第2話 凄腕ナンパ師みたいな明寧と紗彩

 席に戻ると、その短時間で何があったのか、美佳はかなり酔いが回ったらしく絡み酒になっていた。


「おっかえりなさぁい!」

「はい、ただいま。田口さん大丈夫?」

「だいじょーぶです。辻本さんは時間大丈夫ですかぁ?」


 少々呂律は怪しいが、まだ一人で帰れそうだ。紗彩はほっとしつつ、彼女の面倒を見る。さりげなく彼女が好きそうなノンアルカクテルを注文し、飲み物をすり替えた。


「飲み会だって伝えてあるから問題ないわ」

「迎えに来てくれたりしてぇ」

「お願いしたら来てくれるかもね」


 まるで子供みたいだ。美佳はけらけらと笑いながら飲み物を一気に飲んだ。


「よっし、私、辻本さんを酔い潰すまで飲みますよ! さっ、先輩もちゃんとお酒飲んでください!」


 お酒を飲ませるタイプの絡み方は初めてだ。紗彩は新鮮な気持ちで対応した。そこまではよかったのだが。


「辻本さんが羨ましい。私、もっと彼に構ってほしい。どうやったら構ってもらえるようになります? 性格? やっぱり彼の性格の問題なの??」

「わぁ、すごく酔ってる」


 詰め寄られ、紗彩は周囲をちらりと見回した。他の社員は他の社員で盛り上がっている。似たような状況の人もいる。あ、目が合っちゃった。紗彩が小さく黙礼すると、向こうも黙礼してくれた。

 お互い酔いにくいと大変ですね、と視線だけで会話をする。


「辻本さん、聞いてます?」

「聞いてる聞いてる。構ってほしいなら、さりげなくくっつけば良いと思うけど。視界に入るようにしてみたり、構ってもらいたい分、逆にこっちから構ったりとか、そういう相手の視界に入る努力からじゃないかしらね」

「それって高度なテクニックすぎません!? 無理矢理視界に入っちゃ駄目なんですよね?」

「ま、まぁ……やりすぎると却ってウザく見えると思うし」


 適当に答えたら美佳がぐいぐいと圧をかけてくる。ちょっと面倒になってきたな、と紗彩はこっそりと思う。


「さりげなく視界に入るって、何をするんですか! 突然ムーンウォークするとか!?」

「ごめん意味が分かんない」


 ムーンウォークなどしたらむしろ目立つではないか。酔っぱらいの思考は恐ろしい。


「一緒に住んでいるわけじゃないからデート中に実行しろって事ですよね? 無理! 無理です!」

「デート中じゃなくてもムーンウォークは無理かな……」


 強い。それだけ恋人に構ってほしいと思っているのだろうか。紗彩には理解できない世界だ。


「あれ、紗彩じゃん」

「えっ?」

「はい?」


 背後から声をかけられる。聞き覚えのある声に振り返る。道理で聞き覚えがあるはずだ。さっきトイレで話しかけてきた女性である。


「紗彩、今日はここで飲んでるの」

「あ。明寧」


 アーモンドアイを細め、にっこりと笑う明寧がいた。突然割り込んできた見知らぬ人間を目にして美佳は口を閉じた。酔っぱらっていても正常な判断はできるのか、ただ驚いているだけなのか、彼女の様子は視界の外にあるせいで分からない。


「いつ終わるの? 久しぶりにこの後飲もうよ」

「えっと、もう少しで九時だから、そろそろ終わるかも」

「じゃあ決まりね。こんばんは、初めまして。紗彩の友人です」


 紗彩が時間を確認しながら言えば、勝手に話を進められる。いや、紗彩もそういう流れになるような返事をしている時点でではないか。


「は、はじめまして。辻本さんの後輩ですー」


 勢いを失ったせいか再び呂律が怪しくなった美佳が大きくお辞儀するのが視界の端に入った。


「これからこっちはお会計なんだけど、済んだら解散までお邪魔しても良い? 飲食はしないから」

「良いですよぉー!」

「ありがとう。じゃあすぐ戻ってくるね」


 流れるようなスマートさで美佳の了承を得て去っていく。レジに向かっていった彼女を見送った二人は顔を見合わせた。


「先輩のお友達も美人さんですね。羨ましい」

「今日は何でも羨ましい日なのね……」


 紗彩へと向ける憧れとはまた別の色を含んだ目で、美佳は明寧が消えていった通路を見ている。それは明寧が戻ってくる瞬間を見逃さまいとしているようだった。

 彼女はすぐに戻ってきた。小さめのリュックを肩にひっかけているのが様になっている。


「ただいま。あれ? 後輩ちゃんは私の事を待っててくれたの? 可愛いね」

「あっ、私、田口美佳って言います!」

「そう。美佳ちゃんね。名前も可愛いね、似合ってる」

「ひゃぁ、明寧さんかっこいい」

「そりゃどうも」


 紗彩は目の前で起きている光景に、目を瞬かせた。後輩がナンパされているように見える。それも同性に。明寧は不思議な人物だ。さらっとその人その人が警戒心をなくすように話しかけ方を使い分けている。

 瞬時にそれができるというのは、すごい洞察力である。紗彩には一生できそうにない。

 紗彩がよく分からないままに、初対面の人間と連絡先を交換してしまったのは、紗彩がうかつだったからでは決してない。彼女がするりと入ってきてしまうのだ。強引ともとれる行動も含まれているが、それを相手に思わせないのもすごい。

 既に美佳は明寧との会話に花を咲かせている。


「紗彩、こんな可愛い後輩の話は聞いていないよ?」

「え?」


 紗彩が不自然に会話から抜けないようにという気配りも忘れない。紗彩の表情を読んだ明寧が会話を広げてくれる。


「もっと早くに教えてくれれば良かったのに」

「ごめん。ほら、私ってばあまりオフでは仕事の話しないから」

 肩をすくめながら言えば、昔からの友人であるかのように彼女は振る舞う。

「愚痴じゃなくても、ただの雑談でも私は嬉しいんだけどなぁ」

「そういうのは今度ね」

「あ、逃げた。いつもそうなんだから。美佳ちゃんもいろんな話を聞きたいよねぇ?」


 美佳は完全に明寧を紗彩の親友だと勘違いしているらしく、きゃいきゃいと笑っている。


「わたしもぉ、いっぱい聞きたくて、いっぱい質問しちゃうんですー! 

 聞かないと教えてくれないんだもーん」


 ……普段から質問責めにしてくると思ったら、そんな思惑があったとは。紗彩はもう少し自分の情報を小出しにするという工夫が必要だと悟ったのだった。


「そろそろお開きでーす!」


 幹事の号令で全員が動き出す。美佳もゆっくりとだが帰り支度を済ます。


「じゃあ先輩、橘さん、お疲れさまでしたぁ」

「気を付けて帰ってね。また来週」

「お疲れ様ー」


 彼女が駅の中に吸い込まれていくまで見送った二人は、どちらからともなく互いの顔を見た。


「じゃあ、これから親睦会といこうか」

「うん」


 この後もやはり、紗彩は一度も明寧の事を強引だと思わなかった。

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書類不備です。(カクヨム版/BL) 魚野れん @elfhame_Wallen

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