第36話 騎士団来援 03

 慌てた様子でバートの側に立った騎士は報告する。



「バート様! 街の外より、騎士団が到着しました!」


「どこの騎士団だ?」


「フィリップ第二皇子殿下が派遣してくださった、妖魔討伐のための来援です!」


「そうか。予告通り到着したか」



 騎士団が到着することは、先行してこの街に来た伝令によって知らされていた。騎士団はエルムステルの街を拠点に駐留したいからその準備を始めておいてほしいとも。だからバートもそのための手配をしていた。


 当事者からすれば、フィリップ第二皇子が騎士団を派遣したのは動きが遅すぎると思うであろう。だが現実的にはこれ以上は無理というほど迅速な対応であった。まずフィリップの元に妖魔の大侵攻が始まったという報告が入るまでに日数がかかっている。領主たちが事態を把握するのが遅れ、フィリップに伝令を出すのはさらに遅れ、伝令がフィリップの元に到着するまでも日数がかかっていた。領主たちがフィリップの構築した情報網に報告していたならばもう少し早く報は届いたのだが、領主たちはフィリップの本拠地カムデンに伝令を出していた。一部の賢明な領主たちは迅速に報告していたのだが、その時点ではフィリップは事態がどこまで広がっているのか判断するには情報が少なすぎた。報を受けたフィリップは対応を指示。すぐに動ける騎士団に出撃命令を出した。

 フィリップの元には別口からも旧王国領南西部において妖魔共が蠢動しゅんどうしているようだという報は入っていた。バートたちを監視している密偵からフィリップの妹の皇女セルマを経由して入ったその報については、密偵も詳しい情報は把握しておらず、領主たちも動いているようだとのことであり、その時点ではどれほど深刻なのか判断出来なかったのだ。一応援軍を迅速に派遣出来るように準備は始めさせていたが。



「騎士隊長のエルマー・ギリングズ殿がバート様に面会を希望しています。現在ヘクター様が応対しています」


「わかった」



 その騎士隊長はバートを領主代理として認め筋を通す気はあるのだと思われる。

 軍事行動というものは命令すればすぐに動けるというものではない。近傍ならばともかく、遠距離まで軍勢を派遣するためには十分な事前準備が必要だ。フィリップは騎士団を旧王国領北西部と、エルムステルのある旧王国領南西部にそれぞれ三千ずつ向かわせた。それだけの軍勢を行動させる物資とその輸送体制も準備しなければならない。準備出来ても、軍勢の移動時間もかかる。フィリップは機動性を重視して直属部隊から騎馬兵千人ずつの軍勢を組織し、妖魔共の大侵攻が発生しておらず西部地方に近い帝国直轄ちょっかつ地から歩兵隊を出すように手配した。後方地域で抜けた穴には前線地域からある程度の兵を下げて埋めるようにして。そして旧王国に所属していた貴族たちが治める地域で合流し、救援に到着したのである。それをここまで迅速に実現出来たのは、フィリップが構築していた長距離通話が出来るマジックアイテムを利用した情報伝達網の成果である。それでもエルムステル解放には間に合わなかったのも事実であるが。



「私からおもむこう。騎士団本部だな?」


「はっ……ですが、こちらに来ていただければよろしいのでは?」


「私は領主ではない。ただの領主代理だ。私が赴くべきだろう。役人たちに私が不在になることを伝えてから向かう」


「はっ! ではそのようにお伝えするため、先に向かいます!」



 騎士は急いで退室する。

 バートは領主の仕事を代行しているのだから、騎士隊長にはこちらに来させても良かったのかもしれない。それがなくとも、バートは帝国公認冒険者なのだから、帝国の騎士隊長とは同格なのである。だが帝国の者たちも所詮は人間であり、高潔であるとは限らない。フィリップ第二皇子が下劣な者を騎士隊長という地位に就けているとは考えにくいが、バートは無用なトラブルになる恐れがあるなら回避するべきだろうと考えた。彼は人間の善性を信じていない。



