第4話 一戦目

窓からさす陽の光。ベットに描かれる影。起きるべき時を知らせる時計。眠い目を擦る手。ゆっくりと起き上がる赤髪の淑女。

これ以上ないほどの快晴。

が良かったが、現実はここ一番の大雨。厚く禍々しい色をした雲は自然の恵みを全て断ち切り、恵みの過剰摂取による災害が起きんとしていた。彼女の身体は決まった時間に起きるよう「設定」(自ら)されているため目覚まし時計など不要。それ故眠さなど微塵も感じていなかった。

辺りは暗く、最悪の旅日和。

「おはよう世界。君は今日もことごとく私を裏切ってくるね」

外の荒れ狂う光景を写す彼女の緑色の目は、光のない景色の中でも一層輝いて見えた。

部屋の外から少し小さい足音。なんだか軽快なものだった。

「でも、私たちの仕事には最も似合った天気、と呼べるのではないでしょうか。ご飯ができていますよ、ママ」

ピンクのエプロンをつけたままの彼女の髪は、それはもう純粋な白色。穏やかな空気を纏っていて、外の状況とはどうも不釣り合いだった。

「朝早くからすまないね。じゃあ頂こうか」

テーブルに並べられた料理はどれも貴族のご馳走のようだった。鼻腔をくすぐるこの匂いにやられ、雨宿りに来た鳥たちは窓から必死に覗き込んでいる。

すまない、君たちにはあげられない。

意図が伝わったのか彼らは不満げにも飛び去って行った。あの嵐の中。

......彼らに幸運を。

そう祈ることしか出来なかった。

「何故に手を合わせているんですか?早く食べないと覚めてしまいますよ」

首をかしげる彼女を横目に赤髪の女、シャウラはスプーンを手に取った。

傍から見たら仲の良い親子の日常の1ページ。

しかしこの「ハリボテ」はそんな通常からはかけ離れたものだ。

誰も気づかないようなほんの微小な笑み。もちろんシャウラは気づくはずもなく......。

「ゴホッッッ、な、なんだこ......こほっ、

......何を入れた」

「あなたならすぐに分かるでしょぉ。唐辛子とわさびと砂糖、4対1対5 。私の特製です。それにしても一番最初にそれ引くなんて、今日はいいことでもあるんじゃないですか?」

ラッキーアイテムはー?なんて続ける白髪の彼女、クトリに殺意の目が向けられる。一瞬で体が萎縮してしまうほどの。まあその反応も「普通」の人間だったらという条件下ではあるが。

「や、やめてーっ、ああ、私のトーストが......」

シャウラのてから放たれる「それ」は彼女の料理に入っていたクトリ特製スペシャル(なんて頭の悪そうな名前)を少しも残さず吸い上げ、クトリの好物にふりかける。

その時のシャウラの目は正しく悪魔のようであった。戦争から逃げたと言われたかつての悪魔。今もよろしくやらせてもらってます。

「魔法はずるですよ。それこそイカサマです。」

「先に仕掛けたのはどっちだ。......早く食べないのか?そこまで時間に余裕はないんだぞ」

さっきとは真逆に笑っている緑色の目。

それを写す赤い目はその悪童のような表情を収め、今日も世界が平和であることを悟った。

彼女がああやって笑っていられる間は地球も怯えなくて済むだろう。

おはようございます世界さん。今日もあなたは大変そうですね。

私もそろそろ動き出すか、少女は席をたった。

悲惨な状態のトーストを持った彼女は、やはり戻ってきてしまった鳥たちに食べ物とは言い難いそれをちぎって渡す。

その光景を見るシャウラは、数え切れないほどの謝罪を心の中でおこなっていた。

「あなた達に幸運がありますように」


良い子のみんなは「環境保全だー!」なんて言って、辛いのか甘いのかわからない、匂いだけで人が失神してしまうようなトーストを罪のない鳥たちにあげないように。


「では、仕事の話をしようか」

無垢な鳥たちを丁寧に看取ったあと、彼女らは平然と未来の話をし始めた。

まるで、過去のことなど気にするな、とでも言うように。

「状況を再確認しよう。私たちは今王都に最も近い城下町、エルキニアに来ている。」

2日前にあの家を去った二人は1日かけてこの街にやってきていた。シャウラの魔法を使えば10分とかからないが、彼女曰くできるだけ目立つのは避けたい、ということだった。

