また会う日を楽しみに

競かなえ

また会う日を楽しみに

 シャラン


 あの黒猫もよく似合っていたな。

 思いがけないところで、受験でできないでいた趣味の髪留め集めができて口元が緩む。


 この先の屋台では秋の野菜を使ったクッキーや栗飴、栗まんじゅう、カボチャのスープ、焼き芋の誘惑が待っているらしい。ハーブを使った紅茶なんかもあるみたい。

 小物屋さんには髪留めをはじめ、ステンドガラスのブローチやお菓子入れを中心に展開されている。

 特に目を引いたのは幾何学模様の切子グラスにキャンドルが入ったキャンドルホルダー。模様に光が乱反射してとても幻想的だ。清涼感のある香りもいい。

 他にも竹馬やけん玉などのおもちゃもあるし、竹かごみたいな農具も出店している。

 お金も気にしなくていいし、今日は贅沢するぞ!


 意気込んで歩き出したはいいものの、すぐに足を止める羽目になった。

 甘辛いスパイシーな匂いが鼻をつき、思わず屋台をのぞき込む。

 看板には『グリルラット~香草キノコを添えて~』と書かれている。ここだけ急にフレンチだ。

 鉄板の上にボウル型の蓋のようなものがかぶせてある。そこにラットがいるのか。

 ラットっていわゆるネズミなんだと思うけれど、それを食べようなんてどんな発想から生まれたのか分からない。

 あまりにいい匂いなだけに想像が追い付かない。


 店主ににこりと笑いかけられてしまい、断りきれずに小さめのグリルラットをいただくことになってしまった。

 一瞬チキンっぽいかな、と思ったがそんなことはない。ネズミだ。こんがりと焼かれて見た目は美味しそう。食欲をそそる匂いもする。ただ、尻尾までそのまま焼いているのはいただけない。

 意を決して片足を口に入れる。


「あれ、意外といけるかも」


 取り除かれた内臓の代わりにキノコと野菜が詰められている。キノコを添えて、というよりかはキノコ詰めかな。肉の匂いよりもキノコの香りの方が強くて、さらに香草で臭みを消してあるためあっさり食べやすい。後味はちょっとピリ辛だ。

 繊維質なお肉で、姿を見なければササミを食べているみたいだった。

 気づけばネズミ一匹ペロッと食べてしまった。


 それから気になったものは全て食べて飲んで、としていたがお腹がいっぱいになることはなかった。これはいくらでも食べれてしまう。ダイエットのことは後で考えよう。

 それから文字通り時間を忘れて満喫した。


 参道の真ん中くらいまで来ただろうか。かなり屋台を巡ってきたけれどまだ半分。

 パンプキンシチューの屋台には魔女がいた。使い魔になる? なんて冗談も言われた。独特な勧誘の仕方だな。

 玉ねぎと皮ごとカボチャをしっかり煮込み、しめじ、ブロッコリー、鶏肉を入れた甘めのシチューらしい。トロッとしたルウが優しい色味でぜひ食べてみたくなる。

 さっそく木の小鉢を受け取り、丸太に腰かけてアツアツのうちにいただく。


 シャラン


 ん? ちょっとスプーンが持ちにくいな。

 痛みはないが指で支えて持つことに違和感があり、握って持つことにした。

 ふと喉の奥がゴロゴロ言っていることに気づく。お祭りが楽しくてついつい鳴らしてしまっていたようだ。

 あれ、でもここに来る前は喉を鳴らすなんてことなかったんだけどな。


 そういえば子どもたちの服装が変わっている。ここに来たときはお化けの仮装をしていたのに、走っている間に脱げたようだ。

 頭に角が生えた子、一つ目の子、揺れる髪の間から尖った耳が見えていたり、爪が真っ黒な子もいる。他にも骨だけの人や、背丈と同じくらいのカマを持っている人もいる。

 向かいの紅茶屋さんの店主は「いい匂いでしょう。私はガイコツなのでわかりませんがね」なんて笑っている。

 これはもう仮装とは言えない。ホンモノなのかもしれない。


 けれど屋台の人も子どもたちも不思議と恐ろしいとは感じなかった。むしろ温かく迎え入れてくれて、とても安らぐ。こんな時間久しぶりだ。

 温かいシチューで心も身体もぽかぽかになったところで、食器を返しふたたび参道にもどる。


 シャラン


 屋台に吊るされたジャック・オー・ランタンがゆらめいている。

 足元にも置かれたそれは今、腰のあたりまで大きくなっていた。参道を進んでいくほど物が大きくなっていくのだろうか。

 石畳のもようも大ぶりなものに変わってきている。屋台と木々も空をおおいつくさんとばかりに茂ってきた。

 そんな木々の間から月がこちらをのぞき込んでいた。さっきよりも大きくてクレーターが顔のようにくっきりと見えている。柿色のその顔は怪しく笑みをたたえているようにもみえた。

