第44話 王宮防衛戦

「緊急ーーー! 緊急ーーー! 王立研究所にて非常事態発生! 近衛騎士団は緊急呼集!」

 

 王宮全体に警報が鳴らされた。当直の騎士たちが息を切らして駆けつける。ミストリア王国はこの百年間、戦争中でさえ一度も王都まで攻め込まれたことはない。このような非常時など予想もしていなかった近衛騎士たちの多くは慌てふためいていた。


「なんだ、なにがあった!? 王立研究所に凶行犯テロリストでも現れたのか?」


「いや、実験に使われていた魔物が逃げ出したらしい」


「いやいや、魔法の暴走らしいぞ」


「なにが正確な情報かわからん! とにかく王立研究所に救助に行けばいいんだな」


「いや、王立研究所はもうだめだ。化け物が暴れ回って酷い有様らしい。その周囲の避難が優先だ」


「いったいどうすればいいんだ!」



 ◆◆◆◆



 近衛騎士団が王立研究所を包囲したのはそれから30分後のことだった。


 王立研究所は横に長い立方体をしたシンプルな建物だ。地上3階、地下1階のフロアを持ち、正面の横幅は200メートルもある。

 近衛騎士団は王立研究所を囲んだまま、手出しができないでいた。最初に王立研究所から避難してきた研究員、職員はすでに救助が完了した。だが建物内にはまだ数十名以上取り残されているはずであり、それを襲う化け物もまだ中にいるはずであった。


 しかし建物からは悲鳴や騒動の音は聞こえず静まり返っている。ほんの10分前までは地獄のような絶叫が響き渡っていたというのに、だ。

 近衛騎士の一人が、ゴクリとつばを飲み込んだ。なんとも名状しがたい不気味な雰囲気が王立研究所から漂っている。生存者を避難させるため、また傷ついて動けない人を救助するため研究所に突入しなければならないのだが、近衛騎士の誰も動くことができないでいた。


 じりじりと心臓を焙るような時間が過ぎる。

 近衛騎士団の団長が、意を決して突入命令を下そうとしたときだ。


 王立研究所の天井が突如、爆発した。瓦礫を周囲に撒き散らして、中から高さ20メートルに達する巨大な化け物が現れる。


「うわあああああああっ!!?」


「なんだ、何なんだあれは!?」


 近衛騎士たちから情けない悲鳴が上がった。普段から魔物とも戦い慣れている騎士たちだが、研究所の化け物はひと目で恐怖と嫌悪感を催す見た目をしていた。

 まるで人の形をしたスライムだった。様々な人間の肉体が折り重なり、異形のモンスターと化している。


 人肉の巨人は天井を吹き飛ばすと、ゆっくりと前へ進み始める。王立研究所の壁は巨人の腰ほどまでしかなく、今にも乗り越えて出てきそうだった。

 最初に恐怖から脱した近衛騎士団長が命令を出す。


「弓兵、直ちに射撃開始!」


 団長の命令によって弓兵たちがハッと夢から覚めたように動き始める。背中に背負っていた弓を構え、狙いを定めると、各隊長の指示で次々と屋を発射する。

 一度に千本近い矢が巨人へと降り注いだ。人肉の巨人は鬱陶しそうにそれを手で振り払う。

 曲がりなりにも近衛騎士団弓兵の弓であり、放つ矢は普通の魔物であれば十分射殺できる威力を持っている。にも関わらず、巨人にほとんどダメージは与えられなかった。傷ついていないと言うより、矢が刺さったそばから身体が再生しているようだった。

 結局、ほとんど巨人に影響は与えられないまま近衛騎士団長は弓兵の射撃を中止した。


「ダメだ。弓矢ではダメージを与えられん」


「しかし騎士団長、あの化け物の進む先にはすぐ王宮があります」


「わかっている!」


 王宮は王立研究所から通りを挟んだだけで目と鼻の先だ。すでにそちらの避難も進めているが、王宮を攻撃されたとなれば近衛騎士団の面目丸つぶれだ。


「総員、横陣を組め! あの化け物を絶対に王宮へ近づけるな!」


「はっ!」


 どうにか恐怖を押さえつけた騎士たちが、騎士団長の命令一下走り出す。王宮の西門前で陣を敷き終えたとき、巨人は王立研究所の壁を粉々に破壊して外に出てきた。


「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛、゛ネ゛イ゛サ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛!!!!」