「最近の警備は多少緩くなってきてはいるが、未だに戦時の名残で強力な結界がはってある。当分は国も取り除かないだろう」

いやいや、とクトリは呆れたように笑う。

「どうせ当時結界を作った術者が死んで、王国の偽物魔導師には取り除けないみたいなことですよね。国は本当に愚かだ。それに相棒に隠し事はなしですよ。ママ」

「その通りだよ。まあいいじゃないか、どうせ分かっているんだから」

それもそうですね、気味の悪い笑顔で彼女はこぼした。

「でもママの力なら壊せてしまうんですよね。それもごく簡単に」

「ああ、だが、まだ「その時」じゃない」

「「その時」、ですか」

「来るべき時が来たら、その時は、そうだな……小指で壊してやる」

全てを語らなくたって、二人は考えを共有できる。人の思考を読むことなど二人が最も得意とする分野だからだ。すなわち、今この二人の間でも騙しあいが起こっているかもしれない。

あくまでも仮定の話だが。

さて、二人が一体どこを目指しているのか。そんなの誰にもわからない。そう、彼女達の話は常人には理解できないのだから。

だが、君たちには特別に教えてあげよう。

「これからこの国を取りに行く」

彼女はただ当然とそう嘯いた。

それは世間に聞かれれば鼻で笑われる様な戯言で。でも、できないなどとは微塵も思っていない。

「最近の薬物中毒者でもそんなこと言いませんよ。まあ、ついて行きますけど、ママ」

なぜならこの二人に「負ける」という可能性はほんの端数にも満たないからだ。

「それじゃあ、第1回目の作戦会議といこうか」

立ち上がり台所に向かうシャウラ。年季の入ったコーヒーミル。じきに豆のいい匂いが立ち込める。出来上がったものに角砂糖を4つ。

本当にこの人はコーヒーを飲む気があるのだろうか。

クトリは差し出された牛乳で唇を濡らす。

あー、やっぱこれですね。

シャウラも同様に。あのコーヒーの真逆にあるような味のどこが好きなのか、彼女の顔は満足そうだった。

一息ついた両者は、やっと口を開いた。

「まずは作戦の大まかなところから……」

と、思われたがそうはならない。

牛乳を一息で飲みきりコップをテーブルに叩きつけ、何事も無かったかのようにクトリは立ち上がった。

「おいっ、どうした?」

揺れるテーブル。珍しく焦るシャウラを外の雲は驚きの目で見ていた。

「え。計画を実行するだけですよ?」

誰もが目を剥いた。へ、と間の抜けた声がシャウラの口から漏れる。

「だが、まだ計画も何も......」

「相棒の考えてることくらい言わなくてもわかってますよ。ママは今言おうとした計画のまま行動してください。私はママのサポートに徹しますから。よろしくです」

彼女の赤い目は全て見通しているかのようにうっすら光を纏っていた。

この子は本当に......。私も少し本気にならなくては。


「では行ってきます」


「ああ、行ってらっしゃい。」


「今度会う時はこの世界が平和であったらいいね」


乱雑に放たれたはずのドアは、どこが心地よい音をたてて二人の世界を分断した。


任せたよ。我が娘よ。







場所は王城、貴賓室。


恰幅の良い初老の男性は、窓の外に見える民衆の暮らしに思考を飛ばしていた。雨の中であっても忙しなく彼らはどこが眩しかった。

今日も私たちは彼らに嘘をつく。

いつか伝えられる日が来てはくれないかな、と思ってもないことを呟いた。

ドアを叩く音が聞こえ、たどたどしい足取りでドアの前に向かった。

「入りなさい」

たしか今日は客人はいなかったはず......。

ほんの少し開けられたドアからは黒髪の女性が顔を覗かせていた。

「ここは、伯爵のお部屋で間違いないでしょうか」

聞くもの全てを魅了するような優しい声。彼女力を込めていないとグラッと来てしまうほど幽遠な響きだった。

人に好かれそうな容姿とは対象的に、掴みどころのなく、どこか不気味な人だ。

「ああ、その通り。私がヘルクロイだ。君のような美しい人が私に何の用かな。君の頼みであればかなりの融通がきかせそうだ」

彼女の持つ安らかな雰囲気にやられ、伯爵は上の空だった。足取りも心無しか軽やかになっている。

そう、彼は「女好き」というあだ名が全国民に知れ渡っているくらいには女に目がなかった。