「お嬢さん。行こう」


「はい」



 バートはホリーにも声をかける。ホリーを連れて行って何かさせるわけではないのだが、彼女がこの執務室に残る意味もない。彼女を残していってそこに役人が来たら、政務のことなどわからないこの少女を困らせてしまうかもしれない。執務室の手前で控えている使用人に自分が不在だと言っておいても、ホリーがいるなら役人たちが伝言を頼むためと言って入って来るかもしれない。

 使用人にはティーセットを片付けるようにも指示しておこう。戻ってきたらまた政務を再開しなければならない。おそらくこれでバートの領主代理という役目は終わりであろうが、引き継ぎは必要になる。




 そしてバートとホリーは騎士団本部のヘクターが執務室として使っている部屋に来る。来る途中に街の外から到着したと思われる騎士や兵士たちの姿も見かけた。バートたちが部屋に入ると、ヘクターと鎧をまとった生真面目そうな壮年の男が立ち上がって二人を迎えた。

 バートがまず挨拶あいさつをする。



「帝国公認冒険者のバートだ。現在この街の領主代理をしている。こちらのお嬢さんは私とヘクターが保護していて、私の手伝いをしてもらっているが、結構な神聖魔法の使い手だ。お嬢さん。挨拶を」


「は、はい。ホリー・クリスタルです」



 バートはホリーが聖女の可能性が高いとは言わなかった。彼はそれを半ば確信しているし、フィリップ第二皇子の元に彼女を連れて行こうとしているが、たとえ帝国の騎士隊長が相手でも下手な者には言うわけにはいかない。



「はっ! 高名な静かなる聖者とお会い出来て光栄です。私はフィリップ第二皇子殿下にお仕えする騎士隊長、エルマー・ギリングズと申します」



 エルマーには冒険者を見下す様子はなさそうだ。少なくとも外から見た限りでは、本当に光栄に思っている様子に見える。



「君たちが来援することは、伝令から聞いている。この街を拠点にしばらく駐留したいとも。騎士団の受け入れ準備はしているが、兵力は三千ほどということでよいだろうか? それを前提に食料や生活必需品などの物資を手配をしている」


「はっ。受け入れ感謝します。おおよそ騎馬兵千、歩兵二千です。物資につきましては、後続で輸送隊も到着します」


「承知した。ヘクターからも聞いているかもしれないが、君たちはこの街で駐留する間は、この街の騎士団が使用していた兵舎を使ってもらいたい。いささか窮屈にはなってしまうが」


「はっ。屋根があるだけでもありがたいです」



 バートは領主代理として騎士団の受け入れ準備をしていた。三千人もの兵と、千頭もの馬を受け入れるのも一筋縄とはいかない。彼らが駐留する場所と、食料や飼い葉などの物資も準備する必要がある。ずっと野営を続けていると兵たちも疲労するから、それなりに不自由することなく駐留出来る屋根のある建造物も必要だ。

 だがその準備はそこまで大がかりにする必要はなかった。壊滅したこの街の騎士団が使っていた兵舎と、彼らのために準備してあった物資が転用出来たからである。来援した騎士団は死者の二倍ほどもいるから、兵舎には二倍の人数が押し込まれることになって手狭になってしまうし、物資も追加で手配する必要があったが。



「あと、街の外に臨時陣地を構築する許可をいただきたいのですが」


「領主代理として許可しよう。執務室に戻ったら役人たちに建設資材などの引き渡しと、職人と人足の派遣を指示する。本日から候補地の下見をするとして、明日か明後日には建設に取りかかれるはずだ。しようと思えば本日からも取りかかれるはずだが、これからでは暗くなるまでに十分な作業時間は取れないだろう」


「はっ。迅速な対応、感謝します」



 兵舎と馬を待機させる馬場の問題はエルマーも認識しているようで、臨時陣地の構築も要請したが、それはバートも想定内で人足と職人、そして資材の手配もしていた。



「お聞きしたいのですが、この地域での魔族と妖魔共の危機は去ったと考えて良いのでしょうか? 妖魔の大集団はあらかた討伐され、魔族たちも撤退したと伝令から聞いていますが」