 怖気のはしるような叫び声だった。聞いた者の心臓を凍りつかせるような奇怪な吠え声。近衛騎士達は最強の騎士団としての自負と矜持から、どうにか震えだすのを抑える。


「あの化け物、なにを叫んでいるのでしょうね」


「知るか。化け物の考えることなんて」


 部下の疑問を騎士団長は切って捨てる。気味の悪い化け物の思考など深く考えたくなかった。

 巨人が王立研究所を抜け、通りへ一歩踏み出す。それと同時に騎士団長は命令した。


「第一陣、突撃っ!」


 横陣の最前列にいた騎士たちがときの声を上げて巨人へと殺到する。剣を抜き、あるいは槍を構え、ブヨブヨと不気味な肉の塊へ向け突進した。

 近衛騎士たちの振るう刃は巨人へと届き、その体を切り裂いていく。しかしそれだけだった。先程の矢と同じく、傷ついたそばから傷は塞がっていく。


 巨人が、鬱陶しそうに足を持ち上げると、勢いをつけて地面を踏みつけた。慌てて直下にいた騎士たちが退避する。巨人の足は騎士たちを捕えきれなかったものの、そのひと踏みで地面にヒビを入れた。

 割れた地面を見て騎士たちの顔に再び恐怖が宿る。


「だ、団長、ダメです。やはり剣でもほとんどダメージを与えられていないようです!」


「くっ、なんというやつだ……」


 部下からの報告を受けて団長が歯噛みする。


「もっと大威力の魔法で攻撃するしか無い。魔法師軍を呼んでこい」


「はいっ!」


 団長の指示を受けて伝令がすぐさま走り出す。

 ミストリア王国近衛騎士団には、補助戦力として宮廷魔法師直轄の魔法師軍が連携されている。平時は別組織なのだが、有事の際は協力して危機に対処するのだ。その際魔法師軍は一時的に近衛騎士団長の指揮下に入る。


 魔法による攻撃は、準備に時間はかかるものの発動すれば剣や槍より遥かに高い威力を出すことができる。細かく削っていってもあの巨人は倒せないと判断した、団長は、大威力の魔法で一気に肉を消し飛ばそうと考えたのだった。


「魔法師軍が到着するまで慎重に包囲を続けろ! なんとか時間を稼ぐんだ」

「「「はっ!」」」


 団長の指示を受けて、騎士たちは次々と大盾を構えて化け物に対峙する。

 巨人はゆっくりとした動きで王宮へと近づいていった。それに合わせて騎士たちもジリジリと後退していく。


 王宮には城壁も守護結界も張られている。いざとなったら騎士たちは王宮内に入れ、城壁と結界を盾に籠城しよう……と、団長が考えていたときだ。



 巨人の身体から何本もの触手はが高速で飛び出した。

 矢の如く発射された触手はそのままムチのようにしなり、騎士たちの身体を捕えていく。


「うわああああああっ!!!!」

「な、なんだこれは!!?」

「触手だ、触手が伸びている!」

「ひいいいいっ、いやだ、つかまったあああ!」


 触手に捕えられた騎士たちが悲鳴を上げる。過酷な訓練と戦闘に鍛えられてきた騎士たちでも、恐怖に顔がこわばるほどその触手は不快な見た目と拘束力を持っていた。


 捕まった騎士の何人かが、さっそく触手に引きずられていく。


「ひいっ、いやだっ、誰か助けてくれええ!」

「そんな、こんな化け物なんかに……」



「あ、あああ……」


 肉の触手に捕えられ引きずられていく騎士たち。地獄のような光景に、団長もしばし呆然とした。指示を、仲間を救助するため指示を出さなければならないのに、恐怖でしたが回らない。


 ――そこへ、空から光の剣が降り注いだ


「サンカルスペラ!」


 光の剣が次々と触手を切り裂いていく。捕えられていた騎士たちは皆すぐに解放された。

 白い光の剣はそれ自体意思を持つかのように美しく舞い、他の棋士に迫っていた触手さえも切り裂き無力化していく。


 騎士団長がぽかんとしていると、隣にふわりと風が巻きおこり一人の男が空から降り立った。


「大丈夫ですか? 冒険者ギルドの依頼で助けに来ました」


「あ、ああ……」


 目を向ければ戦場には不釣り合いの、一見頼りなさげな若者が立っている。背は高いもののひょろりと痩せていて、顔立ちも優しげだ。

 彼が今の魔法を使ったのか? と騎士団長は驚きつつ、敬礼をして言った。


「だ、誰だか知らんが助かった。君、ありがとう!」


「いいえ、助けられてよかったです。それより僕も一緒に戦わせてください」


「高ランク冒険者か? 願ってもないことだが、危険だぞ」


「構いません。あの化け物には……僕も因縁があるんです」

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裏切られた大博士 〜成果を横取りされた研究者は、職場をやめて悠々自適に研究三昧〜 氷染 火花 @koorizome

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