本人談曰く、女好きでない男など男では無いらしい。女性からの支持率は男性からのものと比べて5分の1にも達していなかった。

「それじゃあ伯爵。ひとつ頼みがあります。伯爵の一存で決められることでは無いかもしれないのですが......」

「なんだそんなもったいぶって。どんと来なさい、どんと」

「いや、でも......。私なんかが言っていいことかは。やはりまた日を改めます」

「どんな無理難題なんだ。そこまで言われるなら、私だって伯爵としての意地もあるんだぞ。さあ、言ってみなさい」

彼の男には絶対に見せないであろう屈託のない笑顔は、すぐに苦虫を10数匹噛み潰したようなものに変わる。

「分かりました。そこまで言うのであれば.......」

さあ、どう来る。一体どんな無理難題なんだ。

ヘルクロイは徐々に不安を感じ始めていた。


「ヘルクロイさんと直接話して決めてもらうとしましょう」


ただの妥協案のように持ち出された話は、彼の顔を真っ暗にさせるには十分すぎた。

ん?いま、この女はなんと言った?

「ど、どういう意味なんだい。目の前にいるじゃないか。わ、私が」

体の末端から末端が人形のように震え上がり、ほとんど機能していない足でどうにか椅子へとたどり着く。

「なにを戯言を仰っているのです?私は1度もあなたの事を「ヘルクロイ伯爵」などと言っていませんよ?」

もう半ば痙攣のような手でカップの取っ手を持つ。今にも中身がこぼれそうで一向に口に持っていけない。

「まあ、ここに来て確証が取れたのはありますが......」

淡々とそう続ける彼女の目には人の怯える心など写っていなかった。

外の喧騒がはるか遠くに聞こえる。

何故、何故だ。これまでの23年間、怪しむものだっていなかったのに。

汗が止まらず、手元の紅茶は冷めていくのと同時にだんだん薄くなっていった。

「早くして貰えます?いつ私の口が滑るか分かりませんよ。滑った先は国王様の耳かもしれませんし」

だが、所詮はただの見てくれがいい小娘。こっちは力で成り上がって来たんだぞ。私の権威が失墜する前にこいつをどうにかするなんか、別に大したことではない。

相手に見えないように後ろに隠した手で魔法をあむ。情報が部下に伝わりさえすればこっちの勝ちだ!

「ほざけ!お前みたいなやつが楯突いていい相手じゃないんだよ!」

首をかしげる女。

ふっ、そんな表情していられるのも今のうちだ。

「もう終わりだ。負けを認めろ!」

もう既に私の部下がやってきて......

来ない。

おかしい。いつもなら引いてしまうほどの速度で私の元にくるのに。何故......

「「今すぐ来い。私の目の前の女を取り抑えろ。捕まえられたらその後は自由に使ってくれて構わない。至急だ!」かー。早く捕まえてみてはいかがです?」

傍受されていた?いや、遮断されていたのか!

だが、絶対に悟られないようにしていた。何故気づく?それに見えていない魔法を遮断するなど、そんな高度な技術。一体コイツは何者だ?

「かの伯爵様がこんなか弱い女ひとりに部下を使うとは。ご自分では国民1人も手にかけられない。まあ偽物だからしょうがないと言えばそうですね」

何かがはち切れた。顔が見る見る赤みを帯びていく。

「きっ、貴様ーっっ!私に刃向かったことを後悔しろっっ!」

瞬時に距離を詰められ、無抵抗な彼女は目の前に拳が降りかかるのを認識する。


「だから馬鹿はきらいなんですよ」


どこから取りだしたのかも分からない拳銃が王城で泣き喚いた。






音に気づいた警備兵らが一斉に飛び込んだ。

「何事ですかっっ!」

中をすぐに確認する。

倒れている女性とそれを取り押さえるヘルクロイ伯爵。伯爵の左腕には先程の銃声の結果であろう惨状が見えた。絶え間なく血を流し、大理石でできた床を真っ赤に濡らしていく。

「私としたことが......不覚だ。まさか銃を持ち込んでいるとは。まだ仲間が潜んでいるかもしれん!今すぐ厳戒態勢を!」

溢れ出る緊張感に、兵士たちはすぐに反応できなかった。数瞬の沈黙の末、威勢よく返事をした彼らは辺りに散らばっていく。

「この女はどうしますか?」

「私らが直々に対応する。クレイは残ってくれ。他のものは応援を」

その場には金色の髪をした正装の女性だけが残った。すぐさま彼の元へ駆けつける。

「お怪我は大丈夫なんですか?

