〈声無しの歌姫〉は呪われた王国で愛をうたう

ゆちば@「できそこないの魔女」漫画原作

〈声無しの歌姫〉は呪われた国で愛をうたう

〈私、あなたのことを愛してる〉


【傾国の歌姫】サァラ・シフォンはそう言った。

 けれど動かされる唇から、音が聴こえることはない。


 ◇◇

 数日前、サァラは王国に巣食う怪異――【禍神】によって、声を失う呪いを受けてしまった。


 王国において、被呪者はもはや人に非ず。確証なく呪いが伝染ると信じ込む者たちによって罪人のように扱われ、迫害され、酷い場合には命まで奪われる。


 もちろんサァラも例外ではなかった。

【傾国の歌姫】とまで呼ばれた絶世の歌い手は、一夜にしてすべてを失ったのだ。

「希望」だと手を振ってくれた民衆からは蔑まれ、「愛しい人」と囁いた婚約者オルド侯爵からは早々に婚約破棄を突きつけられ、そして――。


「俺を騙した【禍神】の手先、サァラ・シフォンを公開処刑とする」


 かつて無理矢理にサァラと婚約を結んだはずのオルド侯爵は、その事実を捻じ曲げ、自分が被害者のようにして民衆に語り、彼女の処刑を宣言した。


 それは婚約破棄の正当な理由欲しさに作り上げた滑稽な嘘――。

 だが、民衆はすんなりと不当な魔女裁判の判決を受け入れてしまう。


〈いいの。侯爵のものになるくらいなら、死にたいと思っていたから〉


 いよいよ公開処刑の朝。

 地下牢獄の鉄格子の向こう側で、サァラは静かに唇を動かす。


〈来世では、もっと自由に歌いたい。【禍神】のいない世界で、愛しい人のためだけに〉


 美しかった金色の髪は真っ白になり、ろくな食事を与えられず痩せ細った体は、見ているだけで心が痛む。

 けれどそれでも、サァラの青い瞳は以前と変わらず強い輝きを放っている。未来という名の来世の幸福を信じる彼女は、ただひたすらに美しい。そう思わずにはいられない。


〈最期に面会に来てくれてありがとう。修道院であなたと過ごした日々が、私の宝物よ。いつも喧嘩ばかりだったけれど、本当はね……〉


 少しだけためらうように唇が閉じられ、そして意を決したようにそれは再び開かれた。


〈意地っ張りだから気持ちを伝えられないまま、何年も経ってしまったけれど……。でも、今なら。呪いを受けた私の声は、あなたには聴こえないから……。私、あなたのことを愛してる〉


 真っ直ぐにこちらを見つめる青い瞳からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ち、乾いた唇が動くと同時に〈死ぬ前に言えて良かった。エドガー、大好きよ〉という声がした。


「サァラ……!」


 俺が感情に任せて叫ぶ姿を見て、サァラはハッとした様子で目を見開いた。


 俺は冷たい鉄格子の隙間に手を差し入れると、サァラの頬に伝う涙を指で拭った。

 数年ぶりに触れた幼馴染の頬は、すっかり痩せこけてしまっていたが、瞳はかつてのまま。海のように美しく輝き、潤んでいた。


「俺もだ」


 俺の言葉にサァラの瞳からはいっそう大きな涙が溢れ落ちる。


〈うそ……。私の声が聴こえて……?〉


「あぁ、そうだとも……! 俺にはお前の心の声が聴こえている」


 もっとも、聴こえているのはお前の声だけではないが……。

 その言葉をぐっと飲み込み、俺はサァラに力強い笑顔を向けた。


「俺は国一番の聖騎士エドガー・マクスウェルだぞ。神は俺に愛する者の声を聴く祝福を与えたのだ!」


〈エドガー……! あぁ、こんな奇跡が……〉


「呪いなどに屈するな。再び歌うことができる日を諦めてはならん! 俺と共に行くぞ、サァラ!」


 俺が神聖術を込めた手で鉄格子を強く握ると、それは光の欠片となって砕け散った。牢獄に舞う欠片は、まるで夜空を瞬く星のようで――。


 隔てるものがなくなった俺とサァラは、強く強く抱き合った。


〈本当にいいの……? 私はエドガーの人生を壊してしまう。あなたが積み上げてきたものすべてを〉


「地位や名誉などいらん。俺はお前をさらって逃げると決めた」


 兵に気づかれる前に地下牢を脱出せねばと、俺はサァラふわりと抱き上げる。


「行こう。【禍神】の呪いが届かない、どこか遠くへ――」



 ◇◇

 お前を欺くことを赦してくれ、サァラ。

 本当は、「神」は俺に「祝福」など与えてはいない。


 与えたものは【禍神】。

 与えられたものは「呪い」だ。


 俺には、周囲の者すべての内なる声が否が応でも流れ込む。

 偽りの笑顔の下にある醜く、浅ましく、卑しい人間たちの本音が。


 常に頭は割れるように痛み、吐き気がする。

 守るべき民の真の声を度に、自分が何のために聖騎士をしているのかが分からなかった。


 だが、サァラ。

 お前の声はいつも美しかった。

 歌姫として活躍するお前を見て、いつも俺は同じ修道院で育ったことを誇っていた。

 美しい心を持つお前なら、きっと「神」も幸ある人生を歩ませてくださる――そう思っていた。


 だから今――。


「神」に代わり、俺がサァラを幸せにする。

 たとえ、これからさらに【禍神】による呪いに蝕まれ、壊れていくとしても。


「俺はお前のことを愛しているから」


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