四品目 ――華金のラーメン――

 今日こそは、定時であがると決めていたのに。

 そんなときに限って重なるトラブル、部下のミス。二時間弱の残業で済んだことを喜ぶべきか悲しむべきか。結局定時に上がり五時台帰宅でビールとコンビニの限定味ポテト、それから買い溜めていた新味のスナック類で最高の週末を迎えるという夢は儚く消えた。


 なのでせめてうまいものでも食ってやろうと立ち寄ったのが、職場の最寄り駅近くのラーメン屋。

 魚系のダシが効いていて個人的には滅茶苦茶旨いと思うんだが、何故かいつ行っても直ぐ座れるし直ぐ出てくる。どうか潰れないで欲しいという願いも込めて結構なペースでお世話になっているが、本日は金曜日の十九時過ぎ。さすがに華金の超夕飯時となれば少し混んでるかもなと想定していた。だが、速攻席に着けた。そんでやっぱり出てくるのも驚くくらい早い。


 いただきます。


 心の中で唱えて、箸を手に取る。

 味玉にチャーシュー、メンマネギ海苔、それから水菜。透明感のあるスープは蛍光灯の光を反射してキラキラ輝いている。

 そして何よりこれこれ!この細麺!!


 無心ですすり続けて残り半分になった頃、ようやく十九時台二組目のお客が姿を見せた。


「二人です!」

「松下!ちょっと声でかい。他のお客さんもいるから……」


 元気よく店主に宣言する快活な青年と、隣でたしなめる切れ長な瞳の青年。部活帰りなのか、二人とも背中にはラケットらしきもの。テニスかバミントンだろうか?

 二人はメニューを見るや迷い無くチャーシュー麺の大盛りを注文。さすが育ち盛りの運動部。運動不足の社会人とはわけが違う。

 五分と待たずに提供された山盛りのラーメンを吸い込むように食べている様子は、見ているだけで胃もたれしそうだ。そう思ったものの良い食べっぷりが気になって、結局カウンター席から横目で二人を眺めながら自分も残りを流し込んだ。


「んー、もう半分か。やっぱ餃子も食べちゃおうかな?」

「マジで?松下まだいけるの??俺もさっきまで今日は大盛りくらい余裕、チャーハンもいっちゃおって思ってたけど、いざ食べ始めてみたらもうラーメンで十分だわ。踏みとどまった自分を褒めたい」

「俺、なんなら替え玉もいける!にしてもめっちゃ旨いな!魚系のラーメンってほとんど食ったことなかったけど、今度は花光も一緒に三人で来たい」

「今日みたいに練習試合でも無い限りこの辺なんてめったに来れないから、次いつになるかな?来るとしてもひなた小食だから普通サイズでもう十分だろうね」

「マジ?花光あんなデカいのにそんな食べないん?知らなかった」


 松下、と呼ばれる快活な青年はまだまだ食べ足りない様子。大して何やら華やかなオーラがある切れ長瞳の青年は、もう十分なようで松下君の食欲に驚いている。


「にしても今日の練習試合、ボロ負けだったね。松下個人で見れば勝ち越してたけどさ」

「んー……。北前は最近人集めてるって話だしな。今年の夏はベスト四あたりまで進んでもおかしくないんじゃねえか?」

「そっかー。こっち来たばっかだし、そんな強いとこなんて知らなかった。もっとレベル合うとこと試合すれば良いのにね~。……なーんかさ、入った頃から思ってたけどうちの部ずーっと余裕がないっていうかピリピリしてない?」


 どうやら今日は練習試合だったようだ。少々の振り返りの後、なにやら会話は不穏な方向に進んでいる。


「あーね。天野は県外出身だから知らなくて当然なんだけど、うち昔は全国で優勝するような強豪だったんだよ」

「マジで?!人数もそんな多くないし、設備も整ってないから全然気づかなかった」

「だろうな。部室が広いのもその名残。女子は今も県内ベスト八にはほぼ進めるレベルだけど、残念ながら今じゃ男子はは二、三回戦も突破できるかできないか。俺がバドミントン始めた頃は、県内でバドやってる子供の憧れみたいな学校だったんだけどな」

「な~るほど。そんで、その頃の栄光を取り戻そうと躍起になってるってこと?」

「天野中々キツいこというなー。ま、でも平たく言えばそう。でも県内全体のレベルも上がってきてるし、そうなると人も集めるのも簡単じゃない。戦力が増えないと勝つのも練習の内容だって強豪とどんどん差がついていく。だから余計に皆焦ってる」


 ふーむ。どうやら彼らはバドミントン部。そして中々難しい環境に置かれているらしい。


「そんならさ、全国目指したいのになんで松下はここに来たの?もっと引く手あまただったんじゃない?」

「んー。確かに声かけてくれたとこはあったけどさ、俺も全国で戦う晴風に憧れた子供の一人だったんだよ。だから、来た。……天野は?」

「俺?松下ほどたいした理由ないよ。正直練習する場所があって人間関係面倒くさくなけりゃいいなくらいに思ってた。絶対行かねーって学校は一つあったけど、それ以外ならどこでもって感じ」


