③
また別の日のこと。
朝食後、剣の訓練のため、カイルとイリアが離宮を出ようとした時のことだ。
今日こそは勝ってみせると意気込むカイルの前に人影が立ち塞がる。
ミリタリア王国第一王子、ジークであった。
ジークは国王レオと正妃イザベラの長男で19才になる。容姿に優れており、また学生時代は学園主催の武闘大会で優勝するなど、次期国王としての「武」を兼ね備えていると周囲に高い評価を受けていた。
つまり、カイルとは真逆の人物。
そのせいか、二人はあまり話すことはない。
かと言って確執があるわけでもないが。
この時も無難に挨拶を交わしたのだが、その後もジークがどかないので、カイルが訝しんでいると、
「その、なんだ……」
「どうかしたか、ジーク兄上」
「いや、剣を練習しているようだな?」
「ああ、それが?」
「そこのイリアというメイドに習っていると聞く」
「ぐっ……」
カイルにしてみれば、騎士に教えてもらえない自分の「武」のなさ加減を詰られた気分だった。
だが、ジークにそんな意図はない。
ジークはイリアの方をちらちらと見ながら、
「今日の午前中、時間があるんだが、試合をやらないか?」
「試合?俺とジーク兄上で?」
「そうだ。カイルがどんなふうに戦うか興味があるんだ」
「はあ。まあ、いいけど」
「イリアも見に来るといい。俺の剣技を君に捧げようじゃないか」
ジークはイリアにキメ顔でそう言った。
爽やかさと力強さが同居する甘いマスクに学生時代はファンクラブが出来た程である。
ちなみに、「武」が尊ばれるミリタリア王国で自分の「武」を異性に捧げるというのは古典的な口説き文句の一つだ。
当然、イリアは知っていたが、平然と受け流す。
そもそもイリアはミリタリア王国の出身ではないのだが。
彼女の反応は予想外だったのだろう、ジークは頬を引きつらせたが、それでもめげずに気合を入れ直すと、兵舎の方へ歩いていった。
一方のカイルはというと、話の流れから自分が恋の鞘当てに使われていると分かり、やる気が急転直下した。
「はーっ、わざわざ俺を巻き込むなよ。そんなことをしなくても、ジーク兄上が飯に誘えばデートくらい行くだろ。なあ?」
「は?行きませんが?」
「……俺、時々、お前に連れられて飯食いに行くんだが?城を抜けさせられるんだが?」
「それはカイル様だからで……もうっ、カイル様のバカ……っ」
イリアはすたすたとジークの後を追っていった。
「あいつ、メイドのくせに、王子の俺にバカと言いやがった」
『いや、今のはカイ坊が悪いじゃろ。のぅ?』
『ですわね。さすがに同情してしまいますわ』
『カイルさんはもっと女心を知るべきですねー。タニアの扱いも雑な時がありますしー』
『……さて、ゴブリンに女心を教えるのとどっちが難しいかな』
「お前ら、どっから湧いてきやがった」
カイルの周りを子狐、コウモリ、小妖精、スライムが纏わりつく。
いつもはイリアとの剣の訓練には同行しないが、どうやら今回は興味があるあるらしく、早く追いかけろとカイルを促してくる。
カイルが渋々、四匹をのせて前二人に付いて行く。
『真面目な話なんじゃが、カイ坊が戦って大丈夫かのぅ?』
『あ~、ヘタしなくても死にますわね~。一瞬で』
『欠片があればいいですけどー、欠片さえあればタニアが元に戻せますしー』
『……欠片さえ残らない可能性が微レ存?』
『お前ら、散々な言いようだな!俺だって欠片くらい残るわ!』
『『『……』』』
『……え?残るよな?本気でやれば、俺の肉片残るよな?』
『カイ坊の認識がこれではのぅ。何気にカイ坊って妾たち以外と試合するの初めてじゃしなぁ』
『ん~、これは最初から本気で行くべきですわね。逆に』
『なるほどー、お相手の王子がそれなりなら、それがいいですかねー』
『……消滅してしまったら、その時はその時』
四匹のペットの不穏な会話を聞いて、カイルは段々、不安になってきた。
常々、たかがメイドのイリアにゴブリン以下の剣技とダメ出しされるのだ。次期国王のジークとは雲泥の差があるだろう。
だが、一度試合を受けたらからには逃げる選択肢はない。そこは「武」を尊ぶ大国の王子としての矜持があった。
ペットたちのアドバイス通り、最初から本気で挑もうと考えている。
――四匹とカイルでは認識に食い違いがあるようだが。
『それとじゃ、カイ坊、イリアの機嫌はちゃんと取るのじゃぞ?』
『え、嫌だよ、面倒くさい』
『おぬしっ!イリアがヘソを曲げたら誰がご飯を作るのじゃ!』
『それは……大問題だな』
カイルの食事はすべてイリアの手料理だ。
国王の指示で建てられたイリア専用の調理室で作られている。
カイルだけが違うメニューなのは「無能王子」に高級食材は分不相応であるから、という理由だと周囲には思われているが、イリアがカイルのために用意した食品をひと目見て、国王は胃をさすりながら調理室の建設を決めたと言う。余人の目に晒さないために。
『わたくしはカイルの血があれば事足りますわ~』
『タニアは大気中のマナがお食事ですねー』
『……ボクは食いだめがあるから三年は平気かな。ぶい』
『なんじゃっ!この中で食事がいるのは妾だけか!カイ坊、頼むのじゃ!断食は嫌なのじゃ!』
『んなこと言ったって、一体どうすれば……』
ぺしぺしと子狐に叩かれ困り果てたカイルに四匹のペットは策を伝授する。それを聞いたカイルは顔をしかめたが、そもそもそれでイリアの機嫌が直るとは思えなかったが、やること自体には同意した。
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