この出血量......すぐに医者に見せなければ」

「いや、心配ない。これくらいなら私ひとりでどうにかなる」

左腕の傷口に当てた手のひらから神秘的な光が漏れ出す。本当に穴が空いていたのかと疑問に思うくらいの回復。

先程は追い詰められてはいたが、国の前線を張っていた魔導師としての才を見込まれての伯爵の地位。常人とは一線を画していた。

ただ、その伯爵をもってしても傷を与えられてしまうほどの脅威。

伯爵の秘書として仕えている彼女だからこそ、この事実が何を意味するのか、確固たる恐怖を抱いた。

「この女性は、この後どのように?」

「こやつは少し、知りすぎている。それに彼女に指示した人物、銃の経路も気になる。とりあえずは地下牢に入れておくべきだろう。」

突然の奇襲にも関わらずの冷静な判断にクレイは感心していた。内心とは対照的な繕った表情ではあったのだが。

「それにしても何だったんだ。言葉の上では私を追い詰めていたようだったが、蓋を開けてみれば銃を打つことしかできない小娘だ。......その口車で焦らされた結果がこれだがな」

よく見れば彼はかすかに汗をかいていた。息は少々荒く、今も目は見開いていた。

彼女がこんなヘルクロイを目に収めるのはこれが初めてだった。あの悪魔がいた時代にはそれが基本状態だったが。

そこにぞろぞろと応援がやってくる。彼らも貴賓室の惨状に驚きを隠せないようだった。

「応援も来たところだ。彼らにその女を運ばせろ。私はしばし休む、彼女の相手は少々疲れた。任せてしまってすまないな」

「いえ、主様のご命令とあらば」

光に満ちたその目の持ち主は、騒々しい足取りでその部屋を後にした。

風のような女性。それは長年の信頼と尊敬に裏づけられた、最高の部下としての行為だった。


誰もいないことを確認した「ヘルクロイ」は機器を用いない電話を始める。

「......もしもし......はい、私です。......はい、今日襲撃者が現れて......はい、そうです。それも「あのこと」を知っていて......はい......」

荒れた内装や鮮明な血痕。重苦しい部屋の雰囲気を裏切るように、いつの間にか天気は夏のような快晴に姿を変えていた。






彼女は上手くやれているだろうか。

牢獄の中、たった1人の「娘」に思いを馳せる。何もかもを見透かしたような赤い目。ときおり見せる冷血さを形にしたような白髪。まだまだあどけなさが残るが、徐々に大人の顔となりつつある美貌。

彼女は未だ未確定だった。私でさえも裏切ってくるあの思考は一体どこまで考えているのだろうか。

みんなに愛されているようで、本人は誰も信じてない。ただ嫌い、憎み、疑う。常人には理解できないほどのこの世界への嫌悪はそのまま誰もの考えの先をゆく。

文字通りの意味で彼女はエラーだった。


全く、親離れが早すぎるんじゃないかい。

クトリのことを考えている彼女は、飽きずいつも楽しそうだった。牢屋の中とは思えないほどの笑顔。ここでも彼女は悪魔だと噂されていた。






場所は謁見の間。


高貴を凝縮したようなそれはご立派な椅子に座っているのは、王とは思えないほどの年端もゆかない若者だった。

髭もなければ王冠もつけていない。ただ「それ」が纏う空気は何百万人を束めるものとして遜色のない形をしていた。

その場にいる誰もが彼に頭を垂れ、次に発する言葉に全神経を集中していた。

エルドール国王は頬を釣り上げるような笑みを浮かべていた。ただ、怯える部下を嘲笑うように。

何故この国はこんな若者が玉座にたっているのか。それは5年前に遡る。



それは未だ戦乱のはびこる時代。帝国との戦いにより、国の戦力の底が徐々に見えてきていた。

「前国王の遺言に則り、これより次期国王を決定する古の闘技バトルロワイヤルを開始する!」

これまで幾多もの戦争を生き延び、国の勢力拡大に多大な貢献をもたらした前国王。

彼の言葉は絶対であり、逆らえるものなどいなかった。

その国王戦はいわば下克上の絶好の機会。誰もが利権のために他を殺すことを厭わなかった。

国に響き渡るほどの声明を持つものも多く、参加はしたが、すぐに辞退するものも少なくなかった。

その中に「それ」はいた。

誰にも名前され知られてはいない。戦場に現れたこともないその若者の風貌をした「それ」はおそらく勝つだろうとされていたものを赤子を捻り潰すかのように亡きものにしていった。

