第8話 追伸


後日、あの住職から再び巻紙と小包が届いた。


開くとそれは先の件についての礼状と、かしで出来た十五 あるいは二十 もんめほどのばちが丁寧に包まれていた。

礼状には直接伺えずに申し訳ない旨と、その後二人の亡骸を弔いあの泣き声も嘘のように収まり、今は何事もなく日常を過ごせていると簡潔に記してあった。




『───追伸、

浦田様は三味線をたしなまれると風の噂で聞き及びましたので、当家に伝わる代物ですが宜しければこちらも納めてくださいませ。

御手に馴染みますと幸いでございます。

お二人とも御身くれぐれもおいといくださいますように。

どうぞ御達者で。』


董路は手紙を読み終えると畳紙に包まれた艶のある撥を持った。

自らの顔を映し返す撥を見つめ、暫く思案した。






董路は紫陽花あじさいの咲く縁側で、珍しく長唄を演じていた。

弦を抑える方の甲には例の雀が留まり、時折合いの手のようにチチッとさえずる。

紫陽花にかかった朝露が陽に照らされ瑞々みずみずしくきらめき、ひと時の幻想的な光景が広がっている。


「ふふ、撥を持つのは久しぶりだ。

樫はなかなか、柔らかい音がするねぇ」

「………唄の方がうろ覚えですよ」

董路がぼんやり雀に語りかけると、聞き慣れた声がする。

どうやら気付かぬうちにやってきた史葉が後ろで聴いていたようだ。

物言いは手厳しいものの、史葉は可愛い弟の手倣てならいでも眺めるように微笑んでいる。

「長唄、珍しいですね」

「…たちが亡くなってからは、小唄ばかりだからなぁ」

董路は手元に視線を落とし、撥で弦を弾きながら思い出すように言った。

「そんなに経ちますか」

「…頂きものが撥なんて、なんだか縁を感じてね。……ふふ、でもねぇ駄目だ」

董路は確かめるように同じ旋律を数回ほど繰り返す。

「想い出があった分なかなか食指しょくしも動かなくて、手元も唄も鈍っちまってるよ」

「それでも、御二方もきっとあの世で耳を傾けておりましょうよ」

「なら、叱られちまうだろうなぁ」

董路は目を伏したまま、少し照れくさそうにふ、と笑った。



チチッと雀が首を傾げる。

「そういえば、この子はなんなのでしょうね」

史葉が問うと、董路は曖昧な表情を浮かべながらすこしまごついた。

「それなぁ、結局おれにもよくわからん。

でもなんとなく、こいつは悪いもんじゃねえし”こうすればこうなる”っていうのがわかんだよなぁ」

それで亡霊も祓っちまってたからなぁ、と董路はぼそりと付け加える。

史葉は膝に置いていた手を組むと、相変わらず背筋はしゃんと伸びてはいるもの、珍しく力の抜けた顔で彼を見た。

「そう、貴方にしては歯切れが悪い」

「なんかこう、感覚的で説明しづれぇんだ。おれもこういうのは気持ち悪ぃよ」

「貴方は存外筋道を重視しますからね」

「存外って…」

「おはよう董路、史葉さんもいらっしゃい」

「父上か、わざわざこちらにいらっしゃるのは珍しい」

離れに現れた時一郎が声を掛けると、董路と史葉はそろってそちらの方へ向き直った。


「時一朗さん、ご挨拶が後になって申し訳ありません。

……本日はお約束の通り、この雀の件で参りました」

史葉は声がする方へ向き直り一礼する。

時一朗も穏やかに微笑み返す。

「それは気にせず、私も彼の長唄が懐かしかったものでつい。

……ところで史葉さん、雀の件は私も同席して良い話でしょうか」

「ええもちろん。むしろ、時一朗さんにもお耳に入れて頂きたい事です」

「……」

董路は二人の会話を聞きながら手持ち無沙汰にぽろぽろと三味線の弦を弾く。

樫の撥が鳴らす柔らかい音色とは裏腹に、その面持ちは史葉の言葉を聞くや一転して険しくなった。



夏の日差しが燦々さんさんと降り注ぐ昼前。

いつのまにか朝露は乾ききり、強まる陽光に影もまた濃くなっていった。







*ここまでで1章分は終わりです。お読みいただきありがとうございました。

次章以降も不定期更新ですが、宜しければ引き続きお付き合いくださいませ*

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明治障縁物語 紗久 @saku-saku-sakura

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