第5話 

「ほんとに行くのか。というか裕樹と俺まったく関係ないだろ……」


「そりゃあ、行かないと駄目でしょ。昼休みのときに言ってたんだしさ」


「諦めろ隼人。葵は昔からこういう奴なの知ってるだろ」


 現在、俺たちは校門前で彼女――立藤日菜が出てくるのを待ち構えている。


 傍から見ればざぞかし極めて珍妙な光景に写っているのだろう。そのせいで通り過ぎてゆく生徒たちに不審な目で見られるのは堪らない……恥ずかしいやら何やらでどうにかなりそうだ。


 なんで俺がこんな目に遭ってるんだ。というのも、それもこれもすべて葵のせい。


「なんで教室で声かけてなかったんだよ。わざわざこんなところで待つ必要ないだろ」


「いやぁ……その節はホントにスミマセン」


「謝っている割には一切謝罪の意思が見えないんだが」


 当初、三人で一緒に立藤を誘いに行こうという計画──のはずだった。


 それを直前になって「やっぱりわたしが誘ってくる! 二人は先に校門前で待っといて」なんて自信ありげに言うものだから任せてみたものの……いざ蓋を開ければ一人で校舎から出てきた。

 葵曰く、誘うのを躊躇ためらって少し目を離したらどこかへ行ってしまったらしい。

 

 ほんと何してるんだか。葵らしいっちゃ葵らしいけどさ……。


「もしかしたら、帰ってるとかないか?」


「いやいや、さすがにまだ学校を出てはいないはずだよ」


 確かに、立藤がここを通ったのは見ていない。ひょっとすると、気が付かなかったって線も無きにしも非ずだが。


「と、なると?」


「そりゃあ、自ずと三人でここで待つ、って結論に辿り着くよね」


「「そうはならないだろ」」


 俺と祐樹が同時に悪態をつく。


 昼にも思っていた事だけど本当に熱狂的なファンなのかもしれない……ずっと、目を凝らして校舎の方を監視してるし、どんだけ友達になりたいんだよ。

 今の葵は誰かをストーカーしてると思われても仕方がないくらい異様に見える。

 ほんとにパパラッチか何かかっつーの。


 もうかれこれ20分くらい、いや? もしかしたらもっと長い間こうしているかもしれない。まだ、日が沈むとまでは言わないが感覚的に少し暗くなってきている気もして、もう生徒の一人や二人も通っていないくらいの時間になっていた。


「なあ裕樹」


 俺は眠そうにする裕樹の肩を叩く。


「……ん、どうした?」


「もう少し待って来なかったら帰らないか?」


「奇遇だな。ちょうど俺も言おうとしてたところだわ……」

 

 週末ということもあってか、妙に体が疲れているし、肩にかけている通学鞄がいつもより2、3倍ほど重く感じてずっしり重い。帰ってすぐさまベッドに飛び込んで爆睡したい。


 裕樹も大体俺と同じような事を思っているのだろう。

 

「じゃあ、えま。あと5分待っても来なかった帰らな──」


 そう、裕樹が伝えようとしたとき――葵が校舎の方に指を差して声を上げた。


「えっ! あれ、歩いてきてるのって立藤さんじゃない?」


 ここから少し離れているため、ぼやけてはっきり見えないが、立藤の特徴的なベージュ色の長髪がなびいているのが視認出来た。


「……っぽいな」


「だよね!」


 そして、近づいてくるにつれてその人物がスマートフォンをいじっている立藤だという事も明らかになった。


「ねえねえ、立藤さん! ちょっと良いかな?」


「は、はい!」


 校門まで来ると葵が声をかけた。


 いや、こいつ話しかけるの緊張するとか散々言ってた割には結構ラフに話しかけるんだな。

 俺ら要らなかっただろ。なんて思いはしたが今は状況も状況なので心に留めておこう。


「めちゃくちゃ急な話なんだけどさ……今からご飯食べに行かない?」


「え!? なんか、随分と急な話ですね……」


「ごめんごめん。都合が悪かったら別に無理しないで大丈夫だよ!」


 立藤からしたら驚くのも無理はない。なんなら驚きを超えてもはや恐怖まであるだろ……クラスメイトとはいえ接点のない人からいきなりだぞ。これが葵だから良かったけど男子だったらナンパで一発アウト。


「……え」


 すると、立藤は今まで気が付かなかったのか視線をこちらに遣るとぽかんとした表情を浮かべた。

 

 と、思いきやまた立藤の方に目線を戻す。


「じゃあ、行きます。特に用事も無いので」


「え!? 良いの?」


「あ、はい」


 え、行くのか……?


 正直断るんだろうな、と内心思っていたのだが意外な反応に思わず困惑する。

 

「やった! ひなっちありがとー!」


「は、はい!」


 そんなこんなで首謀者除く俺たち三人は夜ご飯――別名、葵の我儘に付き合わされることになった。


「あれで良かったのか?」


 近くの商店街に向かう道中、葵がご機嫌な様子で裕樹に絡みにいっている隙に立藤に訊ねてみることにした。


 内容はもちろんさっきの事だ。


「……ん? 良かったって何が?」


「葵が誘ったときに断るんだろうなと思ったけど、案外あっさり受け入れたもんだからさ」


「用事があるって断る事が多いんだけど、まあ。今回は天竺くんがいるし良いかなって?」


 良い意味なのか悪い意味なのかはわからないが、なんとなく後者な気がする。

 

「どういうことだよ……」


 その発言がもし、前を歩く二人に聞こえていたら誤解を招きかねないのでやめて欲しい……俺の話になったら獲物を見つけた獣かのように飛びついてくる輩なんだよこいつらは。


 それと


「あと、他の男子共に言うと捉え方によっては勘違いされるからあんま言わない方が良いぞ」

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隣の立藤さんには『弱点』がある。 有瀬明奈 @Naeshiro

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