 ほう。明確な理由がある松下君と、なんとなく流れで入部した様子の天野君。随分対照的だ。こういう人間模様を観察するの、実はかなり好きだからちょっと面白くなってきた。ドラマや小説感覚というと語弊があるかもしれないが、見ず知らずの人間だからこそ変に気持ちを入れすぎず見ていられるのがいい。たまの出張でもある時はファミレス、またある時は地元の定食屋、そうやってありとあらゆる場所で周囲の会話を聞くのも密かな楽しみだ。


「別に、練習がキツイだけなら良かったんだけどさ。そーいう感じじゃなくて、何か先輩達焦ってるじゃん?南先輩とか何人かは割と話しやすい先輩はいるけど、他はちょいちょい声かけるのためらっちゃうんだよね。コーチと先生大人は凄い穏やかだし意味も無くキレたり怒鳴ったりしないのに」

「まーな。全国区の晴風に憧れた身としては、どんどん忘れられてってる今とそれを覆せない自分たちって中々しんどいもんがあるんだろ」

「なるほどな~。その辺なんか松下は冷めてるっていうか意外と冷静だよね」

「頑張りてえ気持ちは一緒だけどさ、無理してもろくな事にはなんねえし今が無茶のしどころとは思えないだけだよ」


 おお、松下君はただ熱血というわけでもないようだ。


「ただ、な。入って数ヶ月やそこらの俺が先輩に自主練しすぎですやら休みも必要ですやらあれこれ口だししすぎても、あまり良くねえ感じするからさ。出来ることって案外少なくてもどかしくなるのは確かだな」

「ひなたも最近なんか考え込むこと増えたし、俺ら皆思うところはあるんだろうね。一番長い時間過ごす奴ら同級生が同じ感覚ならちょっと安心だわ」

「もう少しなじんできてから何かしらアクション起こしてこうとは思ってるけどよ。でも、タイミングを見誤れば逆効果。バドミントンってほぼ個人競技だけど、部活である以上人との関わりは絶対に避けられないから面白くて難しい」


 ふむふむ。確かにあの年代だと一つ二つ上の先輩が凄く大人に見えたり、自分たちから遠い存在だと感じたりするよな。社会に出ると、ほんの二、三歳の差なんて全く気にならないのに不思議なもんだ。むしろ年上の同期や年下の上司だって今時決して珍しくはないのに、どうしてあの頃はその差が凄く大きく見えるんだろうか?

 学校に通っている間は、ほぼ同年代に囲まれて生活する。それこそバイトでもしない限り、教師以外の大人と関わる機会なんてそうない。だからいまじゃちっぽけな数年の差が、今よりずっと大きく見えていたのかもな。

 それが大学行ったり社会に出たりすると途端に世界は広がる。そうして自分が今までどんだけちっぽけな世界で生きていたのか気づいた時の驚きは忘れられない。


「ま、ひとまずは様子を見つつ怪我しない程度に俺らも精進って感じだね」

「そんなこと言いつつ、お前が休みの日に走り込みとフットワークのコソ練してんの知ってるからな!しかもオーバーワークにならない程度にちゃんと調整してるから偉いなって思いながら見てた!」

「な、な、な、見てたなら言えよ!ゲホゲホッ、ほら、餃子も食い終わったんならもう行くぞ。明日も練習あるんだしちゃっちゃと帰んないと」


 口を動かしながらも箸を持つ手は止まらなかった松下君。気づけば途中追加で注文していた餃子(三人前)をペロリと平らげていた。


「ごちそーさまでした!」

「ごちそうさまでした」


 照れを誤魔化すためか、テキパキと荷物をまとめて立ち上がった天野君。それを追う松下君共々会計を済ませると、元気よく挨拶して去って行った。


 さて、こっちもそろそろ帰ろうか。そう財布を取り出しかけて、昼過ぎにミスが発覚したときの彼の顔がよぎった。

 ……入社して数ヶ月。もう社会人なんだし色々わかって当然と必要最低限なことしか口を挟んでこなかった。しかし、彼は自分よりも今し方出て行った青年達と年が近い。まだほんの数ヶ月前まで学生だったのだ。

 もしかしたら彼もあの時の自分のように、突然広がった世界に、知らないことの連続に、押しつぶされそうだったんだろうか。


 来週顔を合わせた時は、もう少し話してみよう。


 青年達のおかげで、初心を思い出せた。有意義な夕食だったな。


 …………頼んだことなかったけど、あの餃子おいしそうだったな。土曜の朝からニンニク料理なんてヘビーだろうか?いや、本日開催予定だったスナックパーティーが延期になったんだし、それぐらいよかろう。


「すいません!テイクアウトお願いします」


 明日は久しぶりに、ちょっと体でも動かしてみようかな。



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 今回の品では、現在自分が投稿中の 青春バドミントン群像劇「我等上州羽球部!」 より、入部したての彼らが登場しています。


 独立した内容となっておりますので「我等上州羽球部!」お読みいただかずとも問題はございませんが、そちらをお読みいただけるとより一層お楽しみいただけるかと思います。

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