通心日記
@sasamisasayaku
通心日記
2440年 5月9日
君は、幽霊を信じるか?
勘違いしないで欲しいが、俺は宗教のまわし者でも、「あなたには悪霊が〜」と言って怪しい壺を買わせるような者ではないことを理解して頂きたい。
じゃあなんでこんなことを聞くのか?それは、俺が幽霊を見ることができる、っぽいんだよ。・・・待ってくれ、今君は「こいつ何言ってんだ?」とか思ったかもしれない。何度でも言うが、俺は怪しい壺を売る者でも、宗教の勧誘でもないんだ。まあ「幽霊が見える」と言っても、悪霊を成敗したり、未練のある霊を成仏させたりできる・・・そんな漫画の主人公のような力では無いんだ。本当にただ「見える」だけなのだ。触れることも会話をすることも出来ない。そして幽霊が見えるようになって気づいたことが幾つかある。少し挙げてみよう。
・犬や猫などの動物の幽霊が居ない。
・彼らが自分の家の中に居たり、こちらを恨めしそうに見る、などの世間一般から見た「幽霊」というイメージとは異なり、こちらに危害を加えたりすることはないようだ。
・幽霊同士では触れたり会話したりできるようだ。
とまぁこんなもんでいいだろう。こんな感じで俺は今幽霊の生態?についてと、もう1つ、自分のことについての調査をしている。俺は去年よりも前の記憶が無い。いわゆる記憶喪失、というやつなのだろう。ある日目が覚めると、俺は自分の名前すら分からなかった。自分の年齢も、今まで誰と交友があったのかも、何も覚えていなかった。原因は分からない。俺は自分の記憶を取り戻そうと、必死に情報を集めた。おそらく自分のであろう物に書かれてた名前を今は使っている。情報を集めているうちに、幽霊が見えることに気づいた、とういうわけだ。昔から見えていたのかは分からないが、不思議と恐怖はなかった。
とまぁこれが俺の現状だ。ん?あぁ、そういえば書いてなかったな。
俺の名前は世螺 悠夜。読み方は、
多分 せら ゆうや。
記憶を無くして丁度1年。今日からなにかあったら、日記を書いていこうと思うから、サボらず続けろよ、俺。
暗く、生活感を感じさせない部屋。そんな部屋に、女が1人。女は1冊のノートを手に取り、読み始めた。
2440年 5月14日
朝起きたら記憶が無くなっていた。自分の名前すら思い出すことが出来なかったが、この日記を見つけることでなんとか自分の現状を理解することができた。記憶喪失の原因は分からない。これからは今までの調査に加え、記憶喪失の原因についても調べる必要があるだろう。9日の内容と違い、書き方が堅苦しいかもしれないが、今の俺にはこの書き方があっているように思える。どちらが本当の俺なのだろう。
調べなくてはいけないことが多くて先が思いやられる。
2440年 5月15日
今日は調査を行った。新たに分かったことが幾つかある。下記に記載する。
・幽霊の数は思っていたよりもずっと少なかった。
これが幽霊になるのが未練を残した者だからなのか、他の理由によるものなのかは現在不明。
・幽霊の表情
絶望した生気のない表情又は苦しそうに笑っている、まるで無理をして生きている、というような印象を受けた。幽霊に「生きている」というのもなんだか変な感じだが。
・自分についてわかってきたこと
何かないかと調べていたら、押し入れの中から古ぼけたアルバムを見つけた。そこに写っていたのはおそらく幼い頃の俺と、1人の少女。この少女は何者なんだろうか。まだ押し入れに何かあるかもしれない。引き続き調査を行う。
とまぁこんなところだろう。自分のことについて分かることが増えた。これは大変喜ばしいことだ。これからも頑張っていこう。
2440年 5月16日
今日は自分の過去の物がまだあるのでは無いか探した。だが、例のアルバム以外何も見つからなかった。引越しかなにかで、過去のものは全て処分してしまったのだろうか。なにかおかしい気もするが、今はそれでいいとしよう。きっとあのアルバムに相当思い入れがあったに違いない。うん、きっとそうだ。ところで、昨日の夜からなのだが、頭痛がする。原因はよく分からない。ハウスダストかなにかだろうか。
2440年 5月18日
昨日から熱と頭痛が止まらない。意識がもうろうとする。昨日は立つことすら出来ず日記を書くどころではなかった。昨日よりは幾分マシだ。原因は一体なんなのだろう。
2440年 5月20日
また記憶が無くなったようだ。この日記を読むまで何も分からなかった。だが16日と18日の記録から熱と頭痛が記憶喪失と関係している可能性が高い。では、頭痛のきっかけはなんなのだろう。周期的に来るのかとも思ったが9日の自分は1年間記憶を保持していた。となると押し入れの中にあったというアルバム。これが関係しているのではないか。明日アルバムを調べてみよう。
