『僕と同居するうつ野郎―うつとどう向き合うか―』
小田舵木
『僕と同居するうつ野郎―うつとどう向き合うか―』
一人暮らし。誰にも気を使わず済むこの暮らしを始めて8年になろうか。
僕は一時的に実家に帰った事もあるが、基本的には社会人としては独居を続けている。
27歳の時。僕に同居人が出来た。
うつとかいうヤツである。彼は24の時から僕の身体に身を潜めていたが、27歳になって、心療内科に行った時に現れ、僕の身体から分離したのだ。
彼は厄介な同居人である。彼は僕の気力を吸うことで存在を維持しているのだ。
「
「もう散々エサやったろ…シンドいんだよ。どっか行けよ」僕は彼に頼むが。
「お前の気力が俺の糧。お前がシンドいほど俺は元気になれる」
うつというのは生きる気力を削がれていく病気である。
ニューロンが
思考がうまくできなくなる。頭がぼうっとする。
僕はベットの上で寝返りをうち。枕の側に置いておいたスマホを手にし。動画サイトで柴犬や猫の動画を眺める。
気力が湧いてこなくても。スマホで動画を眺める事くらいは出来る。そして。それはうつへの対処としては有効だ。
放っておくとうつは僕の耳元で将来への不安やら生きる意義やらを
◆
うつは僕の身体に絡みつくのが好きらしい。お陰で僕の身体は重い。
うつっぽくなると。自分の身の周りの事すら億劫になってくる。
僕の部屋はゴミ屋敷寸前のレベルで散らかっている。月イチで両親が死んでないか確認に来るが、その度に片付けてもらう。情けない話だけど。
後は風呂に入るのが面倒になってくるのもうつの特徴である。
この季節だと身体が臭くなってくるが、1日我慢してしまうと慣れてくるから不思議だ。
「舵木ィ…舵木ィ…」うつは僕に絡みついて離さない。
うつに絡みつかれていると、腹が減らなくなるのも不思議だ。
僕は最大3、4日断食した事がある。風呂に入って食料を買うのが億劫になってしまったのだ。
僕とうつは同居生活をしているが。
彼は同居人としては最悪の類である。足を引っ張る事ばかりする。
さっさと追い出してしまいたい。僕はそう思ってる。だから病院に行って薬を貰っているが。
「うつってのは治らんぞ」うつの野郎は僕に囁く。
「…一生、お前のツラ見ながら生活せにゃならんのか?」
「そうだよ。うまくやっていこうぜ?」お断りである。
◆
うつへの対処。それは投薬がメインウェポンになる。
ここで僕の飲んでいる薬を紹介してみようと思う。
まずはデュロキセチン。サインバルタという商品名で有名な抗うつ薬である。
コイツはセロトニンやノルアドレナリンの受容体に働きかける。
セロトニンやノルアドレナリンは神経伝達物質の一種である。
ニューロンの発火には、ニューロンとニューロンの
うつになった人間はニューロン間の神経伝達物質のやり取りに異常が起きている。
ニューロンの発火には一定濃度の神経伝達物質が要求される。だが、うつになってしまうと、神経伝達物質が一定濃度まで高まる事がなくなる。ニューロンの間隙で速やかに吸収されてしまうのだ。
それをブロックするのが抗うつ薬の薬理である。神経伝達物質をキャッチする受容体に働きかけ、ニューロンの間の神経伝達物質の濃度を高めようとする。
雑に言うと興奮しやすくなる薬…という事になるだろうか。
次はアリピラゾール。エビリファイとして有名だと思う。
これは作用機序がよく分かってないとされる薬だ。一応ドーパミンの受容体に働きかけるらしいが。
お次はミルタザピン。商品名はレメロン、リフレックス。
セロトニンとノルアドレナリンに作用するが、一般的な抗うつ薬とは違う受容体をターゲットにしている。だから他の抗うつ薬との併用で真価を発揮する薬と言える。
