カイルが兵舎に到着すると、訓練場周辺には大勢の観客がいた。

 騎士だけでなく、一般兵やメイド、王城にいた貴族の姿もある。

 どうやら今回の試合が耳ざとい者からあっという間に広がったらしかった。

 対戦相手のジークはというと、すでにその中心で堂々と待ち構えている。

 カイルはそれを横目で見ながら、人外の「美」によって周囲を寄せつけず、ぽっかり空白地帯となっている場所へ向かう。

 そこにはカイルの専属メイド、イリアがいた。


「イリア」


 カイルが呼びかけてもイリアはそっぽを向いて目を合わせない。


「つーん。カイル様なんて知りません」


 子供っぽい態度をとる彼女に対し、カイルは構うことなく距離を詰める。

 いつにない真剣な眼差しと積極的な行動。

 イリアは明らかに動揺し、ゆえに、カイルが背後に発動した土魔法に気づくのが遅れた。


「……え?壁?」


 驚く隙にイリアを壁に追い詰めたカイルは彼女の顔すぐ横に手をついて、もう一方の手で彼女の顎を掴んで強引にこちらへ向かせる。

 いわゆる、「壁ドン」だ。

 13才という若さのため少々背が足りないが、雰囲気は出ていた。

 ちなみに、「武」を尊ぶミリタリア王国において「壁ドン」は強い男性像を求めるミリタリア女子に圧倒的な指示を受けており、それはミリタリア女子ではないもののそういう読み物が好きなイリアにも少なからず影響を与えていた。

 よって、好意を寄せる男に「壁ドン」されたイリアは――、


「こっちを見ろよ、イリア」

「んっ……」

「今から俺の剣技をお前に捧げてやる。見逃すんじゃねえぞ」

「ふぁい……」


 一発でメス顔となった。

 その様子を四匹のペットたちが近くで見守っていた。


『チョロいのぅ、チョロいのぅ』

『さすがはイリアさん。万年、拗らせ処女なだけありますわ~』

『カイルさーん、後でタニアにもやってくださーい』

『……ボクは食べられるより食べる方が好きかな』


 カイルはぼんやり惚けるイリアを開放し、好き勝手に言っているペットたちを睨みつけながら、律儀に待ってくれていたジークの方へ歩いていく。慣れないことしたせいで腕に鳥肌がすごい。さすりながら愚痴る。


「ったく、食事のためとはいえ、なんで俺があんな臭いセリフを……」

「見せつけてくれるじゃないか、カイル」


 戦意をみなぎらせるジークに、カイルは苦笑を返す。


「俺も命がかかっているからな」

「そうか、イリアのことが命より大事というわけだな」

「まったく違うが?」

「それはそうと、先程の土魔法、基礎とはいえ、発動までがスムーズだった。日頃、努力しているのが分かる」

「褒めているのか?ありがとう、と言っておく」

「さて――後は剣でお互いに語ろうじゃないかっ!」


 ジークが剣を構えたのを見て、カイルも剣を構え――、


「ああ!最初から全力で行かせてもらうっ!」


 自身の内に眠る圧倒的な魔力と覇気をジークに叩きつけた。

 精密にコントロールされたそれらを全てぶつけられたジークは、一瞬で顔を青くし、冷や汗をだらだらと流し始める。

 そして――おもむろに剣を下に降ろした。

 カイルが怪訝な顔をしていると、


「俺の負けだ、カイル」

「あぁ?何言ってんだ?」

「ここまでとは思わなかった。試合が成り立ってない」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!このままじゃ終われない!せめて一太刀でいい!お願いだ!」


 ジークはゆるゆると首を振り、剣を構えることは二度となかった。


「認めるよ。イリアにはカイルこそが相応しい」


 カイルは愕然とした。

 自分の実力がゴブリン以下なのは分かっていたが、戦ってさえもらえないなんて、と。

 うなだれて膝をつくカイルに、近づく人影。

 イリアだと分かったが、カイルはあまりの恥ずかしさに顔を見ることができなかった。


「笑え!あんなセリフを吐いておきながら、俺は剣すら振らせてもらえなかった!」

「いえ、素晴らしい立ち会いでした。カイル様に惚れ直しました」


 イリアは少し赤らんだ顔でそう言うと、カイルの頬に口づけした。

 だが、たかがメイドの言葉ごとき、カイルは受け入れることは出来ない。まるで子供をあやすように慰められていると感じて悔しさに打ち震える。


「くそ……っ!いつか、絶対に、強くなってみせる……っ!」


 カイルは地面を掴んで決意を新たにした。

 今、この時この場で、カイルの実力を正しく認識できていたのは、イリアと四匹のペットを除けば、ジーク一人だけだった。それ程までにカイルの魔力と覇気は完璧にコントロールされていたので、観客が感知できなかったのは無理はない。

