第5話 建てる場所も考えようよ
「ラヴロフスカヤ・ヴォロスチ」
女装癖のおっさんが答える。
「チェボクサリ」
女子高生が間をあけずに答える。
なんで知ってんだよ。
「またかよ。り……り……りぃ? り……りんどう湖ファミリー牧場」
「ぶ~、ただにぃ弱すぎぃ~」
「本当に、しりとりだと弱いわねぇ」
妖艶なレディ風おっさんと、花の女子高生の筈だが色気も何もない姪。中身を入れ替えたら、しっくりくる気もするが、口にはださない。
武闘派のおっさんと、色気のある女子高生なら、格好もつくのにな。
「そんな事言ったって、もう『り』なんてないだろう」
「リブニ」
「リペツク」
二人が即答しやがった。
何故か、おっさんと姪を相手に、ロシアの地名縛りしりとりをやらされ、何故か連敗する。そんな朝食後のひとときだった。
なぜだ。いや、いろいろと。
そんな謎の
「なんだ、こんな時間に」
出てみると、あまり会いたくはない知人の鈴木だった。
「やあやあやあ、おじゃま~。いや~近くまで来たからさ~」
勝手に部屋へ上がる鈴木。
いつもの事だが、どうせ今回も用もないのに来たのだろう。
「あら、おともだちかしら~」
見た目は妖艶なレディかマダムな、おっさんの権藤が立ち上がる。
俺の知り合いに挨拶をしようというつもりらしいが、いったいコイツは何目線なんだろうか。鈴木も権藤も、どちらも俺の友人ではないのだが。
……なんだこいつら。
「おっぱい!」
権藤を見た鈴木が、いきなり叫ぶ。
そういやこいつ、おっぱい好きだったな。
まぁ、嫌いな男もいないだろうが、鈴木はでっかいのが好きだった。
「ねぇ……なに? なんなの?」
感情が消えた冷たい顔の権藤が、じっと俺を見て来る。
「ただの知人だ。変態どもと俺を、一緒にしないでくれ」
もうおっぱいでも見せてやればいいじゃないか。変態どもめ。
「アンタの友人って、やっぱり変態なの?」
「友人じゃないし、やっぱりってなんだよ。おっぱいが好きなんだよ、そいつは。乳くらい見せてやればいいじゃないか。変態同士、仲良く帰ってくれ」
「わたしを仲間にしないでよ」
「え、見せてくれるの? おっぱい! お願いっ、ちょっとだけ、先っちょだけでいいから。さ、触ってもいいかな?」
「先っぽって……むしろダメでしょ」
ほんとに帰ってくれ。
「ただにぃの知り合いの中でも、ダントツできもいよね~」
「そういやさ、谷間は見せても良いのに、先っぽはダメって不思議だよな」
「え……へんたい。見たいの?」
腕を上げ、胸を隠したイチカが、汚いものを見る目で俺を見る。
谷間もない乳首だけ見せられてもな。
「そうじゃねぇよ。乳首は男女、共についてるのに。そこは見せちゃダメなんだよな。男の乳首は出してもいいのに。権藤のは、どうなんだろうな」
「いや、ダメでしょ。マサねぇはレディなんだから。ほんと男って、胸ばっか見るんだからぁ。胸とパンツしか見ないでしょ」
酷い偏見だ。
綺麗な脚とかも好きだぞ?
