第22話 フェイ:お願い

 そろそろ街に戻るのかなと思ったのに、フェイがいきなり真顔で俺に話しかけてきた。…いや、頼み込んできた。

 それは、俺に彼女の「目的地」まで同行して欲しいというお願いだった。


 俺のテントで一息をついていたフェイは、ここが前回辿り着くことができなかった最終目的地に近いことに気づいたのだという。

「本来なら一端町まで戻り、捜索隊を再編してここまでやって来るべきだということはわかっている。

 だがその間、目印であるきみにずっとここに留まってもらうことは不可能なこともわかっている。私はこのチャンスを逃したくない。だから…、」


 なんか言いたいことがわかった気がする…。


「…私と一緒に森までつきあってくれないか?── きみのその不思議なテントとともに。」

「あー、やっぱりそうきた?」


 さて、どうしようかねぇ。


 ────────── ◇◇◇


 俺もフェイたちを送り返したあの日以降、ぼーっと過ごしていたわけではない。

 彼女の言う通りなら、あれから100日以上の時間があったわけなんだ。少しは成長してないとおかしいだろ?


 ◇


 フェイ達と別れて何日か経ってから、ようやく自称俺の魔法の師匠である天使アイオーン様と再会できた。


『やあ、久しぶり!

 ちょっと合わない間に随分と逞しくなったみたいだねぇ~。』


 カラカラと笑う、久々の天使のリアルなオートリプライではない声が俺の頭上から降ってきた。


 俺は急いで声の方に顔を向けた。

 相変わらず光輪眩しく翼の輪郭以外の姿シルエットは見えないが、その翼の羽ばたき具合ならきっと元気が戻ったのだろう。ちょっと安心した。


 だがそんな気持ちを悟られたくなくて、俺は突慳貪な口調で、

「すっかり元気が戻ったようだけど…、言うことはそれだけ?」

 と言ってそっぽを向いた。


『ごめん、ごめん。そう拗ねないでよぉ。

 こんな短期間で筋肉ついて体幹もしっかりして、しかも魔力操作も上手になってるみたいだし、すごい成長じゃないか。

 一人でよく頑張ったね、エライ、エライ!』


 俺のささやかな抗議なんて意に介さないんだな。これでも俺は少しばかり拗ねてるんだよ。


 「誰かさんからまだ魔法を教えてもらってないからな。

 ただでさえ小柄な子供の体躯は戦いに不向きなんだ。スキルや魔力に頼るしかないでしょっ。」


 ◇


 日々の鍛錬は己を裏切らない。俺は一人きりの時間をひたすら鍛錬に充てた。


 おかげで、移動の合間に枯れ川ワーディの小石で「的当て」の練習を継続していたら、投石がスキル化して《投擲》に昇華した。

 これは結構便利で、魔物の牙や爪だけでなく小さな魔石ですら身の回りの物すべてが立派な武器として使える。接近戦を避けたい俺の数少ない遠距離攻撃の一つだ。


 そうそう、一口に能力、──魔法とスキル──といっても、3パターンあるんだ。

 即ち、満5歳の「天使のいたずら」の儀で授かる天授の力、魔物狩りで得る魔物渡りの力、そして努力による後天的な力だ。


 天授の儀は一生に一度きりだし、魔物狩りなんて冒険者のような生業の者がするものだ。

 だから普通は、能力魔法やスキルは厳しい鍛錬や日常作業などのたゆまぬ努力で増やしていくものだ。

 ── 例えば針子の《裁縫上手》や庭師の《肥料調合》、コックの《包丁捌き》や《火加減》などのスキルは分かりやすいだろう。そういえば俺の《鑑定》や《索敵》スキルも同類だな。

 もっとも天授やスキル交換率が良い魔物渡りのような本能的な力とは違い、後天的な努力スキルは本人の素質にも依存するため、必ずしも期待するほど効果が得られない場合もあるので過剰な期待は禁物だ。

 これは魔法の場合も然りだ。


 ◇


 そして当然のことながら魔力操作の練習も日々続けている。


 魔力は本当に便利だ。

 体内を巡る魔力は、生命維持以外では魔法というわかりやすい形に変換して使うが、魔法より効率は劣るがもちろん魔力のままで使うことも可能だ。


 体内を巡る血流を意識しないのと同じで、魔力の流れも普段は意識することはない。そこで俺は前世の気功の発想を真似て、魔力の気、つまり魔気の流れを自分で自由に操るイメージを重ねていった。思い込み、大事。