 結局、試合結果はカイルの不戦勝。

 この肩透かしの結果は二人の評価の明暗をさらに分けた。

 ジークは弱者をいたぶらず自ら負けを認めた真の「武」を持つ「次期国王」として――。

 そして、カイルは試合する価値さえない「武」のない「無能王子」として――。

 さらに、そこにメイドに手を出す女癖の悪さも加わったのは余談である。


 ◇◆◇◆◇◆


 その日の夕方。

 夕日で赤く染まった王城の執務室。

 黒檀色の仕事机越しに向き合う二人の姿があった。

 国王レオと第一王子ジークだった。


「カイルと試合したらしいな」

「ええ。父上から少し話を聞いてましたが、到底信じられませんでした。でも、今なら理解できます。カイルはミリタリア王国、いえ、この世界における圧倒的強者だ。父上、カイルは何者なんですか?」

「カイルが何者か……カイルと言うより、全ての原因はあのメイドだ」

「メイド?とはイリアですか?」

「そうだ。お前、あれに懸想してカイルに仕掛けたそうだな?」

「あはは……」


 ジークは照れ笑いするが、対象的にレオは真剣な表情を崩さない。


「あれに不用意に近づくな。近づく時は細心の注意を払え」

「……それは一体、なぜです?」

「あれは『天魔』だ」

「は……?」


 ジークはその言葉の意味をたっぷり時間をかけて飲み込んで、


「『天魔』というのは……あの五大災害の?」

「ああ。五大災害の最初の一つにして、災害級の魔物だ」

「……」

「そして、カイルが使役しているペットと見られているあれらは、残りの五大災害――つまり、『九尾』、『不死王』、『世界樹』、『悪食』だ」

「まさか……いえ、父上がこんな冗談を言うとは思えませんから、真実なのでしょうが……」


 ミリタリア王国を始めとしてこの世界の各地にはダンジョンがある。

 ダンジョンでは魔物が湧き出ており、時おり、その魔物がダンジョンから外へ出て大群となって村や街を襲う現象――スタンピードが起きる。

 数あるスタンピードの中でも国が滅んだものがある。

 1000年前からおよそ200年周期で起きるそれらを総称して五大災害と言う。

 五大災害は一体の超級を超える災害級の魔物が中心となった。

 ――影をも滅する光の雨を降らせた「天魔」

 ――人々を狂わせ老若男女を同士討ちさせた「九尾」

 ――万の亡者を黄泉から呼び起こした「不死王」

 ――マナを吸い尽くし森を砂漠に変えた「世界樹」

 ――生物非生物、時空さえも喰らった「悪食」

 五大災害は唐突に始まり、唐突に終わった。人類に対抗する術はなく、祈るしかなかった。決して勝利できる存在ではない。ゆえに、災害級。


「五大災害が一体なぜ、カイルの周りに……」

「あれらが来たのはカイルが7才の誕生日を迎えた日だ。突然、俺の前に現れてカイルの身柄を要求した」

「なっ!つまり、父上はその要求通りカイルを渡したと?それではまるで生贄じゃないですか!」

「生贄か。確かにそうかもしれないが、そのおかげでカイルは余人に並ぶことのない『武』を手にした。俺のあの時の判断は間違ってなかったと思う」

「それは……」


 ジークは釈然としないが、カイルの桁外れの実力の片鱗を垣間見た身としては頷かざるを得ない。「武」を尊ぶミリタリア王国の国民であれば、カイルを羨むだろう。魔物とはいえ、強大な「武」を授けられたのだから。


「五大災害はカイルを育ててどうするつもりなんでしょう」

「殺して欲しいそうだ」

「殺して?誰を?」

「自分自身をだ。五大災害は唐突に始まり、唐突に終わったが、その間、彼らは意識を乗っ取られていたそうだ。気づいた時にはすべてが終わったと言っている。一度、乗っ取られたならば、もう一度、乗っ取られない理由はない。もしそうなった場合、カイルに殺して欲しいそうだ。己が愛した男に――」


 ジークは押し黙った。

 カイルが知らず背負わされた運命に何も言えなかった。

 ため息をついて、重い口を開く。


「これから我が国はどうなるのでしょう」

「さてな。もうそろそろ200年の周期になる。どこかで新たな災害級が生まれるのか、それとも――。いずれにせよ、カイルがそれに関わることになるのは間違いないだろう」


 レオはそう言うと窓に近づく。

 夕日に沈む城下町、そしてその先を静かに見据えるのだった。(Fin)


(あとがき)

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 勘違い系無双ハーレムもの大好物です。これをプロローグとして、長編を書けそうな気がするんですけど、テンプレすぎて需要がないのかな?どうなんでしょう?

 今のところ続きは考えてないので、覚え書きの意味も込めてネタバレをしておきます。

 この世界のダンジョンは人口調節機構です。資源のリソースを守るために人口を減らす役割。200年周期の大災害の役割もそれ。よって、カイルが第六の大災害を防ぐと、目的が達成されないので、イリアたちが殺戮マシーンに。カイルはヒロインたちを殺すしかないのか~ってな感じで、そこに行き着くまでに婚約者ができたり、聖女にストーカーされたり、勇者(笑)をザマァしたり、また、イリアたちはカイルに出会うまでに世界を旅して影響を与えているはずですのでその辺で各ヒロインごとに掘り下げたり……。考えていると妄想が着きないのでこの辺で。

 また機会があれば拙著の作品をよろしくお願いします。

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メイドに勝てない「無能王子」が実は人類最強だった話 あれい @AreiK

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