話 何千年たっても変わらないものもあるよね

 俺は橘 尹尹コレタダ、トレジャーハンターだ。

 あの有名な秘宝、賢者の石を求めてやってきた、日本一の山、富士山。

 何故かついてきた女子高生、姉の尹尹コレチカの娘、俺の姪である柚木 尹尹イチカと、女装した変態、権藤 政樹。

 謎の男達の襲撃を切り抜け、いよいよ神秘とお宝を求めて洞窟へ。


「も~さいあく~。足が汚れちゃう~」

 ミニスカートで、勝手について来たイチカがわめく。

「もうちょっとだからね~。叔父さんに、おぶって貰う?」

「え~、なんかいや~」


 なんなんだ……権藤がイチカを、宥めながら進む。まぁ、本当に後少しで洞窟の入口だけど。

 権藤も入口を知っている事は、不思議でもない。入口の場所だけは有名だからだ。

 程なく獣道は、岩壁で行き止まりになった。


「え~行き止まりじゃ~ん。ただにぃ、道間違えたんでしょ~」

 うるさい娘だ。

「合ってるよ。今、入口を開くから待ってな」


 苦労して買った情報は、入口を開く方法、そのパスコードだ。

 情報通りの枯れ木がある。その幹のうろに手を突っ込むと、硬い棒状のものが手に当たる。そのレバーを握って捻ると、脇の大岩に小さな窓が開いた。

 手前に倒れた蓋にはキーボードが、窓はディスプレイだ。

 そこにパスコードを入力する。


 機械的な駆動音が響き、岩壁がスライドして開く。富士のお山の地下深くへ続く、洞窟の入口だ。ヘッドライトを頭につけて、いざ洞窟へ。

 権藤も肩のライトを点灯して入って来るが、その後ろで叫ぶ娘がいた。

 まったくうるさい娘だ。


「いやいやいやっ! ちょっと、何それ何これ、いつの時代の仕掛けよっ!」

 何を言っているんだコイツは。

 いや、そういえば協会を知らなかったっけか。


「騒ぐなよ。遺物を管理してる組織があるんだよ。そこがこしらえた仕掛けだ」

「はぁ?」

 なんで睨むんだよ。

「裏の組織だけどね~。本当は、そこに所属しないといけないのよぉ。でもぉ、上納金も高いしねぇ、お宝は独り占めしたいじゃない?」

 権藤も組織には加入せず、一人で活動している。

「その代わりに、サポートも受けられないけどな」

「全部ひとりでやらなきゃならないしねぇ」

「まぁ、なんたら協会って組織が、あるんだよ」


「え……お金を払わずに、こっそり盗もうって事?」

 イチカが、おかしな事を言いだした。

「バカな事を言うなよ。私有地でもない場所から、持ち主のいない物を持って帰るだけじゃないか。管理って言ったって、奴らが勝手にやってるだけだしな」

「えぇ~。なんか悪者っぽいなぁ~……ちょっといいかも」

 なんか気に入ったみたいだ。


 落とし穴だの、飛び出す矢だのと、古臭い罠ばかりな通路が続く。

 面倒なので、回避が困難な罠だけ、仕方なく解除して進む。

 そろそろイチカが飽きて来た頃なので、危険が危ない。

 どうせ管理するなら、罠くらいは解除しておいて欲しいもんだ。


 イチカが暴れ出す前に、ちょっとしたイベントを見つけて、ほっと胸をなでおろす。少しひらけた部屋に出たところで、壁一面に、何かが描かれていた。


「わ~すっごぉ~い。壁画って奴でしょー!」

 洞窟で叫ぶなよ。

 御機嫌なようで何よりだ。


 額に宝石を付けた獣の絵。

「カーバンクルか?」

「あー知ってる~。ファンタジーな奴だ」

 一部では有名だからな、イチカでも聞いた事があったようだ。

「UMAだぞ」

「は? なんかのゲームで見たよ?」

 テレビゲームか何かの知識だったか。

「伝説伝承の類じゃなくてぇ、未確認生物ね~」

 権藤がイチカに説明してやった。

「え……居るんだ、これ……」

「いや、居ないだろ」

 未確認なので、姿も様々だが、何処かに実在するかもしれない動物だったりする。


 蛇が巻き付いたような杖を持ち、身体に羽衣のようなものを巻きつけた人の姿。

「カドゥケウスか?」

「ケリュケイオンね~。イリスかしら~」

「なんだっけ、聞いた事ある気がする。なんか凄い杖だ」