「ちょっと待ってろ」
隣りの部屋へ行き、バスタオルを腰に巻いて来る。
下は短パンなので、タオルの下は裸にも見えるだろう。
その格好で椅子に座って、イチカを前に立たせる。
「なんで急に脱いで来たのよ……」
イチカの目線が下がる。
「……な?」
「なにが?」
「別にバスタオルの中が視たいわけでもないのに、視線がいくだろ?」
「うっ……なんか、隙間が気になる」
「そういう事だよ。男が胸を見るのも、なんか目がいくだけだって」
「え……えぇ~……そうかなぁ」
よし、なんとかごまかせたな。
権藤と鈴木は、まだなんかもめてるが、あっちはどうでもいいや。
そんなに暇じゃないしな。
「そろそろ俺は時間だから、行ってくるからな」
「あ、うん。いてら~」
変態どもと姪を残し、俺は午後からの仕事に向かう。
今日はキッチン屋の友人、
搬入は荷揚げ屋さんに頼めたので、午後から手伝って欲しいと頼まれたのだ。
まぁ、雑用係だな。
「おまたせ~」
「お~、よろしく~」
今日の現場は中落合の急な坂の途中、入口のエントランスが二階にある、面倒な斜面に建てたマンションだ。現場は昼休みで、岩倉君とは詰所で会えた。
「いやぁ~、前回の搬入で入れられない部屋があってさ。取り敢えず、それを運んで欲しいんだよね~。あとは各部屋廻って回収とかかなぁ」
「ふ~ん。まぁいいよ」
搬入時に、部屋が出来ていない事なんて、よくある事だ。
予定通りに進む現場なんてないからね。
101に仮置きしたキッチンを、201へ運んで欲しい。
簡単な仕事の筈だったが……現場に行くと、とんでもない事になっていた。
一階は表からだと地下一階で、運ぶ先は隣りの棟の二階だった。
一階から二階に上がり、渡り廊下で隣りの棟へ渡ってから、また下へ降りるという、おかしな仕事が待っていた。
目的地は二階なのに、二階から下へ降りるという、不思議な現象が起きていた。
坂の途中なので、渡り廊下の先は三階になっていた。入口は二階なのに下に降りて、一階から二階に上がり、渡り廊下を渡った先は三階なので、また階段を降る。
しかも、そこそこ遠い。結構な距離があってしんどい。
そんな面倒な構造のマンションで一人、キッチンと洗面台を運んでから、取説回収に回る。ガスコンロや水栓についている取扱説明書を、回収してまわるという無駄な仕事だ。もう、入れてくるなよ。
「うぃ~ごくろさま~」
「あ、おつかれさまです」
一階二階を廻って三階へあがると、荷揚げ屋さんの一人が、キッチンの開梱をしていた。今日の搬入分だろう。
「取説回収しにきたよ~」
「あ、はい。引き出しに入ってます」
「あいよ~」
見た事ない子だけど、新人ってほどでもなさそうだ。
トリセツは300mmの引き出しに、まとめて入れて貰っている。
それを回収して、でかいゴミ袋に放り込む。
そこへ荷揚げ屋さんが、もう一人入ってきた。
「もう終わる~? あ、おつかれさまで~す」
「おひさ~」
「あ、もうすぐ終わります。ダンボール縛るだけです」
もう一人は、何度か会った事がある子だった。
「あっ、トリセツ捨てちゃダメだよ。引き出しって言ったよね」
急かしに来たのか、後から来た荷揚げ屋さんが、ゴミ袋に雑に詰め込まれたトリセツを見て、何故か怒りだした。
ダンボールを縛る子に、詰め寄って行ったので声を掛けてあげた。
「あ~、それ今、俺が回収してるやつだから、大丈夫だよ~」
そういえばこっちの子は割と面倒な、ねちねちといちゃもんをつけるのが好きな子だったっけ。こんなゴミを大事にしなくてもいいのに。
「あ~これ、折れちゃってますよ~。これじゃあ、お客さんに渡せなくなっちゃいますよ。せっかく綺麗にとっておいたのにな~」
おっと、こっちにもねちねち来た。
予想外だが、勝手な思い込みは正してあげないとね。
「お客さん用のはこれじゃないよ。ちゃんと綺麗なのが用意してあるから平気だよ」
「え……だって……それで集めてるんじゃ……」