 アイオーン様による魔力路の再開のおかげで体内の魔気を感じることができるようになっても、それを常時意識して展開するのは思ったほど楽ではなかった。

 自由自在に動かすまでに至るにはそれなりの努力が必要だった。


 だが俺には他に縋る手段がなかったので諦めずに継続していたおかげで、最初は静止状態で魔気を体から滲み出させるのがやっとだったのが、今では「魔力纏い」「魔力伸ばし」「魔力飛ばし」という自分の思う形で、微弱ながら魔力そのものによる攻撃や防御が行えるようにまでなった。

 気功と違い、魔力では人や物への直接攻撃もできるようからね。

 そして今はヒーリングにあたる「魔力治癒」についても習練中だ。

 

 うん、こう並べてみると、魔力って本当に色々できるんだな。

 ただそれなりの魔力を必要とするから、まだ俺の魔力量では気兼ねなしに使えるほどではないのが残念だ。


 ◇


 そんなことをアイオーン様に話すと、

『あはは…。

 きみ、自覚してないようだけど、いくら日々努力していたといっても、こんな短期間でそこまで魔力を使いこなすのって充分すごいことだからねぇ。』

 と一笑された。


「そうかなぁ?

 できないと死活問題に直結するから、結構頑張ったからじゃないの?」


『魔力保有量も、には遠く及ばないけど、最初の頃に比べたらずっと増えたようだし。

 筋肉を鍛えるのと同じで魔力も使えば使うだけ増分値が増えるわけだから、きみが努力を続けていたことはよくわかるよぉ。』


「それは嬉しいな、少しは魔力量も増えているんだ。

 それに関しては自分ではあまりわからないからなぁ…。

 数値で把握できれば明確にわかるだろうけど、では能力を数値化して把握することってないもんね。」


 でありがちな、ステータスウィンドウが欲しいな…。

 この世界の《鑑定》スキルは音声通知だから、情報量が増えてくるとわかりにくくなってくるんだ。


『なら、自分でできるように願えばいいのに。』

 アイオーン様が事も無げにそう答えた。


「えっ、どういうこと?」


『だからさ、前世も今生も同じこの世界を生きる人間ならそういう新しい発想は生まれにくいだろうけど、「異世界の前世持ち」のなら、そういう斬新な考えがあるわけでしょ?

 イメージがあって能力魔法があるなら、あとは実現すればいいだけじゃないのぉ?』


「???」

 俺はアイオーン様の言う意味がよく理解できなかった。


『きみはもっと魔法やスキルを、というか、自分を信じることが必要のようだね。

 魔法って、まずは自分はできるって信じることが一番重要だよ。

 自分を信じられないということは自分で自分の可能性を狭めているということだ。

 特にきみは「原初の力」、つまり全属性に適性があるんだから、きみに使えない魔法なんてないはずなんだよ。もちろん全てすぐにできるわけではないけどぉ。

 ちなみに、「スキルは進化しない」なんてのも、迷信だからね。』 


 アイオーン様は半ば呆れながら諭すように言葉を紡ぐ。見えない翼の風圧が俺に向かってくる。


「っていうか、そもそも科学万能主義な発想の俺にとっては、魔法を信じること自体難しいんだよ。」


『…魔法が信じられないのになんで魔力操作はすんなり取得しているのか、ぼくにはそちらの方が不思議だよぉ。』

 アイオーン様が「ひゅっ」と非難めいた風を送ってくる。


『とにかく、この砂漠の迷宮ダンジョンでは魔法が使えないと色々不便でしょ?

 だからまずはイメージしやすい属性魔法から少しずつ慣れていって、心の壁を溶かしていこうね。』


 おっ、ようやく先生らしい発言になったな。

「わかったよ。アイオーン様、よろしく頼むね。」


 こうして、待ちに待った俺の魔法の練習が始まったのだ。


 ────────── ◇◇◇


 そしてそれからあっという間に時間は経過し、アイオーン様の指導の甲斐もあって俺もそこそこ魔法が使えるようになったんだ。


 普通なら最初に生活魔法で魔法に馴染んでから適正にあった属性魔法を学ぶのに、アイオーン様はそれを許してくれなかった。


『生活魔法は誰でも使えることを主眼とするから、個々人の魔力の質や量入力に関係なく常に同じレベル品質の魔法を提供出力できるような規定の枠組みフレームワークを公開しているんだよね?

