番外編2:紗彩と明寧の出会い
第1話 紗彩、飲み会で女性にナンパされる
「
興味津々といった風に話しかけてきたのは後輩の
後ろめたい事が一切ない紗彩が彼女の質問に頷いてみせると、美佳はきゃぁっと黄色い声を上げた。
「辻本さんの彼氏さんってどんな人ですか? 辻本さんみたいなパーフェクトな彼女に似合う人ってスパダリ系だったりします?」
この性格に似合わず、あまり酒が飲めないらしい美佳は、カシスオレンジを飲みながら質問責めを始めた。
「どうかな? かっこいい方だとは思うけど」
「うわぁ、美男美女カップルですか、羨ましいぃー!」
テンションの高い美佳を前にしてしまうと、普段はかわいい系の紗彩ですらクールになってしまう。
これってあれね。自分より動揺している人がいると冷静になるっていうのと同じだわ。紗彩はこの状況を冷静に捉えながらチャイナブルーを飲んだ。
本当はマリブサーフが飲みたかった。この店で出される似た色のカクテルはチャイナブルーだけだった為、紗彩は仕方なくチャイナブルーを選んだのだ。
恋人には、色でカクテルを選ぶのがおもしろいと言われている。もちろん紗彩だって普通は味で選ぶものだと分かっている。しかし、色で選んでも良いじゃないかと紗彩は思っている。
澄んだ青い色の液体を見て心を安らかにさせ、テンションの高い美佳の相手を続ける。
「私の事を羨んでるけど、田口さんはどうなの?」
「私ですか? フツメンですよ! 憎たらしいくらいに普通!」
不満そうな口調の割には、彼を思い浮かべているのか口元が笑んでいる。美佳の可愛らしい一面に紗彩は少しだけ羨ましく思った。
――恋人の
お互いに向上心の塊で、私生活も何かしらのスキルアップに費やしている事が原因だろうか。紗彩から見ると、どうにも彼はまだまだ己を高めてから結婚したいと考えているようでならない。
もちろん、能力が高いに越したはない。それには同意する。良くも悪くも、紗彩と浩和は似ているのだ。だが、しかし。
「普通すぎてつまらないかなって思う事もありますし、やっぱり何でもできて見栄えも良い恋人って憧れがあるんですよ!」
「そんなものかなぁー?」
紗彩は首を傾げた。何でもできて見栄えの良い恋人、確かに浩和はそれに当てはまるだろう。だが、だからといってそれが幸せに直結するわけではないのを紗彩は実感していた。
「でも実際、その要素さえあれば何でもうまくいくとは限らないよ?」
「えっ、ちょっと先輩変なフラグ立てないでくださいよ!?」
美佳はぎょっとしたらしく、挙動不審だ。紗彩と浩和の関係がうまくいっていないと捉えたのだろうか。
「変なフラグが何かは知らないけど、私達の仲は良好よ」
「よ、良かったぁ……」
「ふふっ」
大げさにジェスチャーまで交えてほっとしたと表現する彼女がおもしろくて、紗彩は笑う。きょとんとした彼女は、すぐに口を尖らせた。
「ああっ、私の事からかったんでしょう!」
「田口さん、あなたの恋人がどんな人かは知らないけど、私にはあなたが幸せそうに見えるから大丈夫」
そう言ってにっこりと微笑んでやる。実際、彼女はよく彼氏の事を口に出す。その内容はいつも可愛らしいと思えるエピソードばかりだ。
紗彩の勘が当たるならば、おそらく美佳はそう遠くはない未来にゴールインするだろう。羨ましい事である。
「ごめん、ちょっとお手洗い」
「いってらっしゃい」
急に置いていかれたような気分になり、紗彩は席を立つ。こことは違う空気を吸えばすぐに落ち着くだろうと思った。自分の恋人はすごい。何でも前向きに挑戦するし、仕事の愚痴だってほとんど口にしない。
むしろ持ち前のポジティブシンキングでチャンスだと、そう言いながら飛び越えていってしまう。
同棲を始めた途端、どこからか料理教室を探してきて一緒に通おうと誘ってくるし、紗彩がカクテル好きだと知るやいなや、自分もその知識を取り込み始めた。いつの間にかバーテンにでもなるのかと思うくらいの知識を詰め込んでしまっていた。
できない事はないのではないか。前向きすぎて、少しだけ紗彩も引いている。だが、それは全て紗彩の為でもあるから、そうは言っていられない。
本当に、浩和は紗彩には過ぎた彼氏なのだ。そこまでしてくれる割には、結婚の申し込みはないけれど。
「はぁ……」
一人になり、静かなトイレへと逃げたところで思考は切り替わらなかった。紗彩は溜息を吐き、鏡に映った自分を見つめた。低めの身長に甘めのマスク。ミルクティー色に染め、巻いてもらった髪。浩和に似合うよう、日々精進している。
メイクは甘ったるくなりすぎないように、眉の形やフェイスシャドーの入れ方に気を使っている。そうしてガーリーな雰囲気の服装でバランスを取っていた。
「溜息ばかりだけど、何か困った事でも?」
「え?」
背後から話しかけられ、鏡越しにその人物を見る。すらりとした身長の高い女だ。
「ごめんね、困っているなら力になりたいと思っただけなんだ。飲み会の席って、色々あるじゃない?」
アーモンド型の目は色のついたコンタクトレンズをしているらしく、明るいベージュ色をしている。髪はダークブラウンでアシンメトリーなショートカット。真っ直ぐ伸びた鼻筋が、彼女を凛々しく見せている。
やや薄めの唇は小さく弧を描いており、紗彩に不審がられないようにとの気遣いが見える。
今までにないタイプだ。紗彩はそんな感想を抱いた。
「あ、その。困ったと言うか……少し疲れちゃって。だから大丈夫です」
鏡越しに会話を続けるのは失礼だ。紗彩は振り向いてから口を開く。
「……そう。なら、これ以上は追求しないでおこう。その代わり、連絡先を交換しない?」
「え??」
「私は
「……辻本紗彩です」
首を傾げている間に連絡先が交換される。彼女はふっ、と笑いを漏らした。
「紗彩。多分近くの席にいるから、困ったら呼んで。連れ出してあげる」
「……は、はぁ」
これが異性だったらナンパだ。そんな事を頭の片隅で思いながら、紗彩は彼女が立ち去るのをぼうっと見送った。
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