第26話 旅立ち


 大神殿が遠くに見える小高い丘の上に、馬に乗ったクリフの姿があった。


 彼は思い出していた。

 誰よりも英雄オルソンに憧れ、聖騎士養成施設に入った時の事を。


 幼馴染のアレスとルリアも一緒だった。

 彼らには特別な才能があった。しかし自分には剣術の才能は無かった。何より他人を傷付けるのが怖かった。


 そして自分は、父の様な聖騎士になれない事を知り、絶望した。



 それでもクリフは、父のように慈愛母神マレイヤに仕えて、人々の役に立ちたいと願った。

 意味が無い事は分かっていたが、今度は司祭になる為の勉強や訓練も受けた。


 しかし、幼い頃からオルソンに死霊術を伝授されて来たクリフは、法力を宿す事が出来なかった。それもそのはず、信仰する神が対極の位置に存在するのだ。

 クリフには司祭になる資格すらなかった。



 そんな時、自分の生まれ故郷が海賊に襲われ、最愛の父と幼馴染であり親友のアレスを失った。



 クリフは本当の絶望を知った。


 彼らの墓の前で毎日泣いた。クリフにはここしか居場所が無かったのだ。

 クリフは3年近く、毎日彼らの墓に通い、涙が枯れるまで泣いた。




───そして奇跡は起きた。


 クリフはずっと前から存在を感じていた霊魂があり、とある日その霊魂の感情が分かるようになったのだ。



 父オルソンに教わった「死霊術」は、人に忌み嫌われる禁呪。

 自分は絶対にそれは使わないと心に決めていたクリフだったが、この時ばかりは大きな苦しみと哀しみから逃げ出したかった。何かにすがりたかった。



 クリフはその霊魂と意志の疎通がしたかった。

 だから、もう使わないと心に決めた「死霊術」に再び手を出した。

 

 クリフは、かつて父に教わった死霊術に磨きをかけると、その霊魂の言葉が分かるようになり、そしてその姿が次第に見えるようになった。



───そう、それがアレスだった。


 アレスはクリフからの呪力により、ルリアとも会話出来るようになった。ルリアもアレスの姿が見えるようになっていった。

 しかし、霊魂の状態では、その姿は他の誰にも見えなかったのである。




 アレスはクリフを励まし続けた。時には怒りをぶつけた事もある。

 そして3年前の事件の真相、オルソンが後ろからラディに切られた事を、クリフに伝えたのだった。


 2人にはラディとトマスの裏に誰がいるのか、どんな陰謀があるのかが分からなかった。


 途方にくれたクリフは、父の親友ゴードン司祭を頼った。

 ゴードンはクリフを優しく抱きしめ、共にオルソンの敵を打つ事を約束してくれたのだった。







──クリフは今、小高い丘の上から大神殿を見ている。


 大きな寂しさを抱えながらも、もう彼に迷いはなかった。


「さようなら、みんな。……さようならルリア」



 死霊術師とは人々に忌み嫌われる存在。

 その存在が知られれば、すぐに捕縛され牢獄行きとなり、生涯そこからは出られない。例外があるとすれば、他国との戦争時に戦いの道具として使われる事くらいだ。


 当然、死霊術師の家族や仲間も、その危険性を考えられ牢獄行きとなる可能性もある。それはどこの国でも同じだ。


 しかし、一緒に戦った仲間や、聖騎士副団長のフィリーは、クリフを逃してくれた。クリフはフィリーに強く抱きしめられ、号泣されたのを思い出して、思わず笑みを浮かべた。



 そして最後にクリフは、アレスと一緒にルリアに振られた時の事を思い出して、小さな声で笑い出した。


 やがてそれは、大きな笑い声となった。




「──よし、いこう! きっと誰かが、僕を必要としてくれる!」




 死霊術師クリフの旅は、こうして始まったのだった。







 

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死霊術師は2度笑う コマ凛太郎 @komarintaro

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