題名・何も無い日常の風景

金 日輪 【こん にちわ】

題名・何も無い日常の風景

私は機械が嫌いだ。

最近は、人々が機械に過度に依存し、そこから得られる利益ばかりが注目され、その結果、人々の生活が単調で面白みがなくなってしまったと感じているからだ。

私は、自分の手で物事を作り上げ、自分の力で問題を解決することが大切だと思っている。

機械に頼らず、自分自身の能力を高め、自分の生き方を見つけることが、人生において重要だと信じている。


例えば私が生業なりわいとしている絵も例外ではない。

AIが選んだ色、コンセプトで描かれた絵が市場では出回っているが、そんなものを売って金になって何が嬉しいのだろうか。

こんな私を、世の中は変人だと言う。

時代遅れの、老害だと。

しかし私は知って欲しいだけなのだ。

自分だけの色を作るあの工程、題材を探しに出かけるときの高揚感、そして絵を書くことでしか味わえない、あの心地よい集中を。


――気づけば、私はベッドの上にいた。

いつの間に寝ていたのだろう。

体を起こし、辺りを見回すと、部屋の隅に、小さいロボットが座り込んでいた。

その機会は私が起きたのをセンサーで感じ取ったのか、妙に人間に似ている肢体をくねらせて立ち上がった。


『オハヨウゴザイマス。』


そのロボットがベッドで寝ている私に向けて手を差し出してきた。


「よせ、自分で起きれる。」


私はそのロボットの手を払い除け、ベッドから這い出た。


このロボットはPS-008という、画家専用の支援ロボットだ。

私は要らないと言っていたのだが、数ヶ月前から支給されたものを仕方なく使っている。

私は玄関に立ち、簡単な朝食を作ってそれを食べながらソファに座った。

目の前に埋め込んであるテレビでは、今日もAIが無機質な声で喋り続けている。


『続いてのニュースです。昨夜未明、自動運転中の車両が暴走を初め街灯に衝突、乗っていた4名が死亡しました。』


またAIが人を殺している。

機械に依存した生活には注意力や集中力がいらないので、身の回りの危険は更に凶暴さが増している。


私たちは、時に何かに没頭する時間が必要だと感じることがある。そのためには、頭を完全に空っぽにして、自分自身を解放する必要があるだろう。そうすれば、心身ともにリラックスでき、新たな気づきやアイデアが生まれるかもしれない。

私たちは、日々の忙しさに追われている中で、自分自身に時間を与えることを忘れてしまいがちだが、それが何よりも大切なことであるということを忘れてはならない。

私は朝食後のコーヒーを飲み干し、アトリエに向かった。


アトリエの真ん中には1つ、描きかけのキャンバスが1つ立っていた。

その絵は窓から見える街並みの風景画であった。

しかしその絵には人は描かれておらず、毎朝犬を散歩させているあの女性も、ジョギングをしているあの老夫婦も、全てをロボットに置き換えて描かれていた。

これは私が思う、テクノロジーの発展によって生まれる世界の最期。

もちろんバッドエンド。

だが何かが足りない。

それを昨日からずっと考えていたのだが、結論は出ないままこのキャンバスの前にまた座ってしまった。

私は1度筆を起き、地面に座り込んで瞑想を始めた。

この絵に足りないものを私の意識の底に探しに行ったのだ。

いつしか周りの音はぼやけて聞こえ、やがて完全に聞こえなくなり私は意識をそっと手放した。



気づけば周りは橙色に染まり、もう少しで日暮れと言う時間になっていた。

物音がしてふとキャンバスに目をやると、あのロボットが筆を取り、私の絵に何かを描きこんでいた。

私は急いでそのロボットから筆を取り上げ


「何してるんだ!」


と怒鳴った。

そのロボットはあの無機質な声で


『アナタノ絵ニ、ワタシガ思ウ理想ノ世界ヲ描イテイマシタ。』

と言い、そっと椅子から立ち上がった。


『次ハアナタノ番デス。』


キャンバスを見ると、街並みの真ん中、大きな道を歩いている私の後ろ姿があった。

その絵はあまりにも下手で、色使いも滅茶苦茶。

終いには私の体がぐにゃぐにゃになっている、まるで幼稚園児が描いているかのような酷い後ろ姿だった。

私は急いでその絵を消そうとしたが、直前でやめた。


「いや、これでいい。」


私は誤解をしていたのだ。

テクノロジーの発展によって集中力を失う事の原因は、全てロボットではなく私たち人間にあった。

私たちに必要なことはロボットに全てを任せるのではなく、共存することだったのだ。

私のような人間はロボットを嫌っているが、その逆はそうでは無い。

その証拠に、今目の前にある風景には間違いなくロボットによって描かれたこの下手くそな私の絵があるではないか。

私がこれに描くべき最後のピースを見つけるのに、そう時間はかからなかった。

私は振り返り、後ろに待機しているロボットに話しかける。


「なぁ、晩飯の用意をしておいてくれないか。」


ロボットは一瞬固まったが、すぐに


『承知シマシタ。』


と言い放った。

その声はいつもの無機質な声色ではなく、どこか嬉しさを孕んでいた。


私は台所に向かうロボットを見届け、椅子に座り直した。

私はもう一度目をつぶり、大きく深呼吸をした。

もう一度目を開けたとき、あの瞑想の時のような感覚に陥った。

周りの声は何も聞こえない。

目の前の絵から目が離せない。

そんな気持ち悪い状態に。私はどうしようもなく心地良さを感じていた。

私は1番細い筆を取り、私の後ろ姿の横にあのロボットの姿を描き足して行った。

流れ落ちる汗にも気を払わず、ただ一心不乱に描き続けた。

私はもうあそこまで集中することは出来ないだろう。

ロボットを使って絵を描いた時点で、私のアイデンティティは完全に失われたから。

しかしそれでもいいと思った。

これが最後の作品だとしても、私が長年やってきたことが報われたと思う程に、私の画家人生1番の作品が今、目の前にあるのだ。


「出来た。」


私は一気に緊張が抜け、椅子から転がり落ちた。

もう何もする気持ちにならない。

天井を見上げて倒れている私を、ロボットが覗き込んできた。


『夕飯ノ用意ガ出来マシタ。』


そう言って手を差し伸べる。

私は


「あぁ、ありがとう。」


と言い、その手を取ってゆっくりと立ち上がった。



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