第15話 罰ゲーム

 「本当に描かないとダメ?」

 「罰ゲームは絶対だよ」

 二回戦目を敗北した僕は罰ゲームとして馬乗りの絵を橘の目の前で描かされようとしていた。

 「私はフルートを吹きながら見てるからね」

 「せっかく吹いてくれるならそっちを描きた――」

 「ほらほら!口じゃなくて手を動かす!」

 橘は押し切るようにそう言うとフルートを吹き始める。ヴァイオリンを引いている時とは異なる表情にドキッとする。

 「……なんかムカついてきたな」

 こっちの恥ずかしさも知らないで楽しそうにフルートを吹く橘を見て小さくそう呟く。そっちがその気なら僕だって妥協しない。

 「へー、今回はクレヨンと色鉛筆で描くんだ」

 「白黒じゃ描き込みに限界があるからね」

 肌の質感や瞳や髪のハイライトなど描き込もうと思えば無限に描き込める。要するに僕が感じたままの官能的で魅力的な橘を描くということだ。

 「期待してもらって構わないよ」

 「急に強気だね」

 「本人の許可があるんだ、何も気にする必要はないからね」

 僕はそう言って手を動かしていく。一般的にクレヨンで絵を描く人は少ないがクレヨンにしかない魅力がある。クレヨンの特色は重ねた色が若干混ざること、ぼかした時に濁ることで儚く見えることだ。

 「久々だなクレヨンで描くの」

 高校に入る前まではいろんな道具で絵を描いてたが高校に入ってから自らの意志で鉛筆と絵の具以外を使った記憶はない。美大受験でクレヨンなんて使わないし使える技法も制限される。

 「今の僕に成長はいらない。培ってきたものを使って精一杯表現すればいい」

 僕はそう言って三時間かけて絵を完成させる。背景は黒い海と砂浜を描いたがあまり印象を受けない。

 「完成したよ」

 「お!待ってました!」

 橘はそう言うとフルートを置いて隣に座ると僕は絵を見せる。

 「……す、すごいね」

 橘は少し困った顔でそう呟く。自分の馬乗り絵を見たらこんな反応にもなる。

 「神谷はこういう絵も描けるんだね。風景画と人物画って結構違う印象があるんだけど」

 「確かに考え方は違うけど色の使い方や技術は同じだからね」

 「なるほど……それにしても神谷がどこを見てたかはっきり分かるね」

 「い、一般的に描き込む部分だから」

 僕は少し動揺しながらそう答える。

 「まあ悪い気はしないかな」

 橘はそう言うとあくびをする。

 「神谷の絵も見れたし今日は寝よっか」

 「そうだね、明日に備えよう」

 僕達はそう言ってベットに潜った。

 

 「ねえ神谷、美術部ではどんなことしてたの?」

 僕達の間にある淡い灯りだけの寝室で橘はそう口を開く。

 「うーん、僕が入ってた美術部は美術科の人が少なくて普通科の人が多い結構ラフな部活だったんだ」

 「そうなんだ、てっきりガチでやってるのかと」

 「先生もほぼ関与しない部活でやりたい事をやってて、油絵とデッサンはもちろんとして粘土や彫刻もやったよ」

  受験には一切関係ないものだが本気でやっていた。伊吹には絶対に負けたくなかった。

 「それは楽しそうだね。彫刻は私もやったことないかも」

 「それじゃあ、彫刻もやろう。材料は残ってると思うし」

 僕がそう言うと橘は嬉しそうに頷く。

 「えへへ、何作ろうか考えておかないとだね。ちなみに神谷は何作ったの?」

 「僕が作ったのは木の龍かな」

 「龍か、凄く細かそうな印象があるよ」

 「もっと細かい観音様を作ったやつがいたよ」

 「それって伊吹って人のこと?」

 僕は静かに頷く。

 「伊吹ってどんな人だったか聞いてもいい?」

 「そうだな……」

 僕はどう答えるか迷う。あの変人をどう表現する言葉がいまいち見つからない。

 「ご、ごめんね?嫌なこと聞いちゃったかな?」

 「いや、伊吹を説明する言葉が見つからなくてさ」

 「変な人なの?」

 「びっくりするぐらい変な人だよ。今になって考えると橘と同じタイプかな」

 「え、私って変な人だと思われてたの?」

 間違いなく変な人ではあるが言葉にはしない。

 「家庭環境がよくないのが同じなんだ」

 「あ、そういうこと……」

 橘は納得したような声を出す。

 「伊吹の家は貧乏で親も無関心で暴力だって振るう最低な親だったんだ。それでも伊吹は幸せで普通の家庭と変わらないと、恵まれていると普通に言い放つようなやつだった」

 絵を描き始めた理由も遊び道具が買ってもらえずに手元にある鉛筆とリビングに散乱する紙に描き始めたからだ。

 「伊吹が描く絵は普通の人とは違って独特で神秘的で儚い絵が多かったんだ。天使とかの象徴的なものを絵によく描いてさ、例えば朝という課題では皆が青空や太陽などを描いているのに伊吹は荒れ果てた町を下を向きながら歩く小さい少年を描いてきたんだ」

 「それは独特だね」

 「独特だけど目を惹かれて上手い絵だった。今思えばそれが伊吹の朝だったんだと思うよ」

 僕は今まで伊吹は天才で自分の世界があって僕には描けない絵を描いていたんだと思っていたが経験則から描いていたことを悟った。だから伊吹は僕が描いていた絵は描けなかったのだ、だから知ろうとしてきたのだ。

 「僕は美術部に入るつもりはなかったんだけど伊吹が入るから僕も入ったんだ」

 「なるほど、そういう理由で美術部に入ったんだ」

 「今思えば正解だったよ。凄く楽しい高校世界だった」

 思い出すと泣きそうになってくる。

 「学校での伊吹はどうだったの?」

 「学校の伊吹だけならとても虐待されてるようには思えなかったよ」

 「それは楽しそうだったてこと?」

 「あー、うん、楽しそうだったよ」

 入学当初はあまり笑っているイメージは無いが二年生に上がる頃にはよく笑っている印象がある。

 「そっか、それはよかった」

 橘はそう言うと安心した表情をする。

 「美術部の仲間と一緒に作ってた横断幕に私なんかが参加していいのかな?」

 「もちろんだよ。誰も文句なんて言わないしむしろ喜ぶと思うよ」

 「それならいいんだけど……」

 橘は控えめな表情でそう口にする。

 「楽しみにしててよ。本物に比べたら見劣りするかもしれないけどさ」

 「本物?」

 「橘に虹を見せられると思ってさ」

 文化祭のスローガンは十人十色。それを表現するために横断幕のテーマは虹になっている。

 「それは楽しみだね」

 橘は笑顔でそう言った。

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崩壊した世界で愛を叫ぶ ラー油 @Rarand

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