僕の場合、メインウェポンのデュロキセチンを補助している。
最後に睡眠薬。エスゾピクロン。商品名はルネスタ。
こいつは非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬だ。ベンゾジアゼピン系はメジャーな睡眠薬だが、深刻な依存を呼ぶ恐れがある。だから僕としてはあまり飲みたくない。
なので非ベンゾジアゼピン系の本薬はありがたい存在だ。
睡眠を司る神経伝達物質のGABA受容体に働きかけ、睡眠をしやすくしてくれる。
以上の武器を僕は投与されている。
副作用がない訳ではないが、今のところはうまく作用してくれている。
僕は以上の薬を飲み続けている限りはうつにはなりにくい。
投薬をストップしてしまうと―あっという間に
◆
僕はうつになってから、うつ関連の本や心理学の本を読み漁った。
だが。参考になる本は一切現れなかった。
これはうつという病気の病態があまりに広いからである。
うつの患者が100人いれば、100の病態が現れうるのだ。
ここで僕の病態を描写してみよう。
僕のうつは。とにかく気力を削ぐ事が好きらしい。
僕はうつっぽくなると、なにもかもに虚無感を覚えるようになる。
どんな行動をしていても、そんな事をしても無駄だという想いが付きまとうようになる。
そして。死んでしまった方がマシ。辛くない、という思考を垂れ流すようになる。
これが働いている時に出ると最悪である。
日々の糧を得るために努力しているのに、そんな事をしても無駄だという想いで頭が一杯になってしまい。仕事の手が進まなくなってしまう。
自分でいうのも何だが、僕は本来働く事が嫌いではない。むしろ働き者な方だ。
だが。一度うつスイッチが入ってしまうと、日々のルーチンワークに耐えられなくなってしまう。
「働いたって…僕は…どこにもいけない」そんな想いが
これが進行してしまうと。
僕はベットから起き上がれなくなる。そして会社を休む羽目になる。
その行動が―さらに僕の憂うつ感を強める。
「ああ…会社にも行けなくなっちまったか」
僕はうつを根性論で語るのが大嫌いだ。これはある程度根拠がある話…と言うか抗うつ薬の薬理を知ったら、根性論でうつを語れなくなるはずだ。
うつとは。脳という巨大なブラックボックスの中身が故障する疾患なのである。
脳の器質性疾患。それがうつの本質だ。
だが問題は。脳みそが精神を産み出している事にある。そしてそれがうつという病気を分かりにくくしているような気がする。
僕はうつを精神論や根性論で語るのは大嫌いだが。
確実に言える事がある。うつになりやすい、うつを呼び込みやすい思考形態は存在すると。
それは。生真面目であることだろう。人生と自分に手を抜けないヤツはうつにハマりこみ易い。
うつにならないようにする為の攻略法。それは生真面目でなくなり、他責的になることだと思う。
要するに自分を責めることなく、全てを自分の外の物事のせいにすれば良い。
これを実践しているヤツは案外に多い。
僕はうつになる前に在籍していた職場である先輩に嫌われていたが。彼は他責思考の達人であった。自分は責任を負わず楽なポジションに安住しながら、責任を持った人間を馬鹿にし、罵倒していた。
僕は彼が大嫌いであったが、ある
あれだけ自分を可愛がれるヤツも珍しい。歪んだ自己愛だが。確実にうつにはなり辛い。
僕は自分が嫌いである。自己愛がない訳ではない。だが。自分が要求するレベルの人間ではないから愛せない。
そう。僕の自己像は歪んでいる。僕は僕の能力でなれる訳のない自己像を要求する。
だから、自分が愛せなくてうつっぽくなり。更に惨めな姿へと転落していく。