圧倒的なまでの力。完膚無きまでの暴力。

1時間も経てば彼に挑むものもいなくなった。

突如現れた怪物、エルドール国王はこうして生まれた。

今でもその禍々しいオーラは留まることを知らず、年々強くなっているようにも感じる。

底のしれないその魔力は、彼らに身動きひとつも許さなかった。

「何があった?」

無視することが出来ない、声と呼ぶことのできるかも分からないそれ。凄まじい重圧がその空間を支配していた。

かの伯爵がかろうじて声を発した。

「襲撃者、です。知られるはずのない情報を持っていて、私に取引、いや脅迫紛いのことを......」

国王は顎に手を置き、うっとりした目で先を促した。何であんな楽しそうなんだ......。襲撃者だぞ?

「また、け、拳銃を所持していました。私もこんな怪我をおってしまいぃ......。不覚の、か、限りです」

震える声でどうにか伝えられた。

「ああ、いいんだ。君が生きていて良かった」

言葉とは裏腹に目の奥は笑っていない。

あの目は部下のその先、もっと遠くの何かを見つめていた。

「はて、取引とは......何かな?」

その周辺全体の空気が凍る。みなが目を合わせ、役割を押し付けあっていた。

「早く申せ。我も気がたっておる」

汗が止まらない。口を開こうにも開けない。

本当にこの方は同じ人間なのか。人間とは思えない強い正気はその疑問を否定する。

白まじりの黒髪をした男性は、しどろもどろに口を開く。

「は、話によると、侵入した女はたし......」

言葉は最後まで紡がれることなく、先程まで話していた彼は口から上が無くなっていた。

響き渡る絶叫。触れてすらないのに辺りに鮮血が撒き散らされた。

「誰が貴様に質問した。ああいや、気が早かった。もう悔い改めることもできぬではないか」

人1人殺したのにも関わらず、国王は何も無かったかのように話し始める。

「さあ、ヘルクロイ。申せ」

有無を言わさぬ眼光。

1人がその場を逃げようとしたが、瞬きの間にピクリとも動かなくなった。

もう悲鳴すら上がらない。

王は汚いものでも触ったかのように手を払っていた。人の死を、ただ王城が汚れるとしか感じていなかった。

「はいっ......奴は、すみません。やはり私の口からは......」

「貴様。私に逆らった、のか?」

「いえっ、そ、そんなことは。ではお伝えします。奴は「国を寄越せ」と。そう言ったんです」

王の顔から表情という表情が消える。そこに見たことのない楽しそうな表情が現れるまでにそこまで時間はかからなかった。

「フハハハハっ、いやーそれは貴様らも軽々しくは言えんな。いやっ、ほんっっっっっとうに面白い」

彼は腹を抱えて笑い始める。謁見の間の惨状には似合わない、子供のような笑い声だった。

「「国を寄越せ」か。面白い。私に真っ向から挑もうとするとは。それを言ったものと会わせろ。今すぐにだ」

抑えることの出来ない圧迫感。他をただ排除することに喜びを感じる王はこれまでにない高揚を感じていた。

ああ、今すぐ会いたい。想像できるぞ、言葉の中では威勢が良くても、いざ我を目の前にして慄く表情を。ああ今すぐ壊したい。いやぁ何年ぶりだ、我に挑むものなど。


待っていろ反逆者。今に貴様をぶっ壊してやる。





2度目の襲撃は喧騒がなくならない間に起きた。

たった4時間後。

狙われたのは謁見の間にいた幹部の1人であり、頭は切れても戦闘能力はさほどなかった。

二度目の銃声に王城は騒然となった。王が変わってからの5年余り、こんな騒がしい日は一度もなかった。敷かれた厳戒態勢もあり警備兵がすぐに駆けつける。

先程とは異なり鎮圧は彼らが行った。彼らが駆けつけるのが少しでも遅れれば、伯爵のように腕だけでは済まなかっただろう。

王への報告では、

「今回は黒髪の少年で、またもや銃を所持、そして発砲を行いました。ただし幹部に怪我はなく、戦闘にはたけていなかったためすぐに捕獲、牢屋に入れられました」ということだった。

幹部本人の口からは、「やつもまた「国を寄越せ」と謳っていた」と。

「警備はどうしたんだ。あれから誰もいれるなと言っていたろ」

かの国王でも今度は少々焦っせていた。

本気で国に歯向かうのか?

