燃やしたい父と愛したい私

@windsprings

第1話

- 燃やしたい父と愛したい私 -

 木を愛したの。


 森にただ佇む、周りと孤立した一本。


 この愛は、恋愛的で性的なの。


 例え、しゃべらなくても……動かなくても……そこに貴方がいればいい。


――いつか、子供も欲しいな………………。



 私の愛はおかしくなんてないよね? お人形さん!





 スカーレット。父親としてこのイカれた性癖をどう対処すればいい。

 9歳までは普通だったんだ。少し内気でも不満なんてそうなかったに違いない。母親は若くして亡くなったが、スカーレットが物心つく前のことだったため、傷はそう深くないだろう。勉強はできるほうだし、運動も上手い。友達も少なからず二人はいた。――なのに、なのに……なぜ、あんな異常に。10歳になって変わってしまった。

 突然のことだったんだ。

「外に遊びに出かけるね」

 スカーレットが自ら言った初めての言葉。その時は内気が改善されたんだと思って、心底喜んだ。室内で友達と遊ぶことはあっても、外となると中々遊ぼうとはしなかったから。

 でも、毎日外にいくようになると流石に嫌悪感を抱いた。それである日、跡を追ってみると、山奥に入っていくのが見えて……。

――静かに木の枝や葉をどかす。すると、スカーレットが! スカーレットが……!

「ウッドー! 今日も来たよ。変わらず元気そうで良かったぁ」

 ウッドと呼ばれる木に抱きついていた。それだけにあらず、キスまでもしていた。

 あまりの異様さにうっかり腰を抜かして尻もちをついたがために、ガサガサと草木を鳴らす。その後は逃げてしまった。まるで化け物に出合ったように。


 以後、逃げるところは見られてないらしく、普通の生活を送っている。だが! 今日こそは……! あいつを元の普通の子に戻さなくては。


 夏の珍しく涼しい日。スカーレットはいつも通り玄関で同じ一言をいう。

「外に遊びに出かけるね」

「おい」

 スカーレットはドアの取っ手を握ろうとする最中だった。そして、意味ありげにゆっくりとこちらを振り向く。

 不意に喉が詰まった。今、自分が言おうとしていることは、鬼門を開くほどの恐ろしいものではないだろうか。いや、ビビるでない、俺。俺は父親として正しいことをしようとしているのだ。おかしいことは何一つない。それでもやはり、心はグラグラと震えていた。

「スカーレット。いつもいつもどこに行っている?」

「友達の家だよ」

 悪びれている様子がない。自分の娘ながら演技が上手いな、とつい感心するほどだった。

「嘘をついてはいけないぞ。友達の家なんて行ってないだろう」

「……そう、」

 意外にも嘘をついていることをすぐに暴かれたことに対して、戸惑ってはいないようだ。それどころか自白している。


――刹那、スカーレットはドアをものすごい勢いで開け、逃走した。その勢いは辺りに風を吹き起こすほど。

 風が落ち着き、外に出る頃にはスカーレットの姿はどこにもなかった。けれど、特段焦りはなかった。あいつの行くところはどうせあそこに違いないからだ。  

 さて、どうしたらスカーレットはあの木を諦めてくれるのか。乱暴に燃やすか? スカーレットを説得させる? いっそのこと応援してやろうか? だめだ、これという決定打が思いつかない。そうこう5分考えた結果、とりあえずランタンと斧を持って行くことにした。あいにく燃やせるものはランタンぐらいしかなく、木を切り倒す道具も小型斧だけだった。ランタンを軽く腰にかけ、斧を懐に隠す。

 最低限の準備は整った。後は行くだけ……大丈夫……自分ならなんとかやれる。

 道中、頭の中は宇宙のように膨張した思考がはりめぐされていた。何回も……何回も、スカーレットがあの木を諦めるにはどうすればいいか、この一点張りだった。その間、周りの騒音や景色なんて、あの木に向かう道以外、全く目に入らない。



とうとう、着いてしまった。目の前にある草木をどかすことで、あの木に会うことができる。

 そ〜と、どかし、忍び歩みで周りを見渡す。不思議にもスカーレットの姿は見当たらなかった。どこだ? と目を凝らしてみたが、影も気配もしない。

 木の近くに行ってみた。でも、聞こえるのは鳥の鳴き声だけ。まさか、場所を間違えた!? そんなはずは……。すると木の見えないところからのっそりとスカーレットが現れた。つい、後退りをしてしまう。あいつから発生している、憎しみというか恨みというか、とにかくそんな感じの雰囲気が心を締め付けてくる。

「やっぱり来た、パパ。これで証明されたね」

 しょ、証明? と返すと満面の笑顔でただ一言。

「見てたよ。逃げてるところ、やっぱりパパだったんだね」

 !? 見られていたのか! やばい、口が閉まらない。娘に感じ取る恐怖はクマに遭遇するものそのものだった。

「ねぇ。なんで斧なんて持ってるの。あとランタンも。まだ昼間だよ?」

 斧やランタンを持ってきた自分をぶん殴りたいほど後悔した。これらを持ってなかったら、まだあいつの気は収まっていただろうに。しかし、こうなったら覚悟を決めるしかない。

