待ちきれず煮えきれず
株式会社太陽
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待ちきれず煮えきれず
早くこの感情から抜け出したい。
新しい感情を体の中に宿わせてみたい。
そんなことを僕は床に着きながら思っている。
僕には好きな人がいる。単刀直入に、純粋潔白に。
容姿は万人受けするものではない。中学2年生と扱われても不思議ではない小振りな身体。クラスの中では謂わゆる一軍に属するような立場ではなく、数人の同じような性格の人たちと仲良くわいわいやっている印象。やっていることは面白い。隠れた人気者と言っても過言の印は無い。インスタは普通にやっている。ストーリーも頻発にあげる。そんな人。そんな人に昨年十一月に出会ってから幾度と会って会話をして同じ時を重ねたり同じ情緒を味わってきたりしたせいなんだろうけど僕は彼女が好きになった。
・なんだこの人と思った十一月。
・対面を初めてした十二月。
・友達として関係が良好になった一月。
・感情が揺らぎ始めた二月。
・これって好きなのかと思い始めた三月。
・階段を上るように気持ちが昂っていった四月。
・ああもう好きなんだと悟って告白したいと思った五月。
・いつになったら告白できるんだろうと思いながら息をした六月。
・五月から続く僕の中の雰囲気に先が見えなくなってきた七月。
・何か起こるはずと信じていた八月。
・何もなかった数ヶ月に苛立ちと悲壮感が纏っている九月。
今はその九月。なんだかんだ言って出会ってから半年は過ぎ一年も間近になっている。なんか雲行きが怪しいんだ。
三月に彼女と一緒に映画を見に行ってから彼女は少し僕に対する素振りを変えたような気がする。
例えば廊下ですれ違っても特に目を合わせることは無くなったし、自転車置き場まで一緒に行くことも無くなった。インスタやラインでのやり取りも減ったような気がする。相手にしては大きな変化じゃないかもしれないけど僕にとっては大きな変化だ。例えれば英語の教師が緩く授業をする先生から無駄に空気が張り詰めている先生から変わるような感じだ。
僕は布団に入って意識が没するまでの間に毎晩のように彼女のことを考えている。今日は会わなかったとか、今日は目線を合わせずにすれ違ったとか。暗い部屋の中、エアコンの風を出す音を傍にそんなことを考えている。
早く告白したいということもその一つだ。五月からこの沼にいるような感情を抱えて生きているがはっきり言って落ち着かない。腹の中に漬物石を入れているような気分だ。この感情が僕はそろそろ嫌になってくる。だからそろそろ告白したいんだ。体の中に溜め込んでいるものを吐き出して彼女の本音を知りたいんだ。
そこまで言うんだったらとっとと言えって思うでしょ。「好きです。付き合ってください。」って。僕も早く言いたいけど少し戦略のようなものがある。
なにかって、直接口で言いたい。ラインやインスタは以ての外だし電話も嫌だ。手紙もいかん。彼女の目を見ながら直接言いたいんだ。どこかの誰かが言った「原点にして頂点」に従って。どんな台詞になるかはわからないけど、とにかく。
だから頻繁にカラオケに誘ってるんだよ。一緒に行かない?って。前みたいに行こうよーって。だけど彼女は台本に書いてあるかのように友達と遊ぶからとか部活があるからとかお金が無いからと言って拒ってくるんだ(ちなみに昨日も三連休のどっかでどう?って誘ってみたけど断られた)。最初はその理由を真っ直ぐ信じてたんだけどそろそろ疑い深くなってきた。疑いたいわけでもないし、疑いたくないんだけど疑ってしまうんだ。疑うために仕向けられているとも思える。そしてそんなことを考えると僕は彼女に実は嫌われているんじゃないかと思ってしまう。とっくの前から僕に拒絶反応を起こしていて顔すら見たくない、みたいな。