こういう思考の罠にハマりこみ。溺れやすいのがうつだと思う。
心理的な穴がたくさんある思考を抱え、その上脳には故障がある。
最悪の組み合わせである。
◆
僕はうつになりやすい思考として『生真面目さ』を上げたが。
僕は真面目な人間ではないうような気もしている。
僕はうつを理由に社会を遠ざける怠け者だと思うのだ。
それにそんなに神経質な性格もしていない。部屋が多少ちらかろうが気にもしないしね。
だが。僕は僕自身の精神にだけは妙に厳しい。もっと適当に自分を評せるようになれば楽なのだが。
僕は―自己愛が強いと思う。プライドが高いのだ。
こんな人間では、うつになるような人間では、ないはずだ。こんな思考が自己嫌悪の底にあるのだ。
これだから嫌になる。現状はうつでデブのニートなのに。自分は出来る人間なのだと勘違いしているフシがあるのだ。
僕はやれば出来る子と評される事が多い。適当な褒め言葉がない人間に向けられがちな言葉だが。
実際。引きこもり専門団体にいる頃から。やる事はやってきたつもりだ。
就職だって自分でどうにかしたし。就職先でもパートから社員まで登り詰めた。高校中退というド低学歴であるにも関わらず。転職してからも他業種からの移り者としては早々と責任あるポジションに就いた。
…だが。僕は頑張れば頑張るほど、虚無的な思考につきまとわれる。
「頑張ってるらしいな?だが。お前は高校中退のド低学歴で、人生の負け組なんだよ。頑張ろうが無駄なんだ」うつ野郎の囁き。
僕にはコンプレックスがある、
それはド低学歴である事だ。これ自体は不登校を続けた僕の責任なのだが…働いて忙しくなるとそれを忘れがちになる。
そして。頑張って
では?それを解決すればうつは何処かに消えてくれるのだろうか?
それは違うだろう。僕はたとえ。13年前の冬に大学受験をしっかりこなし、大学に行ったとしても、うつになるのは間違いない。なにせ脳みそが故障しているし、プライドが高い。上を見る思考が身に付きすぎてしまっている。
上を見る思考にキリがないのが僕の思考の特徴かも知れない。
欲が深いのだ。
僕は現状で手にいれられるモノ以上を要求するが、努力してそれを手にいれたとしても、更に上を望むだろう。
…こうやって分析していると。いかに自分が醜い人間なのかを実感する。
そして醜さを自覚している事にプライドを抱いてやがる。
◆
僕はうつと暮らしている。最近、彼は遠くの方でぼんやりとしている。
それは文章を書くというリハビリを日々のルーチンに組み込んだお陰だ。
うつは日々のルーチンワークを阻害する。家事とか風呂とか。
僕は文章を書く為に乱れた睡眠を整えた。毎日、夜中の1〜2時には目覚める。
そして、PCを起動し、テキストエディタとブラウザを立ち上げて。
何かしらの文章を書く。それは小説であったり、エッセイであったりする。
文章を書くという作業はかなりの集中力を要する。だから最初の方は辛かった。
だが。とりあえず我慢して書き続けた。最初の方は5000字書くのがやっとだったが、最近はマックスで10000字書くことが出来る。そしてそれは物語の
僕はこの文章をかけるようになったプロセスの当事者だが…どうやって回復したのかを詳しく描写することは出来ない。ただ。毎日PCに向かい続けて。読んでくれる読者様を糧にしながら書き続けた。
お陰でここまで回復出来た。付き合ってくれた読者様には多大な感謝の念を抱いている。
◆
僕はそろそろ就職せなばならない。
ここで課題になってくるのはうつ野郎との付き合い方だ。これは火急の課題である。
さてさて?どうしてくれようか?
投薬と通院はマストだとして。そこに何を足していくのか?
