第6話 勢いって大事だよね
「エモ~」
「チル~」
「ま?」
「が」
「「うぇ~い」」
日本語の他に、英語、ロシア語、イタリア語、フランス語、ドイツ語、スペイン語にスワヒリ語、ポルトガル語の日常会話と、いくらかの読み書きくらいは出来る。
そんな俺が、理解できない言語が飛び交っていた。
俺の名は、橘
都内近郊を股に掛けるトレジャーハンターだ。
西へ向かう車の中、後部座席で頭を抱えていた。
運転席には女装した変態おっさん。
助手席には姪の女子高生。
その二人が、謎の言語で会話していた。
いや、そもそも何故、この二人と車に乗っているのか。
あれは二時間ほど前か。
姪にイカ入り塩煎餅を喰わされ、蹴り倒されて昏倒していた俺だが、最後の情報を手に入れ、ついにお宝を狙って動き出す時が来た。
着替えてザックを背負った俺を、変態が待ち構えていた。
「ふふふ……今回の狙いは、賢者の石なんでしょう?」
「なんで毎回バレてんだよ。まさか、ついてくる気じゃないよな」
「車……出すわよ?」
「う……ぐむぅ」
変態のおっさんだが、今回だけは、連れて行ってやる事にしよう。
通りに停めた車の傍には、姪の
「アタシも絶対に行く! 二人でなんてズルい!」
「そうかそうか……はぁ~」
何故か目的も行先もバレていて、邪魔者が二人もついてくる事になってしまった。
まぁ、今回の情報は、それほど秘密で機密なわけでもない。錬金術の至宝とも謂われる賢者の石が眠るのは、日本一の富士山だ。
裏の世界では、そこそこ有名な話ではある。ただ、そこから帰った者がいないってだけだ。誰も見ていない筈なのに、其処にあるといわれ続けていた。
今回は苦労して、その秘密の場所へ続く入口と、地下道の情報を手に入れたのだ。
もう情報漏洩は諦めよう。おまけの二人も諦めよう。
「なんで車がそれなんだよ」
そう、その車だけは諦めきれないんだよ。
「なによぅ。かわいいじゃなぁい」
変態おっさんが、くねくねしながら反論する。
「ちっちゃくてかわいい~」
面倒な事に、イチカも気に入ってしまったようだ。
さらには二人共に、ミニスカートなのも気にくわない。
「なんでミニなんだよ。なんでクーパーなんだよ」
何故かのミニ・ジョン・クーパー・ワークスだった。
車もスカートもミニかよ。デカイくせに、ちっせぇ車に乗ってくんなよ。
いや、ミニ・クーパーに文句はないが、コイツには似合わないって話だ。
「カワイイでしょ~」
褒めてはいないんだよ。
「クーパーってなに」
イチカがクーパーに反応した。
「元は人名だな、ジョン・クーパーって人が、親父と創った会社の車だったかな」
「今は車のグレードね~。これが、その最高峰ジョン・クーパー・ワークスよ~」
「3ドアかよ」
何故かの3ドア。ミニ・クーパーに乗り込み、仕方なく三人で西へ向かう。
河口湖I.Cで高速を降りて、富士スバルラインへ向かう途中、巨大な車が幅寄せして来た。いや、こっちが小さいだけだ。
怪しげな二人の男が乗った車が、いきなり襲って来た。
小さなミニが、ガードレールに
「きゃあっ! 何すんのよぅ。ワタシのジョン・クーパーがぁ~」
運転席のおっさんが、気持ち悪い泣き言を漏らす。
相手の車は、なんとキャデラック。しかも、あのライトの形は’75……いや73年か。それを惜しげもなくぶつけて来るとは、勿体無いなんてもんじゃない。
「くそっ……なんなんだ。おっさん、アンタ狙われてんじゃないのか」
急に襲われるなんて、日頃の行いの所為だとしか思えない。それなら、おっさんが狙われていると考えるのが妥当だろう。
まったく、巻き込まないでほしいぜ。
「アナタ本気で言ってんのぉ?」
「な、なんだよ」
「アナタって、そこそこ有名なのよ。それなのに秘密が駄々洩れだから、狙ってる奴は多いのよ。アナタの所為で、盗掘を失敗した奴らも多いしねぇ」
「ぐ……むぅ」