でも彼女は僕のことを嫌っていない、むしろ好感を抱いんているんじゃないのかと思う節がいくつかある。
具体的に言えばインスタのストーリーに一、二週間に一回はDMで反応してくれたり、四月の僕の誕生日を祝ってくれたり、七月の彼女の誕生日を僕が祝ったらありがとうと返してくれたり。お前の気持ち悪い稚拙な妄想だと思うかもしれないけどでも僕は感じるんだ、何か言葉にできないものを。僕にとってこの体験は生まれてはじめてなんだよ。
そういえば七月に一度駐輪場で目を合わせてからは一度も会っていない。見てすらいない。まるで別次元に彼女だけ飛ばされたような。あるいはその逆。彼女の黒と茶を足して2で割ったような色の少しもやっとした髪や少しふっくらした両脚を見ていない。
まるで僕の彼女に関する運命のように。いやでも、希望はあるはず。人生って運命を打ち破るためにあるんでしょ。「運命」と書いて人生と読むんじゃなくて破壊と読むんでしょ。
次はいつ会えるかな。明日は会えるだろうか。会えても会えなくても特に世の中へ影響は無いけどでも会いたい。生産性とか社会貢献とか国家予算とか新作映画とかに一切関係ないけど会いたい。いや、むしろそういうのが恋っていんもんじゃないのかい。
この先で僕と彼女の狭間がどのような場所に行くのか僕は知らないけど、とにもかくにもとりあえず。
僕は運命に迎合したい。
九月。夏休みが明けた倦怠感を患っている雰囲気が学校全体に纏っている。そりゃそうだ。夏休みが40日あっても10日は補修。週5で部活。それと世の中で一番いらないお土産と称するべき代物、課題。こんなんに時間を潰したら夏休みなんて足らない。そもそも休みと呼称してるのに実質休みではないじゃないか。休みぐらい休ませてや。
授業も終わって下校時間となった頃の職員室付近は生徒と先生で溢れている。割合は4対1程度。ほとんどは未提出もしくは再提出の課題を出すため。担当の先生の席が分からず探しているもしくは怒号を鳴らされるのを予期して物怖じしている。
僕は例外。昨日係として出すはずのクラス全員の公共の課題を今更出しに来たのだ。職員室前にある課題置き場にそれを恐る恐る置いて僕は帰ろうとした。
伏線は無く、あった。目の前にいた。彼女がいた。彼女が二十何人もの人の中に紛れ込んでいた。その光景はまるで岐阜県の揖斐川町あたりにありそうな限りなく広がる田んぼの先の山に虹がかかっているようだった。何もない殺風景に突然価値が湧き上がるようなそんな雰囲気が醸し出されていた。遠目から見る限り彼女の髪が全体的に伸びていた。特に前髪の両端の髪の毛(おくれ毛って言うらしい)が存在感を増していた。まるで果樹園にあるいちごが大きくなるように。後ろの髪の毛も相も変わらず垂れ方が僕の体の一片も余すことなくちくりと震えるように刺激した。
彼女は僕に気付くことなくどこかへ立ち去った。
帰ってから気づいたけど彼女は制服じゃなかった。部活のシャツだった。明るい緑で「ソフトボール部」と背中に達筆に書かれた服。初めて見た格好。僕が彼女のことを虹のように見えたのはそのせいかもしれない。
今日は書けるかもしれない。僕はそう思って久しぶりに日記に彼女への想いを書いた。ボールペンで流れるように思いつく限りのことを。こんな感じのことをするのは3回目くらい。寝る前によく書くんだ。20分程かけて4ページにわたって書いた。この内容を「綺麗事」と扱うかもしくは「腐敗物」と扱うか。それは彼女の僕に対する思い次第。
インスタを見ると彼女はストーリーを上げていた。中学の知り合い?の男の子をメンションする内容だった。
僕の頭に一筋の線が入るような感触がそこにあった。
待ちきれず煮えきれず 株式会社太陽 @sr4619Ct
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