「そのように思って問題ないと考える。魔族たちの頭目のゲオルクが死に、ゲオルクは配下の魔族たちに魔王領へ帰還するように指示した。周辺地域に偵察は出しているが、魔族たちが残っている様子はないとのことだ。無論多少は残っていてそれを発見出来ていない可能性もあるが」


「はっ」


「妖魔共については、大集団を構成していたものはこの地域ではあらかた討伐したはずだが、少し離れた地域の領主たちはまだ妖魔共の討伐を終わらせていないだろうという情報が、商人たちを通して入っている。ただそれらが討伐されるのは時間の問題だろうとのことだ。君たちがその支援に向かうか領主たちに任せるかは君たちの判断だ」


「はっ」



 エルマーからすれば、この旧王国領南西地方を荒らす妖魔共の討伐が彼らの任務だったのである。フィリップは領主たちに任せておけばいたずらに被害が拡大すると判断して、騎士団を派遣したのだ。ゲオルクが担当した地域においては、故意に妖魔共が討伐されやすいように布陣されていたおかげで、バートたちを含む冒険者たちの活躍もあり、エルマーたちが来ずとも妖魔共はあらかた討伐されたのであるが。



「旧王国領北西地域の状況については情報はろくに入っていないが、酷いことになっているようだという伝聞は入っている」


「承知しました。旧王国領北西地域につきましては、私の同僚が同規模の騎士団を率いて救援に出ています」



 旧王国領北西地域の情報は、バートも把握はしていない。マルコムたちからの伝聞を聞いている程度だ。バートがエルムステルの正式な領主であったら支援も考えなければならないのだろうが、代理に過ぎない彼がそこまで考える必要はない。



「ところでバート殿が敵の頭目を討ち取ったとか?」


「ああ。死んでいたのは私でも全くおかしくはなかったが」


「はっ。お見事です」



 実際、ホリーがいなかったら彼はあそこで死んでいた。だからこそ彼は半ば確信している。ホリーは聖女なのであろうと。



「私からも聞きたいことがある。現在私はこの街の領主代理をしている。その役目は引き継ぎをして終わりと考えて良いのだろうか?」


「もう少しお待ちいただきたい。私は軍政担当官も連れてはいますが、これほど大きな街の政務を引き継ぐには準備が必要です。もうしばらくバート殿に代理をしていただき、準備が出来たら引き継ぐという形にしていただきたい」


「承知した」



 バートは思っていたよりも早く領主代理という役目から解放されそうだと思っていたが、それは目論見もくろみが外れたようだ。だが引き継ぎにもそう日数はかからないであろう。この短期間でエルムステルの街もだいぶ落ち着きを取り戻した。軍政担当官では手に負えないということはそうそうないであろうとバートは判断していた。



「それから君はフィリップ第二皇子殿下と直接通話出来るアイテムを持たされているだろうか?」


「はっ。私自身はフィリップ殿下と直接話すなどおそれ多いことは出来ませんが、カムデンの街の騎士団とは通話出来ます」


「無理を承知で頼みたいのだが、私がフィリップ殿下と直接通話したい重要な話があると伝えてくれないだろうか? 静かなる聖者バートからだと」


「はっ。伝えるだけなら構いませんが……」



 エルマーはさすがにフィリップとの直接通話は帝国公認冒険者のバートの頼みであっても難しいと考えた。バートたちがフィリップの拠点、要害都市カムデンにおもむいて、敵の頭目の打倒と領主代理を務めたことに対するおめの言葉をフィリップからたまわることはあり得ると思っていたが。



「私とヘクターはフィリップ殿下の直接の依頼を受けたこともある」


「はっ。それならば通るかもしれません。可否の連絡が入りましたら、バート殿にお伝えします」


「頼む」



 だがバートたちがフィリップの直接の依頼を受けたことがあるとなると、話は変わってくる。フィリップは豪放磊落ごうほうらいらくで人情に厚い性格だ。知人からの連絡となると、聞く気になる可能性が高い。フィリップのその性格は騎士団の者たちには広く知られているから、カムデンの騎士団上層部の者もフィリップに確認はしてくれるであろう。

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[凍結] 新米聖女と元王子様 [この話は手直しして再投稿する予定です] 伊勢屋新十郎 @sinjuroiseya

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