 つまり、用意された魔法陣インタフェースに魔力を通せば誰でも一律同程度の生活魔法が使えて、皆がハッピーライフを送れますようにというのが、生活魔法の在り方だ。』


 当然じゃないか。

 この世界は魔法ありきのライフスタイルなんだ。魔法という形のサポートなしでの生活なんて考えられないから誰でも使えな手段が必要だ。


『まぁ、きみが苦労せずに初級低出力の魔法だけが使えれば充分というなら、それでもいいんだけどねぇ。』

 と、アイオーン様が意地悪な言い方をする。 


 そう、生活魔法は誰でもすぐに使える便利な魔法群ではあるが、その代わりにクオリティは低く抑えられている。そうでないと魔力量の少ない人が使えない可能性が出るからだ。


『だけどそんなレベルだと魔物討伐には力不足でしょ?

 魔法陣を使いこなすにはそれなりの時間知識と実践経験が必要だし、そんな中途半端なことをするより、自分の属性魔法を使うことに慣れるのがいいんじゃないかな。』


「はぁ?それって俺の少ない魔力量で『魔法使い』みたいなことをしろと言ってるの?」


『それもきみの試練ってことで。なんでもいきなりでき寺つまらないでしょ?』


 他人事だと思って。師匠とは思えない無責任な発言だな。


 ◇


 …という俺の疑問を無視されたまま、いきなり指導という名の無茶ぶりな特訓の突入となり、魔法発動のコツを掴むまでは苦労したよ。


 俺がうんともすんとも魔法の欠片も発動できない様子を見かねて、師匠アイオーン様はボソッと、

『属性魔法を使うという面だけでいえば、一番魔法の使い方がうまいのは魔物なんだよね…。きみ、一度魔物になってみる?』

 と、不穏なことを言う。


「…何言ってるの、意味分かんないんだけど。それって師匠が弟子に言うセリフ?」

 俺はアイオーン様の方に向かってジト目を送った。


『わかった、わかった。

 ならさ、真面目な話、これからぼくの指示通りに従ってくれる?

 まずは目を閉じて。ぼくが良いと言うまで、絶対目を開けてはダメだからね。』


「あ、あぁ。」

 詳細を知らずして一方的な指示に従うことを了承するのもどうかと思ったが、一応頷いた。


 目を瞑っていてもわかるほどの光源が俺に再び近づく。アイオーン様が降りてきたんだな。

 ほどなく、あの小さな手が俺の両手を握る。


『きみは喉がとても乾いている。どんな水が飲みたいか、想像してみて?』

「どんな水って、そりゃあうまい水…。」

『もっと具体的に。美味しい水って例えばどこからとか、温度とか?イメージして教えて。』

 アイオーン様の声が俺の脳内に響く。


「…手に掬うと透き通って煌めく水。

 温度は冷たすぎない、体に優しい常温がいいな。

 でも雪解けの水が山から濾過されて湧き水みたいに尽きないのにも憧れるなぁ。軟水のうまい水。

 あ、いちばん重要なのは、衛生的な水だね。お腹壊したら困るから…。

 それから…。」


『すごい、すごい!美味しそうな水が湧いてきたよ!』

「えっ、どこ…」

『だめだよ、まだ目を開けないで。

 うわー、これは綺麗な水がコポコポ湧いている!』


 アイオーン様が俺の手をきゅっと握りしめて、俺が目を開こうとするのを制止する。


「なになに、水だって?」

『だめだよ、まだ水に意識を集中して!

 、見ちゃダメって…』


 堪らなくなって、アイオーン様の指示を無視して、自分の頭上にあるという水を見ようと目を開けて上を見た。


「!わっ、本当だ。水の塊が浮いて…、うわっ~!」


 ……ざっ、ぱーん。


 頭上に浮かんで見えた水の塊がふわっといくつかの小さな塊にわかれたかと思ったら、俺に降り掛かってきた!


「びっくりした。水が降ってきたよ!」


 水が降るより少し先に俺から離れたアイオーン様が空の上に戻ってニヤニヤしながら、

『水も滴るいい男、お約束のような結果をありがとう。

 おめでとう、これはきみが魔法で生み出した水だよ。上手に魔法が使えるじゃないか。』

 と、称賛(?)してくれた。


「えっ?俺、呪文も何も唱えてないけど?」


『ほんとうは属性魔法は呪文とか詠唱はいらないんだよぉ。

 属性魔法の呪文おなまえは、便宜上つけているだけ。その方が使いたい魔法のイメージがしやすかったり、何より他の人に伝えやすいからねぇ。』


 そして本当は頭上に水なんてなかったのに、俺はアイオーン様の誘導にまんまと引っかかって、無事水魔法で水を生成することができたんだ。そういう意味では一応アイオーン様に感謝すべきなんだろうな。なんか解せないけど。


