あずみデパート

あるまん

夢空間

 乗り気のしない飲み会で使うグッズを買う為、僕は昼休憩時にスーツ姿のまま会社を出る。

 ビンゴカードやクラッカーなど今時何処でも売ってるだろう……軽い気持ちで、それなりに発展しているが都会とは言えず、車は兎も角人通りは地元と大差のない地方都市を歩きだした。

 とりあえず国道沿いの100円ショップを目指してたが……道を間違えたのか何処を歩いているのか判らなくなった、まいったな……。

 まぁいざとなったら会社支給の携帯がある。昼休憩を使って出ているが昼飯を兼ねている為、遅れてもいいと許可を貰ってるから焦ってはいなかった。


 その通りだけ、時代から取り残されたような……懐かしい光景だった。

 魚屋は蠅や生臭さを気にする様子もなく店先に干物を並べ、八百屋も半分腐ったような野菜果実を半額で売っている。服屋の品揃えはセンスのない僕が見ても日本が高度成長期の流行の様な毳々しい色彩で、靴屋も十何年放置してそうな薄汚れた箱毎革靴を並べている。

 この街にもこんな通りがあったのだな……僕が生まれた昭和後期の様な俗にいう「古き良き時代」のアーケード街を見つつ、とある店の店先に来た。


 あずみデパート。


 そう書かれた白地に黒の店頭看板に惹かれる。

 デパート、といっても都会で見る様な地上10階地下2階とかに跨る様なものでは勿論無い。入口は他の店の倍程度しかなく、精々地上3~4階で、地下もあるかどうか……。

 昔この辺りにデパートと名の付く大型の店舗はあった。高さは3,4階、1階の広さは地方のホームセンターくらいか?

 屋上に駐車場を備え、そこからエレベーターや階段で降りるとワンフロアー全てが洋服で、他の階も寝具やタンス・家電・本・レコード等で埋め尽くされていた。

 子供だった僕はその物量に圧倒され、とかくここに来れば何でもある夢の国の様に感じていたものだ。

 20年以上前に閉店し建物も取り壊され、跡地は大き目の個人病院となってしまったが、デパートという文字を見ただけでその当時の思い出が蘇り、吸い込まれる様に店内へと入っていった。


 ……そこは少し大き目の玩具店……おもちゃ屋の様だった。180㎝近い僕が見上げてしまうほどの大量のおもちゃの箱が棚に並んで積まれていた。思ったより高い天井は吹き抜けにでもしているのだろうか?

 とはいえ昔あったトイザらスの様な、欧米式の広々とした通路ではない。親と子が並んで歩けるかどうかの狭い通路にその様な陳列をしているので、高さからくる解放感と通路の圧迫感が同時に来て何とも変な気持ちになった。

 奥に分厚い眼鏡をかけた初老の店主らしき人物がいるが、いらっしゃいの一言もなかった。まぁ人見知りの僕には気軽で助かる。


 改めて棚を見ると子供向けの知育玩具? のフロアーの様だ……割と新しいおもちゃもあるが昔懐かしのトミカパーキングやらこえだちゃんの木のおうちやら懐かしいものがある。無論買う訳でもないし時間もないので歩きながらのチラ見だがこれだけでも目移りしてしまう。

 フロアーの奥の方はどうやら五月人形等の場所の様だ。とりあえずお目当てのパーティグッズはなさそうなので別のフロアーへと階段を上る。


 2階だが……ここはボードゲームやらのフロアーの様だ。

 チェスやオセロ系の定番品から、かなりマニアックなボードゲーム等が置かれ、1階以上に目移りしてしまう。特に1000~2000円位か? 学研の図鑑サイズ(B4~A3?)程の大きさの箱状のセットを広げると双六の様なゲームが楽しめるものが目についた。小学生くらいの時によくドラえもんの双六を兄弟や友達と遊んだものだなあ……と懐古に浸るが……次のフロアーはもっと凄かった。

 

 プラモデルのフロアーだ。無論ガンダム系も多いが……戦車・戦闘機・歩兵等のミリタリー系や車・バイク等乗り物系、それだけでも丸1日眺めてられるのに……


 おおっ、これは昔懐かしのS.F.3.D! こちらはロボダッチではないか! これはアオシマの合体シリーズ!!


