「君の見た花火」

地崎守 晶 

「君の見た花火」

『綺麗な花火……』


 電話越しの、囁くような一言がいつまでも忘れられない。


 あの日の夏祭り、いつもの改札前にいなかった。

 流行病になっちゃった、ごめんね、とメッセージ。

 お見舞いすると言うと、うつしたくないから来ないで、と君は言った。


『この個室からも、見えるから。キミはそこから見ててよ』


 それでいいなら、と通話を繋いだまま、打ち上げを待った。

 浴衣姿の人々の喧噪、ソースと揚げ物の匂い。

君だけがそこにいなくて、僕はどこか足が地面につかない心地だった。

 やがて夜空に咲いた大輪の花。

 僕は大勢に紛れて。

 君は、どこかの病室で。

 同じものが見えていると、信じていた。

 六尺玉の弾ける音の狭間、電波越しの君のつぶやきが、確かに聞こえた。

濡れた声の、さよならも。


 通話が切れる。花火は止んでいた。

 耳を打つ静寂の中。人混みをかき分けて、僕は走った。

 

 あちこちの病院を訪ねて回った。君は流行病じゃなかった。みんな口を閉ざしていた。本当の病気も、君の居場所も。


 そしてやっと君を見つけた。

 どうして来たのと、君は涙を流した。もう光を映さない瞳から。

 バカな僕はやっとわかった。あの晩の君の言葉が。

 ひどくへたくそに、僕は君を抱きしめた。





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「君の見た花火」 地崎守 晶  @kararu11

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