第9話 懐かしき喧騒

 ――――セントラルタワー20階

 中央エレベーター前広場


「…………はぁ……はぁ…」


 ようやく縄を解き、柵に乗り出しながら急いで1階を見渡す。

 赤音あかねの姿は見えない、彼女が落ちたであろう位置には一直線にえぐられた地面と人影があるだけだった。


「……くっ…!」

 フェンスに手をかけたまま力なく項垂れる。

「すまない!グライス…!私がもっと早ければ…!彼女は…!」


 ガン!


 唇をかみながら己の無力感を飛ばすように拳をフェンスの持ち手へと叩きつける。


 そして一度息を吐くと、体を裏返して今度はフェンスに背中を預けて通信機を取り出した。


 ピピピ…


『はいはい、こちら南 眞人みなみ まひと、どうした?』

「俺だ、今セントラルタワーに居る、そっちは?」

『本当か?丁度いい、俺も今、徒歩で向かっている、誰か居たか?』

「さっき…一階に見えた、黒髪の少女らしき姿とシスター服が…」

『あぁ、そいつらと合流してくれ、俺もすぐに着く』

「…分かった」

『それじゃ』


「………なぁ…」

『…ん…?』

「…俺達は、どうすれば良かったんだ?」

『………分からないからこうなったんだ、だが希望が現れた、諦めるには早いぞ』

「…そうか、ありがとう」

『どういたしまして、じゃあ切るぞ』


 プツ…


「…………はぁ…」

 男は立ち上がり、袖で顔を拭くと

「…行こう」

 そう呟いて、この階で止まっているエレベーターへと乗り込んだ。





 ――エントランス一階廊下奥ドラッグストア


 スカスカの商品棚を暫く物色していたが、花蓮かれんが溜息をつく。

「…やはり無いですね、裏の方にもあるか探してきます」


 そういうと花蓮はレジを乗り越え、カウンター奥の扉へと入り、裏の方へと入っていった


 一方優奈はレジ前の床に敷かれた布にうつ伏せで寝転び、花蓮から貰ったスマホを弄っている。

「はーい」

 ゲームに夢中なせいか優奈は上の空で花蓮の言葉へ返事をした。



 画面の中ではゴリラの様な化物に襲われながらコインを集め、障害物にぶつからず出来るだけ逃げ続けるゲームをしている。


 ポチ、ポチポチ……ドワァ!! ゲームオーバー!


「あぁ!もう…!……40000点かぁ…」

(…というか、最高得点100000点なんだけど…博士暇すぎでしょ…普段何してるの…)

「……もっかい…」ポチ


 露骨にイライラしながら慣れた手つきでリトライボタンを押す。

 再びゲームが始まり、主人公が走り出し、色々なパルクールをこなしていく。

 先程よりも調子がいい、あっという間に10000点を超えた。

「…………」

 電車をかわす時よりもずっと真剣で集中している表情。

 周りには誰も居ない、少なくとも見える範囲には。


 ……ザ…


「!!」

 ドワァ!!

 遠くでうっすらと聞こえた一歩の足音、それが彼女の集中をかき消した。

 丁度エントランスの方面からこちらへと歩いてきている。


 ザ……ザ…!

(近づいてる?警戒してる様な感じも無いし……誰…? 博士?)

 ゲームオーバー 54000点と映るスマホを床に置き、うつ伏せのまま出来るだけ体を起こして入口の方を見る。


 入口に扉は無い、つまり通れば必ず目に入る。


 優奈も動けない訳ではない。

 普通に痛くて動きたくないのと、何となくだが敵である気配がしないから動いていないだけである。

「……」

 それにその足音から焦りや緊張ではない、少し弱々しい喪失感の様なものを優奈は感じていた。


 ザ…!

 気がついたら入口まで数歩の所まで来ていた。


 かなり近くなったせいか、うっすらとため息のような疲れきった人の呼吸音も聞こえる。


「……ゴクリ…」

 そしてついに…



 ザ…!!


「…!」


「……君…は…?」

 クラープと優奈の目が、お互いの姿を移した。






 ――数分後…


 ガチャ…

 カウンター奥の扉から箱を抱えた花蓮が出て来る。

「優奈さーん、塗り薬見つけましたよー…」

 オレナインと書かれた大量の軟膏を優奈が寝転がっていた方を見ようとすると


「…あ! ちょっと!何してるの!?」

 同時に店中に優奈の怒声が響き渡る。

「……え?」

 瞬間、花蓮の目に写った景色に彼女は凍ったように動きを止められた。



「今の障害物はしゃがんでからジャンプだってば!!」

「…難しいな…」

 見知らぬ男が優奈の隣で寝転び、ゲームを教えて貰っている謎の状況。

「……えーっと…?」

 花蓮は困惑を隠せない。

(……彼は?)