僕は考える。文章を毎日書くリハビリは―就職したらできなくなるだろう。今は暇があり。文章を書くことしか出来る事がないから継続しているだけなのである。
だが。文章を書くという行為は僕の精神にかなりの貢献をしている。
これを手放すのは惜しい。
…僕は一年半前に社会復帰を図った。派遣の仕事をしてみたのである。
その頃には文章を書くことが習慣づいていたから、週末にまとめて文章を書いていた。
その文章は『自動人形シリーズ』の
当時の僕は完璧主義で、完成を見るまではその作品をカクヨムにポストしなかった。
これが良くなかったように思う。
僕は誰にも見せるアテのない作品をシコシコと書き続けた。その間に残業もかなりしていた。
そうして。僕は病むことになる。いつもの虚無思考が僕を満たしてしまったのだ。
そして今の現状がある。猛烈なうつに半年弱ほど
僕は今年の1月までは死んでいた。精神的に。
『自動人形シリーズ』を書き出すまで精神的なリンボに迷いこんでいた。
僕は『自動人形シリーズ』を書き終えた後もカクヨム活動を続けた。
だが、半分病みを負った僕は。4月にまた故障することになる。
「こんな文章、書き続けて何になる?何故就職しない?」僕はその頃は就職活動をサボり、文章を書く活動に専心していた。
7月末まで病んた。
だがある日。
今はハローワークにぼちぼち通うという社会復帰活動をしながら書いている。
極端さがなくなったのだ。
お陰で今では「こんな文章書き続けて何になる?」という想いまでには至らない。
「文章を書くことはリハビリで、この先の人生に活かすモノなのだ」という想いで書いている。
…僕の精神は極端らしい。
ここまで書いてて分かった事だ。
僕は集中すると周りが見えなくなるタイプだ。そしてそれは仕事や文章を書く姿勢にも現れるらしい。
仕事をする時は仕事しか見えない。文章を書く時は文章しか見えない。
そしてその物事で自分を計って値踏みしてしまう。その上で上を見出せばキリがない…
ないものねだりの無能。それが僕に押されるべき烙印だ。
ええっと…これからのうつ野郎との付き合いを考えていたはずだ。
文章がズレてしまった。
さて。どうするか。
極端さやコンプレックス、上昇志向…これらの厄介とどう付き合っていくのか?
一番早いのは僕がバカになることだと思う。
これらの面倒思考の言うことを聞かず、能天気に暮らすのだ。
ケ・セラ・セラ。なんくるないさー。そんなお気楽スタイルに乗り換えるのだ。
だが。これは言うは
バカになるのにも頭は要る。矛盾したことを言うようだが。
一見バカに見える人はかなり賢いと思う。
バカになるためには徹底した自己分析が必要だと思うのだ。
自分の思考を把握した上で、敢えて自分の欠点を気にしないようにし、明るく振舞う…これを才能と言わずに何というのか。
僕は
そして思考の罠をたくさん持っている…
こうやってエッセイを書くとこういう事が思いつけるから良いなあ。
◆
…俺はバカになる!!某海賊のような決心を固める。
僕は。この同居しているうつ野郎に正面からは向き合わない。
何故か?正面から向き合っても勝ち目はないからだ。
うつ野郎の正体。それは―僕自身だから。
「俺は
「そして僕は僕の能天気な部分さ」僕は
「果たして。お前は俺を振り払えるかな?」
「薬とバカでなんとかしてみるさ」僕は虚無野郎の目を見ながら言う。
「お前は―何にもなれないぞ?」
「その手には乗らん。何が何にも成れんだ。当たり前だろうが。俺は俺でしかあり得ん。そういう風に生まれてきたのだ」
「…俺を否定するのかい?」
「俺はお前と向き合わん。どうせ死に引きずりこむだけだから」
「俺はお前と共にあり続けるぞ」
「ああ。着いてこいよ。お前を人生の終わりまで引きずり回してやる。笑いと共にな!」カッコつける僕。
…しょうもない小芝居をしてしまった。
僕は僕なりにうつと戦う。
その戦いは一生に渡るだろう。なにせ相手は僕自身だしね。
だけど、もう負けはしない。相手を
バカでいれば。小賢しいうつ野郎は黙りこむだろう。
◆
『僕と同居するうつ野郎―うつとどう向き合うか―』 小田舵木 @odakajiki
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