第4話 血の繋がりに思いを馳せる
マッシュルームだけでは少ないな。他に何かあっただろうか。千誠はマッシュルームを取り出しながら冷蔵庫の中を覗く。マッシュルームは傘にバターを乗せて焼く予定である。もし作るなら洋食系が良いだろう。
簡単なところで言えば、目玉焼きやオムレツだろうか。焼きマッシュルームの準備を進めつつ、先ほど覗いた冷蔵庫の中身を検討していた。目玉焼きよりはオムレツの方がボリュームがある。
あとは手軽な何か……視線をずらした先にアボカドがあった。
金曜日に浩和と祥順がやってくる事になっていたから、普段は買わないそれを仕入れていたのである。アボカドとトマト、レタスをサラダにすれば食べ応えのある一品になるだろうか。コブサラダ風というわけだ。さすがに鶏肉はないが、ベーコンならばある。
何とか体裁は保てる。よし、と千誠は思い切ってオムレツとコブサラダもどきを作る事に決めた。
「ヒロ、悪い。少し手伝って」
「もちろんっす!」
元気よく立ち上がり、テーブルがガタリと揺れる。衛茂の慌てる姿を背景にして駄犬はすぐにやってきた。
「マッシュルームの様子見てて。良さそうなら皿に取り分けてくれ」
「分かりました」
「俺はこれからざっくりとコブサラダ作る」
「へっ!?」
寛茂の驚きに半眼するが、気持ちは分からなくもない。普段買わない上に、食べる時はだいたいが醤油とわさびをつけた刺身スタイルだ。
きっと寛茂の中で千誠の作るアボカド料理はアボカドの刺身のイメージしかないだろう。
「栗原さんのコブサラダ……!」
「マッシュルームは焦げすぎないようにな」
興奮のあまり失敗してしまいやしないだろうか。隣ではブツブツと何やら寛茂の興奮の呟きが漏れ聞こえてくる。少々不安になりながらレタスをちぎり、トマトをダイス状にカットし、アボカドも似たように切っていく。
それらが終わるタイミングでマッシュルームが焼け、寛茂が皿によそってテーブルに運んでいった。
「あ、そのマッシュルーム摘んでいてください。すぐにサラダとオムレツを用意しますから」
「お先にいただきます」
行儀の良い声に次いであちっと小さな悲鳴が聞こえる。寛茂と千誠は顔を見合わせて笑う。
「ヒロ、ベーコン焼いて」
「はい!」
適当に切ったベーコンをフライパンで焼いていく。マッシュルームとは違った香ばしい油の匂いが立つ。マッシュルームを焼いていたフライパンに残ったバター液と追加のバターを使ってオムレツを作る。
一つ目を作り終える頃には、ベーコンが良い具合の焼き目がつき始めていた。
「ベーコン焼くのやめてオムレツ運んで」
元気な返事をしながらオムレツを皿によそって移動する。千誠はその間にコブサラダ用のドレッシングを作った。いくつかの調味料を混ぜて作ったそれを戻ってきた寛茂に渡す。
「サラダの盛りつけ頼む」
「任せてください」
きりっとした顔に片方の口角だけを上げて格好付けてみせる彼に微笑みを送り、残りのオムレツ二人分を作っていく。
千誠との生活が長くなってきた寛茂は、どうしてそれをしてほしいのか、自分の行動の間に千誠が何をするのか、そういった事を口にしなくても理解してくれるようになった。
それはとてもすばらしい事だ。口に出さなくても意志疎通ができるなんて、社内ですらおしどり夫婦とからかわれるくらいに突き抜けた仲の良さを見せつけてくる祥順と浩和のようではないか。
あの二人が羨ましいと思った事は何度もある。千誠の中で理想のカップルである彼らに少しでも近付いていると思うと、自然と口角が上がってしまう。
「オムレツできたが、そっちも良い感じだな」
「へへ、俺だってできるんですよ」
「知ってるよ」
肩を軽くぶつけながら笑えば、遠くから咳払いが聞こえてきた。
「二人が仲睦まじいのは喜ばしいが、せっかくだから早く一緒に食べたいです」
変な日本語を使いながら頬を染めた衛茂が、片手を上げて主張している。やり取りを中断させるのが申し訳ないと思っているらしく、眉尻が下がってしまっていた。
「あ、すみません。すぐ行きます」
無駄な心配や気遣いをしなくて良いと分かってから、千誠の態度は少しずつ雑になり始めていた。短時間でも分かるほどの人の良さに、千誠の猫は警戒心を薄めてしまったのだ。
千誠は距離感が大切だと自分を窘め、外向けの笑顔を繕った。
「マッシュルーム、こんなにジューシーなのは初めて食べました」
「傘をひっくり返して器にすると、うまみが逃げないので美味しいんですよ。是非奥様にもお伝えください」
「たったそれだけとはなぁ……」
オムレツを作っている間に冷え始めてしまった最後のマッシュルームをつつき、名残惜しそうに口へ運ぶ。
「椎茸など、他のキノコもそうですよ」
「んっ、んあだほれ!?」
「親父、恥ずかしいよ」
オムレツを口にした衛茂の変な悲鳴に寛茂が呆れ声を上げる。千誠達を待っていたのに気付き、どさくさに紛れて衛茂用に最初に渡したオムレツと最後に作ったオムレツを交換しておいた。
恐らくぬるくなってきていると思って口に入れた結果、思いの外熱いオムレツに驚いたのだろう。逆に悪い事をしてしまったか、と千誠は内心臍をかんだ。
「んんっ、ホテルの朝食で作ってもらえるアレではないですか。私、あのオムレツに目がないんです」
熱さではなく、味に驚いただけだったらしい。ほっと胸を撫で下ろす。
「これは毎朝作ってほしいくらいだ……。個人的には生シラス入りが好きです」
「そうですか。またいらっしゃる時に、もし用意できそうならご用意しますよ」
生シラスは無理かもしれないが、釜茹でならばいけるかもしれない。とろけるような笑顔でオムレツをほうばり、要求する姿に千誠は脱力しつつ考えた。
図々しいと相手に思わせずにおねだりするのは父親譲りらしい。遠慮のない態度に呆れ、恥ずかしがる寛茂の肩をぽんと軽くたたいてやった。
「今度、ヒロの好きな具で作ってやるから」
「! 俺、塩昆布が好きです!」
先程までとは裏腹に元気よく主張する姿は目の前の父親と瓜二つである。血の繋がりとは、すごいものだ。唐突己の家族が頭に浮かぶ。
俺も、そろそろ言うべきだな。
千誠は突然の訪問が和気あいあいと進んで良かったと心の底から思うと同時に、いずれ自分も家族へとカミングアウトしたいという想いを固めるのだった。
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