第43話 緊急依頼
ネイサンとザンバの戦いは一進一退の攻防が続いていた。
「
「アクアリウス……サンカルスペラ!」
強力な正拳突きとともに炎を鳥の形にして突き出すザンバの技鳳烈破を、ネイサンは水の壁で防ぎつつ光の剣を発射する。
光の剣は矢よりも速くザンバを襲うが、さすがSランクの超反応で迎撃する。
光の剣はほとんどが弾き落とされたものの、数本はザンバへとあたった。だが、サリーレッドベアーを一撃で倒した光の剣でもザンバの肉体を浅く切り裂くのがやっとだった。しかもその傷はあっという間に治っていく。
フレイムオーガの両腕を移植したザンバは、耐久力も回復力も遥かに人間離れしているのだった。
命をかけた戦いの最中だと言うのに、ザンバずっと楽しそうに笑っている。
「どうしたどうしたネイサン殿! その程度の攻撃では俺に深手を追わせることすらかなわんぞ!」
「まったくでたらめですよあなたは……サンカルスペラなんて本当は人に向けちゃいけない魔法なんですからね」
「俺のことを人とは思うな。炎をまとった魔獣だと思え。そのくらいでなかればこの
「……わかりました。今までも本気でしたがさらに本気を出します。――アエルリア」
飛行呪文を唱え飛び立つネイサン。ザンバがさらに獰猛な顔で笑う。
「なんと、貴殿は空も飛べるのか!? そういうとっておきはもっと早く見せてくれ!」
「なんで嬉しそうなんですか……。言っておきますが、死んでも恨まないでくださいよ。セパルティナ・アクアリウス!」
ネイサンは
「むっ、むぐうっ!」
さすがのザンバも逃れることはできず、水の中に飲み込まれる。慌てて顔を出そうと泳ぐが、ネイサンの操る水は渦のように回転しザンバを内部へと引きずり込んだ。
ザンバは水の中でもがくことしかできない。そこへネイサンが追撃の魔法を詠唱する。
「ココロクトン・ボルテクス!」
のたうつヘビのような太い雷が幾本も水の中へと走った。水を通して雷撃を浴び、さしものザンバも動きを止める。
ダメ押しとばかりにネイサンは3つめの呪文を唱える。
「パスラクタル・ブリザード!」
猛烈な吹雪が水を襲い、中にいるザンバごと氷漬けにした。古代ガラル魔法でもさらに上位の力を持つ魔法を三種。
「ふう……なんとか、勝てたかな」
ネイサンがザンバを閉じ込める。巨大な氷塊の上に降り立つ。ハウルとユニコーンもそれぞれ近くの地面に降り立った。
スフィンクス姿のままハウルが歓喜する。
「さすがですマスター! 上位のガラル魔法を三種連続で放つとは。私の故郷メンフィス王国でもこれほどの使い手はそういませんでしたよ。現代でこれほどまでガラル魔法に精通しているのは衝撃です!」
「はは、ありがとう。まあこんなに強力な魔法を王都で放つことになるとは思わなかったけどね。あとで冒険者ギルドにもなんとか言い訳しないと……」
のんびりとネイサンは返事する。ハウルはネイサンのそばにやってきて、マスターすごい! さすがです! を連呼していた。
その時、ユニコーンが風魔法でふわりと浮かんでネイサンのそばにやってくると、なにかを訴えるように鳴き始めた。
「ヒヒーン、ヒヒーン」
「うん? どうしたんだい?」
「なにか私達に教えたいようですね。氷の中心を指して……って、まさか」
ハウルがなにかに気づいたようにハッとする。
ネイサンもまた驚愕に目を見開いた。ザンバのいる辺りで氷がボコボコと泡立っている。さらにはビシリ、ビシリと氷塊にヒビが入っていった。
「はは、まさか、ね……」
「あ、ありえませんありえません。ガラル魔法の三連撃を浴びて、生きているなんて……」
ネイサンたちの前で氷が砕け散る。中から、湯だったように煙を上げるザンバがはい出してきた。
「はっはあ! いいぞネイサン殿。素晴らしい攻撃だった! やはりそなたと戦えたのは正解だ。これほど血湧き肉躍るのは戦いは滅多にない。そう、あの炎鬼と戦ったとき以来かもしれぬ!」
最大の笑みを浮かべてザンバが叫ぶ。
ハウルは呆然と、ネイサンはどこか諦めたような瞳でそれを見た。
「……あの人、どうやったら止められると思う?」