その疑問はすぐに現実となる。

「警備は実際行っていましたし、今日は誰も城内にいれてなどしていません」

緊急で敷かれた警備体制は、蚊の1匹すら通さないほど強固なものだった。それなのに、だ。

数秒のの思考の末、ひとつの可能性が浮上する。

「まさか敵は......城内、なのか?」

いや、有り得ない。我の力に逆らえる者など。何年もかけて、幹部に恐怖を抱かせるよう仕向けたのだ。恐怖は絶対の服従をもたらす。全ては「聖戦」のためなのだ。

しかし、正直これ以外の可能性は考えられない。しかし、それなら黒髪の少年はどうなる?あいつはどこから入ってきた。警備は誰もいれていないと言った。ならばなぜ......。


バキッっっ。座っていた椅子は肘掛に置いた手によっていとも簡単に粉砕された。


「クソっ、やられた」


走り出す、まだ少年のようなあどけなさが残るエルドールの顔は、怒りでも、もちろん焦りでもなく、只只喜びに溢れ、口がさけるほど笑っていた。


あぁーっっ、楽しい。楽しいよ君たちは。第一回戦は君たちの勝ちだ。

でも、もう負けない。

さあ、今度はなにをしてくれるんだ?






地下牢では大声が飛び交っていた。

「どこ行った!早く探せ!見つけ出さねぇと......」

「誰かいなくなんの見てたヤツは!いたら速攻出てこい!」

「待て、ここにいた奴もいなくなってやがる。どうなってんだ!」

空になっている3つの牢。そのうちの二人は今最も重要な人物。襲撃犯らだった。

彼らには最高硬度の拘束具が使われていたのだ。あれを使われて逃げ出せる者など......。


これから取り調べが始まるはずだった。拷問でも何でもして情報を吐かせなければならない。加えて、国王が直接に会うことにもなっていた。

逃げられては本当にマズイ。

慌ただしい地下で誰もが焦り、責任の行方を探す。この状況は絶対に見つかってはならない。その前に見つけださなければ......。

その場の人間総出で捜索を行っているのにもかかわらず、たった一つの痕跡すら見つからない。牢屋内には、突破できる者などいない拘束具がただぽつりとおかれていた。

彼らはあれを外したのか?有り得ない。魔法を使える女の方は、手に魔法制御の腕輪をさせていたはず。じゃあどうやって......

既に10分程度の時間が過ぎ去りようとしていた。


一瞬にして大声を出していたもの達が静まりかえった。口を開くことすらままならない圧迫感。思考を停止してしまうほどの正気。

そこにいた誰もが思っただろう。

ああ、タイムオーバーだ、と。

空の牢屋を視界に入れた「それ」は中の拘束具を拾い、力を込めていないのにも関わらず、まるでおもちゃかのような壊れ方をした。

ガシャンッ、その音に正気を取り戻した者達は、エルドールの動向を目で追い、いつ自分に牙を剥くのか怯えていた。

「何があった」

顔が見えなくても分かる怒りの顔。それから発せられる声は、それ自体が歪んでいるようだった。

その場の人々の悲鳴にならない悲鳴。微かな呻きさえも零してはならない。そんなことをしてしまったら......