 理解が追いつかないが、とりあえず優奈のお尻に、見覚えのない上着が掛けられていた事と、ノースリーブのせいで横から丸見えなことだけは真っ先に理解出来た。

「…!」

 暫く呆然としてその光景を見ていると、男の方が花蓮に気付き、スマホを優奈に返して立ち上がる。


「…失礼、素晴らしいもてなしを受けていて気づけなかった、君達が彼、眞人の言っていた仲間というので合っているか?」

「……えぇ、まぁ…はい」

「私はクラープ、彼の友人の…友人だ」

「…友人の…なるほど…分かりまし「あれ? 博士は友達の元恋人って言ってたよ?」

「……」


「優奈さん…そういうのは…!!」

「…あぁ、いや…気は使ってもらわなくても大丈夫だ、元々互いに後ろ暗い事情があったからな、そうなる事は最初から理解していた」

「…分かっててお付き合いしたの? それくらい好きだったって事?」

「男女の関係は複雑なんですよ!! はい、お口チャック!」

 花蓮がすぐさま優奈の口を塞ぐ。

「むぐむぐぉ!」


「……ふっ…あぁ、その通りだ、私は彼女が好きだった」

「クラープさん!?」


「ぷぁ! ほら!やっぱり!」


「俺は彼女に心から惹かれていた、袂を分かつことにはなったが、それでも彼女の恋人で過ごせた短い日々は俺の中でも褪せない幸福だ」

「ほへー」

「すいません、うちの子が本当にすいません…!」ペコペコ


「ははは、気にするな、君くらいの歳であればそういうのが気になるのも理解出来る………だが短い間に多くを知り過ぎると人は残酷である事に慣れてしまう、知る事は力になるが、知らない事もまたこの世界を幸福に生きていく術でもある事を忘れないでくれ…」

「…私、難しい事、分かんない、おーけー?」

「………むぅ、何と言えばいいか…」



「要はあれだろ」

 入口から少し聞きなれた声が響く。

「…そのままの君で居てくれ(キリッ)、という事だろう」


 そこには


「あ、博士!!」

「やっほー」

 気だるげに手を挙げ、返事を返す眞人の姿があった。


 左腕が糸の切れた人形の如くだらりと肩から垂れ下がり、動いている右腕の方も袖と皮膚が破けて鋼鉄の義肢が見えている。

 それをまるで気にしないかのように店の中に入るとカウンターに腰を乗せ、ため息混じりに話し始めた。


「……俺はその意見に反対だがな」

「え?何で?」

「知らなくても幸せでいられる時代は終わった」


「…そうか、もうそれほど…」

 クラープの顔に曇りがさす。


「そうだ、だから今は繋げる事だけを考えろ」

「繋げる…?」

「そうだ、未来いまから過去みらいへ希望を繋げる」

「…それは、どういう…」


「コホン! それは後でお話しませんか? 長くなりますので、ささ、男性のお二人は外へ」


「何故だ?」

「優奈さんのお尻に薬を塗るんですよ、年頃の少女のお尻を見るのは…今の時代でもはばかられる事でしょう…?」


「そうだよ! 女の子のお尻を見るのは恥ずかしいんだよ!!」


「「…………」」


「「分かった」」


 僅かに感じた思いをぐっと堪え、男二人が店前の廊下へと立つ。




 暫くしてから、店の中で叫び声が轟いた。



「ふぎゅぎゃあああああ!!染みるぅぅぅ!!」

「動かないで!ズレちゃいますから!!」

「治った!!もう治ったからぁ!!」

「治りません!!人間の脆さを舐めないで下さい!!」

「何その説得ぅぅぅわぁぁぁああ!!」




「…あいつが言うと重みが違うな」

 眞人が懐かしむように微笑む。

「良ければ…彼女の生い立ちも聞かせてくれ」

「…そのうちな…今は…」


「てか軟膏じゃないのぉぉぉ!?何で染みるのぉぉお!?」

「先に消毒してるだけです!!我慢しなさい!!おしりペンペンしますよ!?」

「悪化するぅぅうう!!」




「…騒音が多くて話す気にならない」


「賑やかなのは、いい事だがな」

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Evil Hunters 〜IF〜 ヌソン @nuson

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