恋人同士 初めての きす

Eternal-Heart

お題:恋人同士 初めてのキス 魔法

なびく髪が、逆光に揺らめいている。


足元で 不規則に弾く波の音。

遠ざかる、うみねこの鳴声。

かすかに聞こえる汽笛。

緩やかな時間と 潮風だけが、ここにはある。


まさか 君と来るとは思わなかった。



趣味というほどのものではない。

年に数回、気まぐれに 釣り竿を垂らしに来るだけだ。

釣果は期待していない。

波の音と 潮の香りの中で、物思いふけるだけだ。




「 水平線の見えない海って、不思議な感じがするね 」

もやがかった遠く対岸に、千葉の工場群が見える。



横浜の俺には、さほど違和感が無かった。

君が見ていた金沢の海は、視界の端から端まで、水平線が広がっていたのだろう。



「 高校生の頃、聞きたかったラジオ番組があってね。東京のラジオ局だったから、窓の側にラジカセを置いて、周波数に合わせ聞いてたの 」


「 その番組は聞けた? 」


「 雑音の中、かすかにね 」


電波と共に、東京までの距離の遠さも、聞いていたのだろう。



「 聞きたかった放送は、かすかになのに、

韓国の放送は 何局もクリアに聞けるのよ 」


「 本当なのか? 」


「 日本海側では、それが普通。電波を遮る陸地がないからね 」


遮るものが無い、遠く水平線の続く海か。

いつか見てみよう。

梅雨明けの、抜けるような晴日がいい。



まさか君と、ここで柵にもたれながら

取り留めない話を するとは思わなかった。

せっかく来たのだから、釣果は欲しいものだ。

魔法でもあればな。



不意に、彼女の竿が 引かれた。

駆け寄り、背後から竿に手を添える。

跳ねる感触に さほど力はない。

一緒にリールを巻き、一気に引き上げる。


日差しに 水滴が跳ねる。

シロギス。 針から外し バケツに入れる。

ささやかな釣果だが、君と一緒に初めて釣った魚だ。




これでいいか。

二人の間に、そんな空気が流れた。


さて、どうやって食べるか。

いずれにせよ

初めての “ キス “ は、大体美味いものだ。

そして忘れない味になるものだ。

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