All Of Me

あおいそこの

私の全て

ドクン


ドクン


心臓は血液を送り出すことに集中する。それが仕事だから。それがなくなったら人は生きていけないから。

これはたらいまわしにされた心臓のお話。


・・・


私はどこもおかしくなかったのだけど。だけれど私の全てだった人は死ぬことを選んだの。何かの歌か、映画か、ドキュメンタリーに感化されたみたいで臓器提供の意思表示の1番に丸を付けていたの。

確か、映画だったかな。


1 私は脳死後及び心臓が停止した死後のいずれでも移植のために臓器を提供します。


2 私は心臓が停止した死後に限り移植のために臓器を提供します。


3 私は臓器を提供をしません。


だけれど眼球だけは気に入っていたみたいで提供したくない臓器として書いていたの。確かに私の全てだった人は素晴らしい眼球を持っていたわ。とても綺麗なお目目だった。

私の全てだった人は私をひどく恨んでいた。

「私が止まってしまえば」

何度もそう言っていた。

私のお仕事は常に集中して体が生きていけるだけの血液を体に巡らせること。でも私のお仕事を快く思わない人もいるの。それはいつだって私の全てだった人だけ。それ以外の人は私に対してなにも言葉をくれたりなんかしなかったわ。

だって私の全てだった人は健康そのもので、私が辛くても、私が理由で辛くても誰にも気づかれないんだもの。

私の全てだった人は私にもう集中しなくていいよ、と言ってくれたわ。でも私は集中していたかったの。

「私の全て」が「私の全て"だった"」になることが苦しいことだから。


・・・


私の全てになった人は私を心から愛してくれたの。

私の全てになってくれてありがとう、と。何度も優しい言葉で歓迎してくれたわ。

だから私は頑張ったの。

私の全てになった人がいろんな人にもっともっと大切にされるように。そういう時間が増えますようにって。

私の全てになった人に集中し続けた。そうする以外の選択肢がないからじゃなくて。本当に。私の全てになった人に生きていて欲しい、と願っていたから。

そのせいあってか生きていてよかった、と私の全てになった人はいつも言っていた。生きていたらこんなに多くの人に大切にされたよ、と言ってくれた。

その言葉がとても嬉しかった。

私が見ている限り、私の全てになった人はその全てを大切にしていたわ。私がいるから大丈夫よ、態度でも行動でも、示したの。

「ひとりぼっちじゃないよ。」

私の全てになった人はそれを分かってくれていた。

もっともっと頑張るからね。もっともっと正確に、正しく集中するからね。私の全てになった人になったこと、後悔しないように。

でもとある日私の集中が途切れたの。

跳ね上がるような衝撃と、痛みを持つような気がしたの。送り出した血液が戻ってこなくて、だから血も送り出せなくて。真っ暗闇に放り出されたみたいな感覚になったわ。

あぁまた私の全てになった人は、私の全てだった人になっていく。

お別れが嫌だよ。まだ集中していたいよ。私はもう誰かの全てになりたくないよ。

それでも私は笑ったわ。私の全てになった人が怖がらなくていいように。

きっと私の全てになった人も惜しむから。私がすべてじゃなくなることがただでさえ怖いだろうから。

私の全てでいた時間、私は私の全てになった人をとてもとても愛していたから。

私の全てになった人よ、どうか安らかに眠ってね。


・・・


そして私の全てになる人。冷たいバットの上で私は私の全てになる人を待っていた。

綺麗な胸の現状を打破した、尊い森の中。新しい私を受け止めてね。

私の全てになる人、聞いて頂戴。

私は私の全てになる人のことちゃんと愛しているよ。

いつだって私に居場所をくれたのは私の全てになる人でしょう?

乱暴に扱われても。殴られても。泣きたくなるようなことをされても。大切にされなくても。

結びつけられた私には私の全てになる人を裏切ることは出来ない。破れない契約のように結び付けられているから。運命のようにそこに留まれと命令されるから。私は私の全てになる人を裏切らないよ。

だからせめて私の全てになる人、私を大切に思って頂戴。大切に思わなくても私に集中させていて頂戴。

私の全てになる人が私が全てになったことをどうも思わなくなったとして。

私の全てになる人に忘れ去られたとして。

ありがとう、が聞こえなくなったとして。

私の居場所を奪うことが出来るのは居場所を与えた私の全てになる人だけだから。


段々と暗闇になっていく。

私が集中するために目を閉じたのかもしれない。新しい現状を受け入れ始めるために私の全てになる人の胸が閉じたのかもしれない。


私の全てだった人よ。


私の全てになった人よ。


私の全てになる人よ。


・・・


《登場人物》

・心臓

・私の全てだった人

・私の全てになった人

・私の全てになる人


【完】

あおいそこのでした。

From Sokono Aoi.

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