どこで道を間違えた?

@aikasita

悪いのは、俺じゃない

 学校の帰り道、牢獄から開放された喜びはなにものにも代えがたい。たまたま、ツイに流れてきた。「城田宗次容疑者は現在も逃亡を続け、まもなく2日を回ろうとしております。」

うちの学校に引きこもって、明日の学校休みにしてくんないかな、とありもしない妄想にふけていた。つい2秒前までは。


は、え、あれ城田じゃね、いや、え、遠くでよく見えないけど、は、え、なにこれ、え、逃げるのが正解か、いやでも遠いし多分相手気づいてないから電話、え、。


 陰キャ高校生の自分が頭を巡らせて出てきた案は、「写真を撮る」ことだった。とりま撮って逃げよう。手の震えが止まらない。焦って押したボタンはビデオだった。たった5秒の動画。自分しか持っていない証拠。心のなかで舞い上がっていた。これで自分もクラスの輪に入れるのではないか、と。そう思った。

 気づいたら駅のホームまで走っていた。城田の様子はない。勝ったのだ。まだ少し震えた手で、再生ボタンを押した。ブレブレだが、明らかに城田そのものだった。ここからだ。さあどうしよう。警察に届けるか。電車で一人考えた。僕の答えは明らかで、右手でツイートボタンを押していた。人生で最も高揚した瞬間である。


 家に着く頃には、いいねが5万を超え、フォロワーは数千倍へと膨れかえっていた。明らかに人気者である。心の高揚を抑えながら、風呂に足を運んでいた。上がったらどうなっているだろうか、と期待で胸が踊った。人生で一番楽しい風呂。

 風呂から上がり、スマホを点けると、「これ、別人じゃね」という文字が光った。まさか、んなわけ。だれだよこいつ。フォロワー5人のくせにしゃしゃってんじゃねーよ。きも。こういうのがクソなんだろうな。

「あんた、ご飯いらんの」

「うっせえな、もう寝るからいらねえよ」

うざ、こいつも明日には俺に土下座してるか。もういいや、寝よ。


 3時頃、ババアに頬を叩かれて起きた。

「あんた、あんた、、」

なぜかババアが泣いている。気付くと後ろに警察も立っている。

「お話を伺いたくて」

思考が息をしていない。寝起きだからじゃない。こんなババアを見たことがないからだ。親父から、半ば強引にベッドから引きずり降ろされた。いつも怒り気味の親父も、どこか違う。なにか様子がおかしい。

「落ち着いて聞いてほしいんやけど、昨日君、ツイッターに投稿したよね。あれがね、別人だったんだけどね、。」

別人。そのワードだけが頭を旋回した。ああ、自分はやらかしたんだ。やっと思考が追いついてきた。けど、別人だっただけなら、名誉毀損くらいじゃ、。

「その人がね、ネットの投稿見た人に、勘違いされて殺されちゃったんよ。」


は、え、それは、え、おれわるくなくね。え、そいつがわるいっしょ。殺したやつ。え、おれわるくなくね。


頭は自己保身で埋め尽くされていた。俺は悪くない。ただ、そのワードが自分を取り巻いていた。

「もちろん、君は勘違いしただけだからその事件に関与はないんだけど、なんというか、ネットでね。君すごいことになってて。」

とっさにスマホの方を見たが、あるはずのスマホが無い。

「警察としては君の安全を守らなきゃだし、家族も守らなきゃなんだけど、君の個人情報とかもネットに出ててね。ちょっと、一緒に署に行けるかな。とりあえず。」

なにも思い浮かばない。ネットの怖さは自分が嫌というほど知っている。どうしよう。俺は悪くないはずなのに。おかしい。自分のせいで。

 

目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。時計は8時を指している。母が立ってりんごを切っているのが分かった。

「起きたんかい、ちょい待っとき。」

少しして、警察がきた。

「ごめんね。びっくりさせちゃったよね。容態は大丈夫かな。」

「はい」

自分で出せる最大の声だった。

「順を追って話すね。あの話の後、君、倒れちゃって、この病院に来たんよ。多分、頭が混乱しちゃったんやと思う。それでね。事件については、犯人が捕まってね、警察としてはこれ以上動かない方針だから。なにか聞きたいこととかあるかな。」

聞きたいことしかないはずなのに、勝手に首を縦に振っていた。その後、警察はまるで逃げるかのように去っていった。母が口を開いた。

「蒼が寝てる間に話したんやけど、今後ね、海外で暮らそうかと思うの。どうかな。」

どうかな、ってなんだよ。日本じゃ無理ってことだろ。気づいたら視界が濁っていた。なぜだろう。自分はどこで間違えたのか。あの、「別人じゃね」という投稿にもっと向き合うべきだったのか。いや、そもそも投稿しなければ。いや、そもそも目立ちたいなんて思わなければ。すべてがもう遅かった。ただ、泣くことしか、自分には出来なかった。

 もうそれ以降のことはあまりよく覚えていない。ただ、呆然と縄に首をかけていた。

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