コスモスが見えるあの場所で、約束のコーヒーを飲みましょう。

夢月みつき

第1話「前世の記憶」

私は、あの人と約束したの。もし再会出来たら、あのコスモスが見える場所でコーヒーを飲みましょう、って。あの人は、まだ覚えていてくれるかしら?




白いレースとフリルの付いたワンピース。亜麻色あまいろのロングヘア―で、宝石のような青い瞳を持つ、彼女はまるで、フランス人形のような可憐な美しさだった。カフェの席の一角に座り、コーヒーを飲む仕草はとても、様になっていて



席に座る男性客達が、ちらちらと遠目で見ている。

彼女の名は、野々花ののはなかれん。二十二歳。

毎日、このカフェに訪れては、コーヒーを頼んで誰かを待っている。

しかし、閉店ギリギリまで待ち悲しそうな表情をして去っていく。

それを連日、繰り返している。もう、店員に顔を覚えられてしまうほどに。



彼女は、実は前世の記憶の持ち主で、転生する前に彼と、約束したこの場所でずっと、待ち続けているのだ。

「普通の人は、記憶なんて持っていないわよね。」

そう、少女のようなあどけなさの残る声でつぶやく。

かれんは、自嘲気味じちょうぎみに小さく溜め息を吐いた。

待っても無駄だと言う事は、彼女も充分に理解しているのだろう。



しかし、あの前世の約束の光景が、脳裏に焼き付いて離れないのだ。

この場所にコスモスは、もう咲いていない。とっくの昔に無くなってしまった。

しかし、奇跡的にカフェだけは、同じ場所で新しくオープンしていた。


前世のかれんと想い人の彼の二人は、その頃の家のしきたりで、結ばれることは決してなかった。

世を儚んだかれん達は、若くして、共に海に身を投げて心中した。

「ねえ、逢いたいよ。春明はるあき…。どんな形でもいいから」

かれんの瞳から、はらはらと悲しみの涙がこぼれる。


どうして、自分だけ、記憶を持って生まれ変わってしまったのだろう。

一度は、嘆き諦めようとした。

しかし、前世の記憶が、彼女の持ち前の負けん気と粘り強さが。それを許さなかった。



その日も、かれんはカフェに現れて一人、コーヒーを飲んでいた。

彼女は時折り、溜め息を吐かずにはいられなかった。


その時、一人の髪を金髪に染めた、感じの悪い男性がかれんに声を掛けて来た。

「彼女~、今一人~?」

男は、にやにや薄ら笑いを浮かべながら、かれんを嫌らしい目で見つめる。


(何この人。怖い)

彼女は、男に嫌悪感を抱いた。

「私には彼がいますので!」

強い口調で言うと、男は引くかと思いきや。かれんの目の前の席にどっかと乱暴に座って来た。




☆++☆++☆


かれんが、嫌がって懸命に目をそらしていると、黒髪の男性がかれんに向かって歩いて来た。

その男性は、一言。

「俺の彼女なんだけど。何か用?」

と男をぎろりと睨んだ。


「チッ、本当に男連れだったのか!つまんねえ」

男は、心底面白くなさそうに舌打ちをして、捨て台詞を吐くと店を出て行った。


「あの…助けてくれてありがとう。もう大丈夫です」

ほっとしたかれんは、男性に微笑を向けて頭を下げる。


黒髪の男性は、少し照れながら、困ったようにぽりぽりと頭をかいた。

片手に下げたレジ袋から、たくさんのコスモスを取り出し、かれんに手渡しながら熱っぽい視線で見つめる。

「ごめん。待たせたね。美紅(みく)。記憶が戻るのに時間が掛った」

彼の口から出た美紅の名は、かれんの前世の名前だった。


かれんは、はっとして勢いよく席から立ちあがる。亜麻色の髪が、さらりとなびいた。

春明はるあきっっ!」

もう、二人の間にそれ以上の言葉はいらなかった。

かれんと春明は、人目をはばからず抱きしめ合った。


ふたりは、輪廻を越えて、再び巡り合うことが出来た。

春明もまた、前世の記憶をある日、突然取り戻し。その日から毎日、コスモスを持ちながら美紅が待つであろう。この店を探していたのだった。



“コスモスが見えるあの場所で、約束のコーヒーを飲みましょう”

その二人だけの合言葉で、ようやく繋がったかれんと春明は今度こそ、離れないだろう。

もはや二人の間に、束縛などないのだから。

夕陽に映し出された、二人のシルエットが、幸せそうに重なった。



その後、かれんと春明の現在の名である園島健そのじまけんは、一緒に住み始めこのカフェでコーヒーを飲むようになった。

もちろん、コスモスを愛でながら。



-終わり-




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