2440年 5月21日
押し入れの中を探したが、アルバムは見つからなかった。自分でどこかに場所を移したのだろうか。見つからないものは仕方ない、そのうち出てくることを願って、今は幽霊の調査を行おう。
2440年 5月22日
幽霊の観察中に不思議なことが起きた。1人の幽霊と目が合った・・・気がする。今までこんなことがなかったため、驚いてその場から立ち去ってしまった。容姿は詳しくは覚えていないが、若い女性だということだけは覚えている。以前もどこかで見たことがあった気がするが、気の所為だろうか?明日また探してみようか。
暗く、生活感のない部屋。部屋には女が1人。女はノートのページを1ページ、また1ページと読み進めていく。目からノートに雫が1滴、ぽつんと落ちる。1度流れ出したそれは、止まることを知らない。1滴、また1滴と落ちていく。鼻をすする音が、静かな部屋に響く。
2440年 5月23日
なにかおかしい。だが、何がおかしいのかが分からない。あの女性を見てから、違和感が拭えない。例えるなら、喉に小骨が刺さったような、そんな違和感があるのだ。もしかすると、自分の過去となにか関係があるのだろうか。
2440年 5月24日
アルバムを見つけた。押し入れの中ではなく、ベットの下に置いてあった。灯台下暗しというやつだ。それにしてもベットの下って…過去の俺は何を考えてたんだ。そしてアルバムに写る少女を見て気づいた。以前見かけた女性と一緒だ。年月が経っているが間違いない。あの女性と自分は知り合いだったのか。幽霊と会話をすることは出来ないと過去の俺は言っているが、試してみる価値はある。あの女性を探して、過去の俺について聞いてみよう。
暗く、生活感のない部屋。女はノートを読み終えると、ベットの下からアルバムを出した。女はアルバムの中から1枚の写真を取り出す。少女と少年が並んで笑っている写真。女は少年を細い指で愛おしそうに撫でる。しかし女の顔はすぐに悲しみに歪み、感情が溢れ出す。部屋にはポタポタと雫が落ちる音と、嗚咽まじりのか細い声が響く。
2440年 5月25日
夢を見た。辺り1面火の海で、人々の叫び声がこだまする。これを地獄と言わずしてなんと言う。目の前に瓦礫に挟まって抜け出せなくなっている女性がいた。俺は必死にその女性を助けた。共に逃げようとしたが、今度は俺が瓦礫に挟まれてしまった。俺は叫んだ。「逃げろ、未衛」・・・ここで目が覚めた。動悸がして汗が止まらなかった。やけに生々しい夢だった。だがあれが現実なわけがない。もし現実だったなら今の街がこんなに綺麗なはずがない。ここはあんな地獄とは無縁の場所だ。人々もみんな幸せそうで、毎日を充実して過ごしている。それに俺は未衛なんて名前には覚えがない。
2440年 5月27日
全部思い出した。昨日高熱だったとは思えないくらい、頭がスッキリしている。自分が何者なのかも、あの少女が誰なのかも、全部思い出した。この日記を君が見つけてくれると信じて、君にメッセージを残すよ。
あの時助かったことを、君は後悔してるかもしれない。自分を呪っているかもしれない。でも、君がそんなことを思う必要は全く無いんだ。あれは俺が君を助けたかったから助けた。ただそれだけなんだ。これからも生活は苦しいし、何度も辛い目にあうかもしれない。それでも未衛、生きてくれ。
暗く、生活感のない部屋。女はアルバムとノートを抱え、外に出る。辺りの建物はほとんどが崩れ、所々黒い焼け跡がある。人々は皆痩せ細り、生活は苦しい。だが、みんな必死に生きている。女は自宅と思われる場所に入る。表札はかすれていてよく見えないが、夕谷と書いてあるようだ。女は持って帰って来たノートとアルバムを机の上に置くと、静かな部屋で独り呟いた。「今も、どこかに居るのかな…。せっかく貰ったんだから、大事にしないとね。」
あの日、彼を見つけた時、とうとう頭がおかしくなったかと思った。でも、もしかしたら彼が居るかもしれないと思って、彼の家に行った。当然と言えば当然だが、家には誰も居なかった。あったのは1冊の日記だけ。
「私も、書いてみようかな。もしかしたら悠夜が読んでくれるかもしれないし。」
女は1冊のノートを取り出し、表紙にペンで「未衛の日記」と力強い字で書いた。彼女は日記を書き始めた。
2440年 6月1日
君は、幽霊を信じる?
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