後篇

由紀子は、洋服を着替えても、何故か不安なのだった。祥子さんが、水穂さんに気があるのではないか。水穂さんも祥子さんの方へ行ってしまうのではないかと。

「じゃあ、頂きます!」

杉ちゃんの合図で、皆カレーを食べ始めた。杉ちゃんの作ったカレーは栄養満点でものすごく美味しいのである。杉ちゃんという人は、文字が読めないのに、カレールーを色々使い分けて、いろんなカレーを作ってくれるのであった。今日は、ひき肉を肉として利用するキーマカレーであった。

「おい、お前さんなんで食べないの?」

と、杉ちゃんにからかわれて祥子さんは、

「いえ、ちょっと食欲がなくて。」

という。祥子さんは、ぼんやりとしていて、何を考えているのかわからない顔をしていた。

「はあ、恋の病かな?」

杉ちゃんはすぐに言った。

「よくわかりますね。杉ちゃん。」

ジョチさんがそういうと、

「だって若いやつがかかるといえば、だいたいそれじゃないか。まあ偶に、がんにかかったりするやつも居るがな。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「そんな事言わないでください。あたしはただ、水穂さんのことが、気になるだけのことです。」

祥子さんは、真っ赤な顔をしてそう言っている。

「はあ、図星か。」

杉ちゃんはカレーを頬張りながら言った。由紀子はそれをまたにらみつけるように見てしまった。

「由紀子さん、あんまり彼女の事は気にしないほうがいいのではありませんか?」

とジョチさんがそう言うが、

「ご、ごめんなさい。私、すぐに顔に出てしまうタイプなのです。」

祥子さんは、急いでそう返したのだった。

「貴女やっぱり、水穂さんの事!」

由紀子は思わずそう言ってしまうが、

「ごめんなさい。好きになっては行けないってわかるんですけど、でも、あたしは、水穂さんがあれほど綺麗だったから、、、。」

と、祥子さんは、そう言い訳するのだった。

「そうかも知れないけどね。でも、水穂さんの世話役は由紀子さんでもあるんだよ。もうそれは固定化されてしまっているのでね。あいにくだけど、それは無理だぜ。」

杉ちゃんがでかい声でそう言うと、

「そうよね。水穂さんは私の手には届かない人。だから、我慢しなきゃ。」

祥子さんはちょっと辛そうに言った。

「そろそろ水穂さんにご飯くれないといけないな。」

と杉ちゃんが言う。すると、祥子さんが、

「犬に餌をあげるようのと同じような言い方はしないほうがいいのではありませんか?」

と杉ちゃんに言った。

「犬に餌?そんなのとはぜんぜん違うよ。おんなじような言い方なんて何もしてないけど?」

杉ちゃんが言うと、

「それでも、水穂さんだって、一人の人間であるわけだし、そのような言い方はしないほうが良いと思いますわ。水穂さんがそうやって、人種下げ別を受けてきた人であるのなら。」

と、祥子さんは真剣に言った。そうなんだねと由紀子は思い直した。それはきっと本気で水穂さんを思って言ってくれているのだと思った由紀子は、

「そうなのね。そういうことなら、祥子さんに水穂さんにご飯を食べさせるのお願いしようかな。」

と言ってあげた。

「そうなの由紀子さん。本当にそれで良いのかい?」

杉ちゃんがそう言うと、

「ええ、祥子さんが、水穂さんのことを思ってくれているようだから。」

由紀子はにこやかに笑った。

「それでは、鍋にカレーがあるから、それを水穂さんに食べさせてあげてくれ。」

杉ちゃんに言われて、祥子さんは、大鍋の中に入っていたカレーをさらにもって、お盆にお皿を置いて、水穂さんのいる四畳半に行った。その時は由紀子も、彼女のそばに行った。

「水穂さんご飯です。今日はカレーですよ。杉ちゃんが作ってくれたカレーです。」

由紀子は、水穂さんの体を揺すって起こし、水穂さんの近くに座った。水穂さんは、よろよろと布団から起きた。祥子さんは、おそるおそる、水穂さんの口元に、カレーをもっていった。

「さあどうぞ。カレーですよ。杉ちゃんのカレーは美味しいですよね。」

水穂さんはお匙を受け取って、カレーを口にしてくれたのであったが、やはり咳き込んでしまって、カレーを飲み込めなかった。由紀子は、そっと、水穂さんの背中を撫でてやった。

「水穂さん苦しいの?それで食べられないの?」

祥子さんは優しく言っている。

「カレーを受け付けられない体というよりも、精神的にカレーを受け付けられないと言われているのよね。いつもそうだわ。なんとかしてカレーを食べてくれたら良いのだけど。」

由紀子は、すぐに言った。祥子さんは、つまり、拒食症みたいなものかしらと由紀子に聞いた。由紀子が、そうなのかもしれないと答えると、

「そうなのね。私も、ご飯を食べられなかったことがあったわ。だって、さんざん学校でいじめられて、もっと痩せてきれいになりたいと本気で思ったわ。私も、どうしようもない女性なんです。だから、水穂さんも私も同じようなものです。」

祥子さんは、にこやかに笑ってそういうのだった。

「でも、あたしは、水穂さんが好きですから、水穂さんには、そうなってほしくないから、ご飯を食べてもらいたいです。」

祥子さんの態度を見て、由紀子は、自分のしたことは間違いではないと思った。

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恋する障害者 増田朋美 @masubuchi4996

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