この日、カイルは王城の廊下を歩いていた。

 カイルにしてみれば自分が「無能王子」と蔑まれていることは分かっているため、あまり行政機関で人の出入りが多い城の方には近づきたくないが、今日は城の大図書館に用があるので仕方がない。

 地下の書物は持ち出し厳禁なのをカイルは常々、不満に思っている。

 父親で国王のレオに訴えてみたものの、一考の余地すらしてもらえず却下された。その時のレオの引きつった顔を残念ながらカイルは見ていなかった。

 カイルは知らないが、大図書館の地下に封じられているのは「禁書」である。

 表紙を見ただけで目眩や吐き気に襲われ、1ページでも読もうとすると、精神が崩壊する代物ばかりだ。

 持ち出しなんて考える事自体、とんでもなかった。

 カイルの認識のズレは、たかがメイドのイリアが普通に読んでいるためだ。

 それに加えて、彼のペットの存在もある。

 四匹のペットもそれらを読み、適宜分からない所を教えてくれるのだ。

 このことについて、カイルがペットにも劣る知識量のなさ加減に不甲斐なく思い、歯ぎしりしているのは言うまでもない。


 そんなわけで、カイルは今、粛々と後ろを付き従うメイドのイリアに加えて、ペットを四匹つれてい歩いてる。

 子狐とコウモリと小妖精とスライムだ。

 それらは魔物として弱い部類のもので、ペットとして使役する者も多い。

 その点で言えば、カイルに落ち度はないが――王族ならばワイバーンやキマイラなど上級の魔物をペットにするのが相応しいという先入観はあるが――、彼の使役の仕方に問題があった。

 ミリタリア王国は「武」を尊ぶ国ゆえ、魔物の使役法も「武」でもって抑えつける方法をとる。

 だが、カイルの今の状況を見てみれば――小狐は彼の服から顔を出し、コウモリは彼の首に噛みつき、小妖精は彼の周りを飛び回り、最弱の代名詞、スライムに至っては彼の頭の上でふんぞり返っている。

 どう見ても「武」で抑えつけているようには見えない。

 これらの様が「ペットにもボロボロに負ける無能王子」という蔑みに繋がっている。


 よって、二人と四匹を見る周囲の目は厳しい。

 一部、人外の「美」を持つイリアに熱烈な視線を向けている者もいるが。

 対して、渦中の彼らは特に気にすることなくお喋りに興じていた。

 頭の中で念話であるが。


『カイ坊の中、温かいのじゃ~、匂いも最高なのじゃ~』

『おい、そこの発情狐。カイル様から距離を取れ。銀河の果てまで距離を取れ』

『ん?ん?イリアよ、羨ましいのか?カイ坊とベッドで一緒に眠る妾が羨ましいのか?』

『そんなこと言ってないし、ベッドは貴様が勝手に潜り込んでいるだけだろうが』

『あ~、カイルの血、美味しいですわ~。太ってしまいますわ~』

『だったら飲むな、発情コウモリ。それか太って地獄に堕ちろ』

『あら?冗談ですわ。わたくし、生まれてこの方、太ったことがありませんもの。イリアさんと違って』

『それは戦争か?戦争がお望みってことでいいな?』

『そんなことより、イリアちゃーん、なんでタニアがあげた蜜をカイルさんのお食事に使ってくれないんですかー』

『発情妖精、貴様の蜜はどこで採れた蜜だ?言え』

『あー、イリアちゃん、デリカシーがないですねー。そんなの聞かなくても分かってるくせにー』

『それが答えだ。カイル様に変な物を食べさせるな』

『……イリア、そんなにカッカしないで。君が一番の年長者だからみんな、少し言い過ぎてしまうんだ』

『むぅ、すまない。シアン、貴様に諭されるとはな』

『……怒ったら小ジワが増えるよ?ボクのツルツルボディを見習うといい』

『殺すぞ、発情粘液?』


『なあ、喋るのはいいんだが、いい加減、俺から降りてくれないか』

『『『カイルが試合で勝てたらね』』』

『くそ……っ!いつか絶対、お前らのことを負かしてやるからなっ!』


 悔しさに打ち震えるカイルの様子から「武」でこの四匹のペットに勝てないのは本当のようである。

 ただ、彼らはイリアと同じく見た目通りの存在ではない。

 なぜなら、一般的に意思を持ち人語を喋る魔物など高位の魔物でしかないから。例えば、超級のドラゴンがそうである。

 つまり、小狐、コウモリ、小妖精、スライムは一見無害そうに見えるが、それらはドラゴンと同等以上の魔物であり、なおかつ、国の中枢である王城を闊歩していることになる。

 その事実に気づいている者はほとんどいない。

 カイル自身も含めて。

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