 僕が小学校~高校時代に近所の雑貨屋に駄菓子等と一緒に置いてあったり、先程言ったデパートの地下おもちゃ売り場にあった様な懐かしくも僕の世代に突き刺さる様なシリーズが所狭しと並んでいた♪

 昔からプラモは親しんではいたが、ただ素組みをするだけで満足し、プラモ同士をガキンガキンとぶつけて妄想の戦いをさせては細い手足やアンテナ等を破損させていた思い出が蘇る……当時の値段でもそこそこの高値でおもちゃ売り場で指を咥えて眺めていた、ロボダッチのジオラマ模型が目の前にある。それだけで興奮は最高潮に達し、うっとりと箱を眺めていた……。

 インターネット等で少し検索をすればそれらの写真と共に紹介文が見れるので、オークションや古い玩具の店等で当時の数倍の値段で売ってたりするのを見て懐かしくは思っていた。

 だが、やはり実物は違う……パッケージを見る、完成写真を見る、ただそれだけで僕は子供に戻り、また空想の世界に浸っていた……。


 その時ふと通路を見ると、20代くらいの若き男の店員が何らかの整頓をしようとしているのか、細い梱包用ロープを手に四苦八苦していた。

 そこを通り過ぎると急にその店員のいた所で怒鳴り声が! 見ると先ほどの老店主がその店員を大声で叱っているようだった。

 僕という客(まだ何も購入していないが)がいるのに無粋だな……と思うが、それのお陰で夢から覚めた様な感じになり、随分長い間店にいた様な気になった。


 ……結局探し方が悪かったのか、当初の目的だったパーティ・グッズは見つからず……。


 出ようと思って歩いていると目の前ににこやかな顔をした壮年の店員と女性店員が2人でレジの様な処で待っていた。壮年店員の顔付きは老店主と似ている。もしかすると息子で、現社長かもしれない。


 楽しめましたか?


 ……ええ、とても……今会社ですので何も買えなくてすいません。


 そう受け答えし、女性店員の


 またのお越しを……


 という声に頷きながら店の外へと出た……


 ……


 辺りはすっかりと夕暮れになっていた……目の前には味気のないビルがあり、おや? 先程の入り口とは別の所から出たのかな? と思った。

 こんな時間だ、会社をサボった形になったな……でも電話も鳴らなかったしそのまま退社したと思われたかな……?

 しかし夢の様な空間だった……また来よう、今度は休みの日に、ちゃんとお金を持って……場所をしっかり覚えようと思って今出たあずみデパートの方へ振り向いた……


 ……


 ……そこは、ただの、アーケード街の空き地だった……。


 思わず目を瞑り頭を振ってもう一度見る! だが何度繰り返しても、そこは空き地にしか見えなかった。

 そして周りを見てみても、匂いがきつい魚屋も、腐りかけの野菜が置かれた八百屋も……そもそもアーケード街自体の様子が違い、ほとんどの店がシャッターが下りたままで、数件の洋装店や薬屋等が細々と営業しているだけだった。

 狐に摘まれた様な驚きでゆっくりと手に持った会社支給の携帯を見るが……ズシリと重いそれは妹に借りた最新のタブレットだった……そう、自前のスマホすら持てない僕はここ20年ほど病気のせいで仕事になど就いてない。服もどう見てもスーツではなく私服だ……。


 タブレットのメールを見ると妹から何々買って来て、いつ戻ってくるの? と何件かの着信が入っていた。

 僕は頭を振り、近くのベンチに腰掛け返信を返し、我が町へ帰るべく駅へと向かう……。


 あのデパートは、ただの夢だったのだろうか?

 それにしてはリアリティがあり、現場の匂いや空気観まで覚えている……

 

 またのお越しを……


 先程の店員の声が繰り返される……嗚呼、またと言わず今すぐにでも行きたい……あの子供の頃の「本物のデパート」で感じた様な夢の空間へ……。

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