奴らの狙いが俺でも、今は一蓮托生、しかも傷つくのは権藤の車だ。
「ちょっと、やめてよ。傷だらけにしないでぇ~」
何度もキャデラックにぶつけられ、ベコベコになっていくミニに、おっさんが悲鳴をあげながら必死に逃走を続ける。
メーターを振り切らんばかりのスピードでも、並走する相手を振り切れない。
「やばい? やばくない? やばいよね。これ、やばいよね」
助手席で、何もできないイチカが、狼狽えている。状況はヤバイが、珍しく狼狽えるイチカは、ちょっと面白い。
とはいえ、このままだとガードレールの向こうへ、いつ飛ばされるか分からない。
「次のカーブで勝負だ。やり返してやれ」
泣きながらハンドルを握る権藤へ、後ろから囁く。
「……その後は任せるわよ」
「任せろ」
チラっと、ミラー越しに俺を見る権藤に大きく頷く。
悲鳴混じりに運転していた権藤の目が、殺し屋のように鋭くなり、殺意が光る。
カーブ前に仕留めようとしたのか、キャデラックがトドメとばかりに寄せて来るが、急な減速で躱し、位置を入れ替える。
減速からの急加速に、ミニのエンジンが悲鳴をあげているようだ。
だがしかし、こちらはミニの最高グレード、ミニ・ジョン・クーパー・ワークスである。絶対に曲がり切れない速度まで加速して、カーブに突入する。
その速度では、お互いに絶対曲がれない。
位置を入れ替えたミニが、インから差し込む。
「おぉらぁあっ!」
雄叫びと共に、権藤がミニのハンドルをきる。
ミニの横っ腹が、大きなキャデラックをガードレールに押し付ける。
「飛んでけ~っ!」
イチカがぐぐ~っと内側からドアを押す。
気持ちは分からんでもないが、当然まったく効果はない。
それでも重心が傾いたか、気合の成果か、より重かった所為なのか、キャデラックはガードレールを乗り越え、崖の向こうへ飛んでいった。
「おおっ! やった。やったよっ」
やっつけたと、浮かれるイチカだが、問題はこれからだ。
「こっちも曲がれないわよ。ちゃんと手があるんでしょうねっ」
流石のミニ・クーパーでも、この速度では曲がり切れないようだ。
だが問題はない。ちゃんと策は用意してあるんだ。
「来い、イチカっ」
「おまかせっ」
何も理解しないまま、頭からっぽで反応するイチカが頼もしい。
「ちょっ、何する気なのよ」
窓を開け、身を乗り出す俺に、権藤が慌てふためく。
「曲がるなら、モンキーターンだ」
「はっ……? バカなの?」
窓から身を乗り出し、思いっきりケツを突き出す。
極限の体重移動技、モンキーターンで乗り切る作戦だ。
「モォンキィー!」
無駄に叫び、気持ちだけでも体重を傾ける。
イチカも窓から飛び出すように、ケツを突き出し叫ぶ。
「むぁんきぃ~」
ミニの3ドアなので当然だが、俺もイチカも同じ窓から乗り出すという、なんとも無茶で間抜けなモンキーターンとなる。
片輪がガードレールに乗り上げる。
「んなろぉ~……ミニを……なめんなぁ!」
血管が切れそうな、権藤の雄叫び。
二匹のモンキーの力か、ミニ最高峰の性能か、突き出したケツが路面でハンバーグと焼け焦げる寸前、車はカーブを乗り越えた。
少しズボンが焦げた気がする程、ギリギリだったな。
「あぁ……私のミニ・クーパーがぁ……うひぇ~」
女装したおっさんが泣いているだけで、無事に済んで良かったな。
「よし。入口は、もうすぐそこだ」
結局、奴らは何だったんだ。崖下まで紐なしバンジーした奴らを、見に行く気はないので、奴らの正体は謎のままだ。まぁ、権藤を恨んでいたって事にしよう。
俺達は車を捨て、ふじあざみラインと富士スバルラインの間へ。
富士の裾野、樹海へ足を踏み入れた。
この先の洞窟を抜ければ、お宝が眠っている筈だ。
誰も帰って来ていないから、誰も見ていない筈……ではあるけれど。
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