「あ、ありえませんありえません。こんなの予想外過ぎます」
スフィンクス姿のままおろおろするハウル。
ザンバが勢いをつけて氷塊から跳躍する。ダンッ、と重い音を立てて着地すると、すぐさま構えた。
「さあネイサン殿、続きを! 戦いの続きとまいろうか!」
「……わかりました。こうなればとことんやりましょう」
ネイサンもまた、覚悟を決めたように構える。頭の中では次に放つ呪文を数十もシュミレーションしていた。
ハウルも、ユニコーンも、それぞれ構える。
たがいの闘気がぶつかりあい、膨れ上がる――その時だった。
「ネイサンさん! ネイサンさーーーーーん!」
若い女性の、あまりにも場違いな声が戦いの場に響く。思わずネイサンが振り返ると、冒険者ギルドの職員キャロルが息せき切って走っていた。
「キャロルさん?」
予想外の闖入者にネイサンも思わず警戒を解く。ザンバも、戦いの呼吸を乱されたかネイサンの隙をつくことなく構えを緩めていた。
きょとんとしたネイサンたちの元へ、キャロルは息を乱し駆け寄ってくる。
「はあ、はあ、はあ……、良かったすぐ見つかって」
「どうしたんですそんなに慌てて」
「大変なことが起きたんです! えっと、どこから説明したらいいか……ともかく冒険者ギルドからの緊急
「え、ちょ、ちょっと待ってください。僕は今戦っている最中で……」
さすがのネイサンも戸惑いながら返事すると、横合いからザンバがずいと進み出てきた。
「おい、娘御。俺とネイサン殿は今、生涯をかけた死合いの真っ最中なのだ。ギルドの緊急依頼だかなんだか知らんが、そんなものは後にしろ」
「きゃあああっ! Sランクのザンバさん!? なんでこんなとこに! ……はっ、でもちょうど良かった! 今すぐあなたもギルドに来てください、大至急です」
鬼面の如きザンバに凄まれていったんは驚いたキャロルだったが、すぐにギルド職員の顔になると、ザンバまでも緊急依頼に誘い始めた。躊躇なくキモノに手をかけて、裾を引っ張ろうとまでしている。
この行動にさすがのザンバもあっけにとられた。
「ま、待て待て娘御。そんなふうに触れてはやけどしかねん……ひとまず落ち着け」
「これが落ち着いてられますか! 王立研究所にいきなり化け物が現れたんですよ! こんなの王国初まって以来の緊急事態です!」
ザンバの言葉にも耳を貸さず、キャロルはネイサンの腕まで取りギルドに引っ張っていこうとする。
戦闘とは無縁のキャロルが見せる並々ならぬ剣幕に、ネイサンもザンバも完全に戦いの気迫を抜かれてしまった。
二人は顔を見合わせる。
「王立研究所?」
「たしか、アガルマがそこの教授をしていたな」
「若返りの魔法を持っていきましたよね」
「ネイサン殿がなにか警告していたな。俺にはなんのことか皆目わからなかったが」
「若返りの魔法は非常に優れた魔法ですが、同時に扱いが難しいんです。失敗すれば大変なことになる。最悪、恐ろしい不死の化け物になる可能性があります」
「まさか、とは思うが」
「でも、もしかすると……」
短く言葉をかわし納得し合った二人は、同時に頷いた。
「ザンバさん、いったん勝負はお預けにしませんか? どうも戦っている場合ではないようです。」
「ネイサン殿との戦いは実に惜しいが、俺も王国の危機とあれば放ってはおけん。いいだろう」
「ありがとうございます。ときにザンバさん、僕とパーティーを組みませんか? 僕のガラル魔法でザンバさんを強化すれば、更に強くなれると思うのですが」
「願ってもないことだ。ぜひかけてくれ。代わりに俺は前衛となって、ネイサン殿を必ず守ろう」
「決まりですね」
確認を終えた二人はキャロルへ振り返る。
「「キャロルさん(娘御)! 今すぐ現場へ案内してください(くれ)!!!」」
「わー! なんだか知りませんがお二人共ありがとうございます!」
事情をなにも知らないキャロルは渡りに船と、さっそく二人を案内していった。
大混乱が起きている王立研究所と王宮へ向かって。
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