ぁっ、と間抜けな声を発したものは、口を手で抑える前に十本の指全てが切り落とされていた。

それを見て連鎖する悲鳴。

仲間が呆気なく床に転がり、やるせない顔で俯く者。泣いている顔で必死に口元を抑える女。今にも泣き出しそうな若者。


十五秒程度たった時には、人数は三分の一にも満たない量になっていた。

「もう一度聞く、何があった?」

沈黙が続く。感情が抑えられなくなっているエルドールは、すぐさま手を振り下ろそうとする。

ひとたびそれが行われれば、もう生き残るものなどいないかもしれない。

「じ、実は先程捕縛した......襲撃犯が、気づけば、いなく......なっていて......」

震えながらも、なけなしの勇気で声を絞り出した。足はもう立っているのも危うく、今にも崩れ落ちそうだった。

「ほう。だが逃げたのを見たものはいない、か。

見たところ空いている牢屋は3つ、のようだが」

「そ、それは......もう1人、はですね......」

ただ黙ったいるエルドール。それでも、溢れ出る禍々しい「なにか」は人々をただ恐怖させる。

また始まる悲鳴。すぐに消える絶叫。地下牢に巻き散る血の量は、留まるところを知らなかった。

「た、確か赤髪の女で.......、ん?ざい、罪状が......な、ない?なぜっ、どうなってる」

消えていく者たちを横目に、報告を続けていた彼は、もう使い終わったと言わんばかりに周りと同様、ただの景色に変わってしまった。

「はははっっ、ははははは。なるほどなぁ、お前が絡んでいるのか。ああ、わかったとも、十年来の殺し合いをしようじゃないか。この悪魔ごときが」







それは数時間前の地下牢。


赤髪の女は先程と同様、物思いに耽っていた。

作戦の通りであれば......。おっ、来たか。

やはり少年はすごいよ。

「ん?お前は......。ッッッ!な、なぜお前がここにいるっ!まさか......、お前が全部っ!」

凄まじい剣幕でそれを話す、それは美しい黒髪の女性、はどこか少し、いやものすごく気品がなかった。

「姿を変えてても気づくのか。さすがはヘルクロイもどき。王国屈指の魔法使いなだけはある。まぁ、少々可愛げが出てきなのではないか?」

「貴様.......!お前の目的はなんだ。貴様の部下は「国を寄越せ」などとほざいていたぞ」

「部、下?......ああ、部下なんかじゃないよ。私は逆に使われたと言ってもいい。君じゃ「あれ」には勝てないだろ?」

「使われた、だと?だがあの実体を伴う幻影魔法、この国で使えるのはお前と、あの「怪物」くらいだろ」

「ああ、そうかもしれない。でも私はそれを〈銃声が聞こえたから〉やっただけだ。私はお前とお前の今の体を入れ替えろと指示されたんだ。どうだ?理解したか?」


「あれの方がよっぽど「怪物」なんだよ」


空気が凍りつく。あの「王国の悪魔」に指示を出すものだと?そしたらあれの正体を知り、止められるものなど.......。

ヘルクロイ(もどき)は全てを悟り、そしてただ戦慄した。

これは本当の怪物同士がぶつかる、最悪の戦いかもしれぬと。

「貴様はゆかぬのか」

だが、この悪魔がこれ以上手を出さないわけがない。シャウラはただ笑みを浮かべ、


「どうだと思う?」


これ以上ない愉快な顔でそう告げるのだった。

「私もあれを制御することなんてできない。だから今回はあれの言う通りにしようかな。まあ、私のサポートをするとは言っていたが.....」

これじゃ助けられているのは私の方じゃないか。

聞こえないような声でそう呟いた。

ああ、本当に面白い。


「私のことはどうするのだ?証言してしまえば貴様らの作戦はパーだぞ」

そうだ。これさえあれば私もここを抜け出せる。

「その体でか?それは犯行手段の自白になるだけだ。そしたらお前は刑務所じゃ済まなくなるかもしれないぞ。そんな簡単に抜け出せると思うな。

......まあ、それはそれで面白いか」

笑いながら人の人生を左右しかねないことを考える。コイツは何年経っても悪魔のまま、か。

「1つ、聞かせてもらっていいか」

いきなりの真剣そうな眼差しに、ただ頷く。

「お前たちの作戦は素晴らしかった。それは認める。ただ、だ。なぜお前ほどの者が、戦場を去った?お前は打算的で人を騙すことも躊躇わなかった。だが、責任感は他の誰よりもあったはずだ。理由もなく逃げ出すとは思えん」

私だってずっと気になっていた。「悲劇の侵攻」と呼ばれた、あの日。彼女さえいれば帝国を降伏させるのもわけなかった。彼女のいなくなった戦場、数で勝っている帝国軍によって王国は戦力を三分の一ほど失った。