 そんなこんなして、属性魔法の訓練の第一歩を無事踏み出すことができたんだ。


 ◇


 最初は無茶苦茶なこと言われてもできるかって思ったけど、魔力と魔法って同じ要領で使えるんだなって気づいたら、気持ち悪いほどすんなりと魔法を使えるようになった。


 発動のコツがわかってからは、比較的苦労なく水魔法と木魔法が使えるようになった。

 そして今は土魔法、火魔法、風魔法に挑戦中だが、土魔法はなんとかなりそうだが、火魔法は着火程度はともかくそれ以上がなかなかうまくいかない。風魔法に至っては使える感触すらしない。もう少し特殊な属性魔法にはまだ手が届かない。


『いくら全属性に適性があるとは言っても、すぐにすべてが使えるわけじゃないよ。

 最終的には本人の才能と習練次第だからねぇ。』

 そうアイオーン様が諭す。

 即時全能できるならそれはもう超越者人類外でしかありえないってわけだ。


 なかなか耳に痛い言葉だな。浮かれ過ぎていたとちょっと反省したよ。

 というわけで、神聖魔法も属性魔法をマスターしてから練習することになっている。


 ◇


 こうして魔法修行中の少し成長した(?)俺。今の俺の能力はこんな状態だ。


 まず魔法はまだ属性魔法を修練中で、水魔法、木魔法、土魔法、火魔法から増えていない。


 スキルについては、これまでの脚力、突進、鑑定、索敵に加えて、新しく投石、毒耐性、遠見とおみ、解体が加わった。

 投石と解体は後天的なスキル化だが、遠見と毒耐性は魔物渡りのスキルだ。

 毒耐性は最初の頃は見たら逃げていた角毒蛇サンドロチを討伐できるようになってから取得したし、遠見は砂狼サンドロフからだ。

 魔物渡りのスキルはたいていは討伐数を重ねると魔物の魔力を吸収する時に一緒に取得できるようだが、取得タイミングもスキルの内容も運次第だ。


 そうそう、話は脱線するが、魔物の名前も少し教えてもらった。

 角兎はやはり「ホーンラビット」だったし、肉の旨い角蛙パファログ、泥臭い砂鼠ミミヘジーなど、国によって多少方言で変わるかもしれないが大体これで通じるはずなのは、世界に点在する冒険者ギルドの存在のおかげなんだって。


 それから固有スキルというものがあるが、まだよくわからない。

 俺は二つあるようだが、そのうちの一つが「アイオーンの加護(幸運、情報隠蔽)」は絶対アイオーン様のいたずらだと思う。


『いくらスキルは増やしていけると言っても、5歳になったばかりの子供が持てる数じゃぁないからね。

 のお詫びとして、僕の加護という名目で《鑑定》スキルに能力を隠蔽できるようにしたからね。

 らのべっぽくて格好いいでしょう?えっへん。』

 と、 偉そうに宣った。


 …違うだろう。むしろこの「天使の加護」は知られる方がまずい。さっそく隠蔽しておかねば。


 こうしてアイオーン様と精査した結果、俺のフェイク見かけ上の能力はこんな感じに収めた。

 ・スキル…脚力、突進、鑑定、索敵

 ・魔法…水魔法、火魔法

 ・固有スキル…(なし)


 生活魔法のうち、水魔法と下手な火魔法を選んだのは、それがたいていの子供が一番最初に覚える魔法だからだ。

 だからこの二つの魔法だけなら、生活魔法を習得中の5歳児としておかしくないだろう。属性魔法と生活魔法の垣根は曖昧だからな。


『もし《鑑定》スキル持ちに出会っても、これなら違和感を持たれないはずだよぉ。

 しかもぼくの加護で隠蔽しているのだから、見破られることはない。安心してね。』


 スキルが若干多い気がするが、砂漠生活の経験を語る上では魔物渡りのスキルがあった方がむしろ自然に見えるだろう。落としどころとしてはこんなもんでいいんじゃないかな。


 ────────── ◇◇◇


「…なるほど、確かに俺は戦うのはまだうまくないけど、逃げたり隠れることは得意だよ。

 そしてフェイはこの好機を逃したくないんだね?」

 と、うそぶいた。


 そう俺が答えると、フェイは顔をパーっと輝かせて早口で畳み掛けるように、

「そうなんだ!わかってくれるんだね。なら…、」


 だが俺はフェイの上ずった声を遮るように、冷静に切り返した。


「でも俺にはそんな貴女の都合なんて何も関係ないよね?

 危険を犯してまでその『惑わせの森』とやらに俺が同行する、メリットは何かあるの?

 まさか、ただ願えば叶う…なんて思ってないよね?」

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隔儚記 嘉会 @schwarzekats

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