二品目 ――初めての二人ごはん――
「ワンッ!」
元気な声が小さな我が家に響く。
「はぁ~……。勢いと成り行きでこんなことになっちゃったけど、ほんとにどうしよう…」
事の発端は半日前。朝、いつも通り自転車で出勤途中にどこからか聞こえる鳴き声が気になって、僕はペダルをこぐ足を止めた。声の方へと近づいていくとそこは川沿いの草むら。恐る恐るかき分けてみると、さっきの元気な声の主が居たってワケ。
体中泥やら葉っぱやらでぐっちゃぐちゃで、でもキラキラした目でこちらを見て尻尾をブンブン振っていてちょっとかわいいって思った。最初は遅刻する!って首輪についた薄汚れている「拾ってください」の文字を見なかったことにして踵を返そうとしたものの、そのキラキラお目目に絆されて自転車かごに入れひとまず職場にダッシュした。
そこからはもう、怒涛の展開だった。なつっこいキラキラお目目(仮称)を見た社長を筆頭に犬好きのお偉いさん方から、やれ早く帰って綺麗にしてやれだの、病院はもう行ったかだのの声が飛び交い、挙句ちょうどいいから溜まっていた休みを取れと事務所から締め出された。その時にこれ足しにしろって、自分の財布には到底入っていないような金額を渡されたんだが、後から聞いた話全員でカンパしてくれたらしい。みんな、そんなに犬好きだったんだ……。
何もこんな金額渡さなくたって。そんなこと思いながら病院に行き、しばらくはしのげるように一式道具とご飯を調達し、そしてようやく理解した。生き物って、こんなにお金がかかるんだ!!?
幸いにして非常に趣のある我が家は大家さんに相談して許可が出ればペット可という大変おおらかな物件であったため、このキラキラお目目くん(先程病院でオスだと判明した)の当分の生活は保障できる。でも、自分がこのまま彼の面倒を一生見ることができるかと言われると答えはNOだ。ふわっふわに見違えた頭をそっと撫でる。うん、あったかい。
何故って、答えは簡単。金銭面は切り詰めれば何とかならないわけではないものの、自分は一人暮らし。つまり日中この子を一人にすることになる。獣医さん曰く、まだ生まれて一年と経っていないという子犬に、寂しい思いをさせるわけにはいかない。それに第一、生まれてこの方ペットを飼ったことなんて一度もないのだ。そんな奴がいきなり子犬と一人暮らしなんて出来っこない。それなら、ちゃんと大切にしてくれる新しい飼い主を探すべきだと思う。
まあとにかく、今日はバタバタして昼食も食べ損ねたしひとまずご飯にしよう。
目が離せないフワフワ毛玉もいることだし、今日はパパッとできるものに決定!
醤油やらみりんやら顆粒の出汁やらを混ぜて超特急で汁を作り、麺はストックしてあったレンチンで食べられるやつを準備する。具は、うーん…冷蔵庫にあんまり良さげなものが無いから、とりあえず乾燥わかめでも乗せとけばそれっぽくなるでしょ。人間用はこれでよし!後は今日からホームステイの彼のご飯を、買ってきた空色の器に教えてもらった適量盛り付ける。準備中キラキラお目くんは、自分のしっぽを楽しそうに追いかけまわしていた。
二人分の準備も整い、後は食べるだけ。お座りとかお手とかおかわりとか待てとか、追々は覚えてもらった方が良いんだろうけど、今日くらいはまあいいや。そもそもここにいつまでいるかだってわからないしね。
「ほら、おいで。ご飯だぞ」
きちんと声に反応して尻尾を追いかけるのをやめたキラキラお目目くんは、こちらへとことこ歩いてきた。割と賢いのかもしれない。
床に空色器を置いて、机にうどんを置いて。
それでは、両手を合わせて
「いただきます!」
「ワンッ!ワンッ!」
お!あいさつした?やっぱりコイツ、賢いのかもしれない。
ズズっとすすったうどんはちょっと伸びていたけど、この具もほとんどないシンプルな味、たまに食べたくなるんだよな。
チラッと横を見ると、ぽわっぽわの毛玉が空色の器に頭を突っ込んで一心不乱にカリカリしている。そりゃそうか。きっとお腹が空いていたはずだ。
いつも一人で食べていたのに、今日は一緒に食事をする人がいる。まあ、言葉は交わせないし食べているものは違うけど、不思議といつもよりおいしい気がする。うどんをチンしているときに大家さんから電話があって、日中なんなら自分が預かってもいいから迷っているなら飼ってみたらって言われた。しばらく住まわせていいか聞きに行ったとき、すっかりキラキラお目目の虜になってしまったらしい。確かに、案外こんな生活も悪くない。
「なあ、おまえ、このまま
満腹になったのか、その場で用を足し始めた毛玉。やっぱり賢いか怪しい気がしてきた。
まあ、気づけば入れられていた休みはあと三日ある。もう少し、二人でご飯を食べてみてから考えてみようかな。もう心は七割方二人暮らしを始める気になっているものの、このままじゃなんか勢いで決めたみたいになって心配だから。
だから、もうちょっとこの奇妙な関係を続けてみよう。
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