メイドに勝てない「無能王子」が実は人類最強だった話
あれい
①
――大国、ミリタリア王国。
この国は何よりも「武」を尊ぶ。
それが剣であれ、槍であれ、弓であれ、魔法であれ。家族を、友人を、恋人を、戦友を守るための「武」を身に着けなさいと子供の頃から教えられる。
そこにはミリタリア王国の地理的要因もある。
東西南北、周囲を大国小国に囲まれており、その中には敵対国家も複数存在する。
それに加えて、国内各地には魔物が湧き出るダンジョンもあり、常にスタンピードの危険性がつきまとう。
ゆえに、国家を統治する国王、また王族に何が求められるか、は言うまでもないだろう。
ミリタリア王国第三王子、カイル。
現国王レオと側妃リズベットの長男である。
カイルが誕生した時には誰もが祝福した。なぜなら、レオは「剣豪王」であり、リズベットも隣国の友好国、スペルファイ魔導国の元王女という文句のつけようもない血統だからだ。
しかし、現在、13才となったカイルの評価は地の底にあった。
曰く、騎士ではなくメイドと剣の訓練をしている。
曰く、そのメイドにボロボロに負ける。
曰く、ペットの子狐、コウモリ、小妖精、スライムにもボロボロに負ける。
よって、カイルは「武」がない「無能王子」と周囲に蔑まれている。
◇◆◇◆◇◆
とある日のミリタリア王国王都。
広大な王城の端には森林浴ができる森があるが、その一部が「人払いの結界」によって隔離されている。
結界は近年、新たに作られたもので、許可のない者の立ち入りが禁止されていた。
それはその中で行われているだろう「恥」を他者に見せないため国王が指示したものと噂されている。
その「恥」とは何か?
「無能王子」カイルと彼の専属メイドの剣の訓練であった。
「今日こそは、絶対、勝つ!」
木刀を持った少年、カイルが気合十分に声を上げる。
「ふふ、どこからでも、どうぞ?」
対するメイドは優美に佇むだけで木刀を構えすらしていない。
彼女の名前はイリアと言う。
イリアは美しかった。いや、美しすぎた。
白金のたなびく髪も、磨かれた黒曜石のごとき瞳も、メイド服に包まれた抜群のプロポーションも。
だが、そんな人知を超えた「美」もカイルにとってはどうでもよかった。
たかがメイドごときに余裕綽々な態度をされるという自分の「武」のなさ加減への苛立ちが、王子らしくない舌打ちに表れる。
「チッ――いくぞっ!」
瞬き一つ二つの僅かな間。
その一瞬だけで十数メートルはあった距離がゼロになる。
カイルは最初の一撃でねじ伏せてやるとばかりに全力で剣を振るう。
だが、イリアに楽々と片手で受け止められる。
両者の剣は拮抗することなく、カイルが押し負けて、カイルの体が浮き上がる。
空中で無防備状態のカイルに対し、イリアはスカートを優美に広げながら回し蹴りを放つ。
「ぐがっ」
それはカイルの側頭部にクリーンヒットした。
カイルは吹っ飛びながらも、何とか姿勢を立て直して着地する。
イリアは彼の様子を見て小首をかしげた。
「おや?切れてしまいましたか?カイル様は相変わらず脆いですね」
カイルの頭から血が流れていた。
カイルもそのぬるっとしたものを感じたが、服の袖で拭ってすぐに戦線復帰しようとした。
その機先を制するように、イリアが指をふると、カイルの額が温かな光で包まれる。
傷が修復され、血さえも分解されて綺麗になる。
イリアの回復魔法だ。
カイルも同じ回復魔法を使えるが、患部の特定や治すイメージの固定で集中力がいるため、イリアのように戦闘の片手間にはできない。
回復魔法一つでも、たかがメイドに劣ることを見せつけられカイルは悔しげに唇を噛む。
「情けをかけたつもりか……っ」
「いえ、別に?ただ、カイル様の可愛らしいお顔に傷が残るのはメイドとして失格なだけです」
「男に可愛らしい、なんて言うなっ!」
カイルの年齢は13才である。
この国では13才というのは周囲に大人として見られる年頃だ。
例えば、ダンジョンの探索を生業とする者たちの組織「冒険者ギルド」の加入条件は13才以上である。
ゆえに、カイルにとって「可愛らしい」は侮辱と言えた。
その鬱憤を晴らすため、カイルはイリアをたたっ斬るつもりで突貫する。
だが――、
「フェイントが甘いです。そんなのゴブリンでも引っかかりませんよ?」「がはっ」
「剣の振りは大分よくなりましたね。まだゴブリンレベルですが」
「ぐはっ」
「それでゴブリンに勝てると思っているのですか?ゴブリンに謝ってください」
「ごはっ」
何度も吹っ飛ばされながら、いちいち最弱の魔物の一角であるゴブリンと比較され、最後にはカイルの体とメンタルはボロボロになって地面に大の字になった。
一方、イリアはと言えば、メイド服にシワの一つさえない。
イリアはカイルのそばにやって来ると、レジャーシートを敷き、そこにカイルをのっけて、ついでとばかりに彼の頭を自分の膝上にのせて膝枕した。
「カイル様、はい、お水です」
「俺に構うな。ほっといてくれ」
「すねるカイル様も可愛いです。汗、タオルでお拭きしますね」
「くそ……っ」
イリアの手をすぐにでもはねのけたいが、体力が尽き果てており、指一本も満足に動かせない。
カイルが負けた相手に世話されるという屈辱に耐えていると、ひと通り汗を拭き終えたイリアが立ち上がった。カイルがほっと息をついたのも束の間、イリアはカイルの体をひょいと抱きかかえた。
お姫様抱っこである。
「何をするんだ!離せ!」
「このままではお風邪を引いてしまいます。今日は少し冷えますからね」
「どこがだ!太陽が燦々と輝いているじゃないか!って、おい!どこに連れて行く!」
「お風呂に決まってますよね?」
「風呂くらい一人で入れる!」
「最近のカイル様はそうおっしゃって私に手伝いをさせてくれませんが、ゴブリンにも勝てないカイル様など、まだまだ子供。子供がお風呂に一人で入ると溺れますよ?」
「溺れんわ!」
「ふふ、お体を隅から隅まで洗って差し上げますからね♪」
「あぁーっ、離せーっ」
カイルがじたばたと抵抗するが、イリアにがっちりホールドされる。
カイルとイリアの素の身体能力に然程の開きはないが、両者ともに身体強化魔法を使っており、その練度が歴然の差となって現れていた。
王族が日常生活をする離宮まで行く間、カイルはイリアにお姫様抱っこされていた。
ここは王城であるから道中には当然、城務めの者たちが大勢いる。
平然とするイリアと、頬を一筋の涙で濡らすカイル。
二人を見た彼らは「メイドにボロボロに負ける無能王子」ということを再認識する。
だが、結果ではなくその過程を見ていたら――。
このイリアという人外の「美」を持つ存在が「武」においてもただのメイドではないと分かったはずであり、そしてそれを相手にするカイルの戦闘能力が尋常でないと理解できただろう。
ただ今はそれを知らない者が圧倒的多数だった。
カイル自身も含めて。
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