「その戦いで自分が死んだのが、そんなに悔しいかニルヴァーレン。......まあ恨まれてもしょうがないとは思うが」

そう、私も失われた戦力のひとつであった。

奮闘した方ではあったと思う。近づく敵を魔法でなぎ払い、ときには前線で剣を振った。合計で何百人もの帝国兵を手にかけたのだ。

それでも、本物の魔導師にはかなわなかった。放たれる上級魔法の数々。ごくひと握りしか使えない三重魔法トリプルキャスト。私はなすすべもなく灰と化していった。

「でもお前は今ここに生きている。それも卑しく別の人間の体で」

「ああ、そうだ。軽蔑するか?」

シャウラは声を上げて笑った。そして目の奥には火を灯し、

「お前も私と同じだろ」

そう言って私を見つめる彼女の目には、仲間としての信頼があったのかもしれない。

「お前と同じ?それは軽蔑に等しいぞ」

「はっ、そんな軽口を叩けるくらいならもう心配ないな。大丈夫だ。私はやり遂げる。お前がそこまでする必要はないんだよ」

「......どういう意味だ?.......まさかっ、お前」

「ああ、そうだよ。私もこの国の、偽るような表情が嫌いだった。それも「あれ」が玉座に座ってからだ。だから私は、この嘘の聖戦を終わらせなければならない」

彼女はどこか遠くを見ていた。そうだ、あの時からずっとこの目を.......

「協力してくれとは言わない。だが、邪魔だけはしてくれるなよ」

身動きが取れなくなるほどのゾッとするような視線。前にもこんなのを感じた気がする。

ああ、そうか。お前がロワイヤルに出てさえすれば、もっとこの国は正直でいられたかもしれない。

「あぁ、邪魔なんかしない。お前は、私なんかよりずっと、この国のことを考えていたんだな。私のことは気にしないで、ここから出ていってくれ」

私はまたお前に負けるのか。だが、これは嬉しい負けかもしれない。

こんな卑しい生き方をしているうちに、お前は汚名を被ってまで戦おうとしていた。躊躇いながら民を眺めているうちも、仲間と作戦を実行していた。

もう、この私に何が出来るというのだろうか。

その澄んだ顔を見つめるシャウラ。それから少し怒るように頭を掻きむしり、

「いや、気が変わった。お前も手伝え。もう絶対に死のうなんて思うんじゃない。これでも私はお前を信用しているんだ」

驚きを浮かべるニルヴァーレン。

「私が、死のうとしている、だと?」

いや、そんなことは決して.......。いや、

「そうか、お前は「感じ取れる」のか。」

シャウラは真剣な表情で頷く。

「今のお前には、死人の空気が見える。お前が責任なんて感じる必要は無い。死ぬならこれが終わってから気持ちよく死ね」

「そうだな、お前の言う通りだ。もうそんなことは思わない。ならばこちらからもお願いさせてくれ、どうか協力させて欲しい」

それに、彼女は「信用している」といった。これはもう、要らんことを考えている暇はないな。

「感謝するよニルヴァーレン。それにおそらく協力者はもうひとりだ」

「もうひとり?ああ、他にいるとすれば、あいつくらいか。でも、気づいたら死んでるくらいにあいつは弱いぞ」


そうだな、じゃあお前が見張っておけ。


協力するとは言ったが、ガキのお守りはごめんだぞ。


他愛もない会話をして笑う二人には、先の険悪な雰囲気はどこにも感じられなかった。

がチャリッ。

牢屋に新入りが入ってくる。

「......ああ、やっぱりお前の差し金か。人を騙すのはそんなに楽しいか、シャウラ。

それにヘルクロイ.......いやもういいか、ニルヴァーレン。お前も簡単にはめられすぎだぞ」

「今はめられたばかりのお前が言うと説得力が違うな」

声を上げて笑う三人。

かつては戦場を共にした仲間。

形は変わり、立場、ましてや外見も変わってしまったかけがえのない戦友たち。

「お前も手伝ってくれるだろう?」

子供のような笑顔に当てられ、オリバーの不遜な顔を控えめな笑顔に変わる。

「久しぶりにお前の無茶に付き合うのも、暇つぶしになっていいかもしれない」

照れ隠しかー?と詰め寄るシャウラ。

「終わった頃には、暇で平和な毎日が待っているさ」

そう、これは真の平和を追い求めるための復讐劇。誰にだって邪魔はさせない。


「それじゃあ、いざ二年ぶりの戦場へ」

シャウラの空間魔法は一瞬にして三人を景色から消去した。


断っておくが、これら一連の会話は誰にも聞かれていない。

何故かって?今頃地下牢の警備の目には絶望の顔をした襲撃犯と、ふて寝から覚めることのない青い髪の歳のいった女性が写っているだろうか。

私はこれでも王国最強の魔導師なんだぞ?


もう一度言おう。これからが第二回戦だ。

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片翼のRebellion 苫夜 泉 @izumi_daifuku

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