おお……やっぱり、大事な物だとでも思っていたようだ。
「集めるけどね。メーカーの番頭さんが持って帰って、会社で数えるだけだよ。搬入分と数が合ってるかどうかね。違った場合、どうするか知ってるかい?」
「え、えと、新しいトリセツを買い取り……とか」
その金を誰が出すのだろうか。
「別に、どうもしないよ。ただ数えるだけだから。その後は、まとめて捨てるんだよ。要するに、ただのかさばるゴミだね、無駄な作業だろ?」
「……え……えぇ~」
綺麗に、折れないようにとっておいたのだろう。それをどうするのかも知らずに。
「ゴミ出し終わったら、あがっていいよ~」
彼等を残し、無駄な作業を続ける。
置き忘れた道具類や残った部材、キッチンに捨てられたゴミなんかも拾って。
特に問題もなく、仕事は無事に終わった。
帰りは岩倉君が、車で送ってくれた。
静かな一人暮らし……そのはずの家に帰ると、何故か女子高生とおっさんがいた。
「あら、おかえり~」
「なんで普通に居るんだよ、おっさん」
「まぁまぁ、いいじゃないの。そんなことよりも、ほら、イチカちゃんから差し入れよ~。手作りだからね~、ありがたく噛みしめなさいよ」
妙にモジモジした、ちょっと見た事ない感じのイチカが、小さな紙袋を突き出して来た。女の子っぽい、カワイイ感じの紙で、小さなリボンで閉じてある。
「んっ……食べていいよ」
あれか? 手を入れると電気ショックで痺れたりするやつか?
袋の中は、小ぶりな
不思議な白いつぶつぶ入りだ。
匂いを嗅ぐが、辛かったり苦かったりは、しなさそうだ。
「ちょっと、何してんのよ。早く食べなさいって」
権藤が急かすが、イチカの手作り料理の怖さを知らないから、そんな事が言えるんだよ。こいつの料理は、毎回凄いんだぞ。
決死の想いで息を止め、薄めの煎餅を口に入れる。
ん?
しょっぱい……うん……なんだ、美味いじゃないか。
続けて口に放り込んだが、まともな煎餅だった。
初めてじゃないか?
「うん! 美味いじゃないか」
「えへへ……」
ちょっと照れて、はにかむイチカだったが、すぐに余計な一言で笑顔は消える。
「イカ入り塩煎餅なんて珍しいな。しょっぱくて美味いぞ」
何故か、権藤が
目の前のイチカもぷるぷるしてる。
不意に殺気を感じた。
「マシュマロ入りクッキーだもん!」
イカだと思ったのはマシュマロだった。
また砂糖と塩を間違えたようだ。
奇跡的に味は良かったが、クッキーだったのかぁ。
必殺のハイキックで俺を薙ぎ倒し、イチカは部屋を飛び出していった。
「もうっ、ばかね。待ってよ~」
唾を吐きかけそうなくらいに、俺を睨んだ権藤が、イチカを追って行った。
なんで仕事から帰って来たばかりで、自宅の廊下に倒れているのだろうか。
叔父さんは少し泣きそうですよ。
「何してんの」
開けっ放しの玄関に立ち、俺を見下ろす来客があった。
「いや……珍しいね。休みなんてあったんだ」
「はははっ、休みくらいあるよ~。年に3回くらいは半日の休みがあるんだよ」
来客は
吉祥寺でパチンコ屋をやりなりがら、情報屋の元締めみたいな事もしている人だ。
毎朝7時から店に出て、明け方の4時くらいまで仕事をしてる。
休みがあったなんて、初めてしったよ。
彼が来たということは、ついに本業の時ってわけだ。
「例の情報、持ってきたよ。やっぱり賢者の石は、あそこにあるね」
池袋の神代くん情報がきっかけだったが、塚本ちゃんの情報でも同じ場所だった。
「やっぱりか! 塚本ちゃんの情報なら、間違いないからな。賢者の石かぁ」
「本当にあったら、ひと目くらいは見てみたいねぇ」
ついに動き出すトレジャーハンターの仕事だ。
伝説の賢者の石を求めて。
今は脳が揺れて立てないが、回復したら風呂に入って出発だ。
待ってろよ賢者の石!
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