「お前、木に恋してるのか?」

「そうだけど……なにか悪いの」

 本当に悪びれてなんかいないんだな。

「木に恋するなんて普通におかしいだろ。俺の人生の中でそんなやつ見たことない。お前は少しおかしいんだ」

 そう言うと、途端にうつむき、あの木により掛かる。

「やっぱりそう言うと思った。自分でもわかるよ。木に恋するなんておかしいこと」

 大きなため息をする。

「でもさ、世界には色んな人がいるわけなんだからさ、私みたいに人間以外を愛する人がいたっておかしくないじゃない」

 言葉が詰まってしまった。確かにスカーレットの言う通りだ。人間は人間だけを愛さない。犬や猫なんかが良い例だ。したがって、今回のような木を愛することも言われてみればおかしくはない。でも――

「愛には色んな種類がある。友情的な愛、恋愛的な愛、性的な愛などたくさんだ。だがやはり、木を恋愛的で性的に愛するなんておかしい!」

 え……! と豆鉄砲を食らったような顔をスカーレットはしている。

「いつのときだったかな……。お前が自分の部屋でお人形に木の愛のことを囁いていただろう? いつか子供も欲しいとか言ってたな」

 スカーレットは変化なしだった。それどころかもはやなんの感情もないようで……。

「その木から離れろ。ウッド、だったかな。とにかくそいつには二度と触れないように」

「ぃゃだ」

 ガラスの破片のような声。脆くて、でも鋭い。

「嫌だじゃないぞ」

「ぃやだ」

「そんなにいうと切り倒すぞ」

「いやだ!」

 埒が明かない。かくなる上には――

 懐から斧を取り出す。丈夫な斧だ。見たところ、木はそれほど太くなく、三〜四回くらい思い切りやれば切れそうだ。

 スカーレットはすぐさま反応し、あいつもポケットからナイフらしきものを取り出す。

 少し狼狽えたが、なんとか平常を保ち、伐採を試みる。

「やめて!!!!!!」

 超音波を超えるほどのすざましい声が、森中の鳥たちを空へと羽ばたかせる。

「も、もしウッドを切るなら私死んでやるからっ!」

 そして首元にナイフをあてる。これにはおったまげて、ナイフを払おうとする。ところが、手を振り払われ、逆にこちらの斧を取り上げようとする。そうはさせるかと、心が痛みながらも斧の握り取っ手部分をあいつの肩に叩く。次の瞬間、ナイフが俺に飛んでくるのが見えた。

 カン! ――ガシャーーン!

 なんと!? ナイフは腰かけたランタンにぶつかり、地面へ豪快に割れた。

 目に恐るべき光景が映りだされた。ランタンの火が草に燃え移り、さらに別の草へと連鎖反応で燃え始めている。

「スカーレット!」

 もうこんな騒ぎをしているどころじゃない。逃げなければとスカーレットに手を伸ばす。だが、またしても手を振り払わられる。

 もう一度、手を伸ばすと痛みがほとばしった。ナイフで手のひらが大きく裂かれている。――だめだ、このままじゃ火が、山中を……!

 痛みを我慢し、顔をあげると――スカーレットはあの「木」に抱きついていた。涙を流しながら、キスまでして……。

「スカーレットなにしてる! はやくそこから――」

「パパもういって!」

 その声はもはや生きてはいない。まるで死に際のセミのように。

「火が山中に燃え広がるぞ! はやく逃げないとお前死んじゃうぞ!」

「いいの!」

――なんだって?

「お、おま、おまえどうして」

「さっき言ったでしょ!」

 とても辛そうに息をして言った。

「ウッドが死んだら……私も死ぬって」

「ま、待て! そんなこと一言も!」

「察して――」

 ボォぉ!

 火がもう俺の背丈くらいにきて、俺の服が少し燃えた。


 あの日、スカーレットのあの異常な行動を目撃したときのように逃走した。




 俺の……俺の、スカーレット。俺のスカーレット、なんで、なんでだ、なんでなんだ! スカーレット――スカーレット――スカーレット――。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。




 ようやく山から遠くに避難したときには、山のある一部が大きく紅くなっていた。











 あのあと、スカーレットは……言わなくてもわかるだろう。俺が町に助けを求める前には、すでに消防隊が駆けつけていた。

 なんであのとき燃やそうと思ったのか。そう思わなければランタンなんて持っていかなかったのに。実際は落ち着いてなんかいなかったんだ。兎にも角にも何言っても過去は戻ってこない。


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 辺りが灰色に包まれたある種の世界。ある木は炭のようになり、そして、それに巻き付くただ黒い物体とその下に眠っていた一つの苗。奇跡なのか……その世界においてその苗だけが、緑だった。

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