 さっき眺めていた子供たちは大人と同じくらいに成長し、屋台の大人は巨人のようにさらに大きくなっていた。

 人にぶつからないように姿勢をひくくして、あいだをぬうように小走りに通りぬける。石畳のもようにそって、バランスをとりながら……ジャンプ! 体がかるくて自由に動けまわれそうだ。


 遊びながら進んでいくと石の階段が続いていた。大小さまざまな大きさの石を組んでつくられているようだ。コケも生えていて少し歩きにくい。

 私のじまんの毛が汚れちゃうわ。

 

 階段をのぼり人気がなくなってくると今度は木々がさわぎはじめた。

 いちばん上までのぼりきると、ビュウッと風が吹きぬけた。


「あら、かわいらしい子猫ちゃんだこと。迷い込んじゃったのかしら」


 目を開けると小柄なおばあさんが立っていた。

 おばあさんは私の頭をなでた。

 なでられるのは気持ちがいい。おばあさんの手にすりつけるように頭を寄せる。


「人懐っこいのねぇ」


 改めておばあさんを見ると白がまじりの乱れたかみ、鬼のようにするどい目、はみだしたキバを持っていた。

 くわれる。

 とたんに恐怖が全身をかけぬけた。

 風をきるようにその場をはなれる。

 

「おやおや、怖がらせてしまったかねぇ。お前さんももうこっちの住人になっちまったってのに」



 林ににげこみ、行くあてもないまま歩きつづける。

 まさか山姥に出会うなんて。私はまだ生きていたい。これから、大切な……なんだっけ。おもいだせない。

 

 シャラン


 ききなれた鈴のおとが林の中でひびく。


 明かりもないまっくらな道を落ち葉をふみしめながら歩く。頭上ではカラスが不気味に鳴いている。

 土でよごれた前足をなめてきれいにする。

 ついでに首のうしろも掻いちゃおう。


 シャラシャラン


 からだを動かすたびにスズがなる。

 空には赤い月がのぼっていて、この世のものとは思えないほどおどろおどろしい。けれどこの世界にはよく似合っているようにもおもう。


 またしばらく歩くと明かりのついた家をみつけた。

 高いかべにふわりとのぼり、中をのぞく。あ、なにか飲んでる人がいる。

 ハナの高いおんなの人。冷たく湿ったかんじの私のハナとはちがうみたい。

 おんなの人の前には大きなおなべがあった。何かにこんでいるみたい。じっと目をこらしてみると、かべにはしっぽを吊るされたヤモリや、茶色い根に顔のついた植物、羽をもがれたコウモリがまな板の上に横たわっていた。

 料理中だろうか。あまりおいしそうな色はしていないけど……

 おんなの人は料理に夢中だったのでそっとその場をはなれた。


 そしてわたしはまた歩き続けた。

 くらやみの中ネズミを追いかけた。またあのグリルラットが食べたい!

 生けどりにしてあの屋台にもっていってつくってもらおう。

 運動したあとは落ち葉のじゅうたんでお昼寝したり。

 自由気ままに林の中をたんけんする。


 ときおり香ってくる焼き芋をさがして人の家をたずねたりもした。

 焼き芋はもらえなかったけど、かわりにミルクや魚をくれた。


 しずまない月に見送られながら林を抜けサクをすり抜け、かべや屋根をわたり歩き、とある家にたどりついた。

 街の大通りに面したその家には大きな木があって、近くのかべにのぼって木のかげにかくれてだれかが通るのをまった。

 ここは黄色のじゅうたんがふわふわしててキレイだな。


 そろそろたいくつになってきた。はやくだれか通らないかな。

 からだを丸めてもう寝ようかと思ったとき、どこからか音楽がながれてきた。

 音楽がながれてくる方に目をやると、どこかで見たような黒かみの……。

 




——人がいた。

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