 また、何処かで耳にしたようで、イチカが騒ぐ。曖昧で偏った知識は、何なんだ。

「別に凄くはないけどな。いや、神様の杖だから凄いっちゃ凄いか。使者が持つ杖ってだけだな。誰かの使いで来ました~って意味の杖だ」

「ヘルメスだとか、ヘラの使いで来たイリスとかが有名かしらね~」

「え~……なんか凄くな~い」

 何故か勝手に盛り上がって、勝手にがっかりしている。

 忙しい子だよ、まったく。


「しっかし、まとまりがないなぁ」

「時代も国も、バラバラねぇ」

「なになに、なんで?」

「どれもこれも、日本のもんじゃないって事だよ」


 ギリシャ神話だの北欧神話だの、ごちゃまぜな壁画だ。

 どういう意味があるのだろうか。

「まるで同人誌みたいだね」

 権藤の説明を聞いていたイチカが、予想外の感想を口にする。その発想はなかった俺と権藤が、目を見開いてイチカを見る。


「いつのものなのか、古くても明治以降か? いや、隠れてなら、もっと古くても……あり得る……のか? なるほど……昔の同人活動かもな」

「へ? 壁画ってむか~しの人の絵なんでしょ。そんな昔に、しかもこんな洞窟の中に、同人誌なんてないでしょ」

 自分で言い出しておいて、イチカがその発想を否定する。

「そんな事ないさ。現存する最古の同人誌は3千年以上前のものだ」

「深淵を覗く者ね~」


 流石に権藤は、すぐに気付くが、うちの姪っ子は奇天烈な方向へ飛ぶ。

「あ~……ニーチェだっけ? あれね~覗いてるよね~」

 何故乗っかろうとしたのか。

「ニーチェの『善悪の彼岸』なら、1886年だ。紀元前には生まれてないよ」

「え……あれ?」

「ふふっ、ギルガメッシュ叙事詩の事よ~」


 現存する写しは3千年以上前の粘土板なのだとか。もともとは伝承のようなものだったのだろうか。創作とされてはいるが、主人公は実在したらしく、実話の可能性も残っていたりはする。神様とか出て来るけど。

 その粘土板もあちこち欠けていて、世界各国の人々が、勝手に物語を足して行った結果が、現在のギルガメッシュ叙事詩となっている。

 3千年かけたクトゥルフ神話、みたいなものかもしれない。


 そんなイカれた壁画群を抜けると、だんだんと汗が垂れて来る。

 ひんやりとした洞窟だったが、いつのまにかサウナのような暑さになってきた。

 いや、暑いどころか熱いぞ。

 やばいな……富士山は休火山だった。


 どうしようもない一本道から、広間に出た。

 ライトも要らないくらいに明るい。

 燃えだしそうなくらいに熱い。


 ゴボゴボと音を立て、煮えたぎるマグマが崖の下に見える。

 その周囲を囲むように、狭い通路があった。

 これ以上下へは降りられないが、熱さをこらえて通路を進む。

 向こう側の壁に、何かが見えていたからだ。

 小さな祠のように見える。


 小さな祠には、真っ赤な宝石が祀られていた。

 真っ赤なのはマグマの所為かもしれないが。

「これが賢者の石なのか?」

「違っても、おたからには違いないわよ~」

「なんで、誰も帰って来なかったのかなぁ?」

 イチカが恐い事を呟く。

 このタイミングで、そんな事を思い出すなよ。


 その一言を待っていたかのように、マグマの海がゆらぎ、盛り上がったと思ったら、生き物のように噴き上がった。

 狭い足場で、逃げる事も出来ないまま、燃える雨が降り注ぐ。

 噴き上げたマグマの柱は、天井を突き破りそそり立つ。


「あっちゃ、あっち!」

 イチカを抱き寄せ、壁に押し付けると、背にたたんでおいた防火マントを広げる。

 ヤバイって。マグマは無理だろ。

 かと言って、逃げ場もない。

 これが帰れない理由かと思ったが、まだ先があったようだ。


「これが理由だったのね~。これは厳しくない?」

 権藤が、空を見上げて呆れていた。

 そこには空が、青空が見えていた。

 ここは火口だったようだ。


 懐かしい青空の下、新鮮な冷たい空気を吸いながらも、絶望を見上げていた。




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