第三十話 やっぱり駄々洩れてる人達

「これ、飲んだら絶対に具合が悪くなるやつじゃないですか」

「味はともかく、少なくともカエルやネズミになる心配はありませんから」


 差し出されたペットボトルを受け取った。天童てんどうさん、ちょっと会わないうちに、すっかり久保田くぼたさん達に毒されてしまっている。キャップをあけておそるおそる匂いを嗅いでみた。この失敗作のすごいところと言うか怖いところは、液体自体は無臭で匂いを嗅いだだけでは味の予想がつかないところだ。


「味についてのヒントはないんですか?」

「飲み物としてはどうかと思いますが、俺はその味がするものは好きですけどね」

「久保田さんと矢島やじまさんは知ってるんですか?」

「「俺達もここに来る前に飲んだ」」


 飲んだ二人が二人がどう感じたのか、マスコットに入っているせいでまったくわからない。


「えー……」


 見るだけではまったく想像がつかない。ベッドの足元に立つ三本の木とリーダーは、小刻みに体をゆすりながら私を見ている。飲んだ私がどんな反応をするのか、ワクテカしているのだ。


「本当に飲まなきゃダメなんですか? 私、これでも怪我人なんですが」

「意外と怪我に効能あるかも」

「それ本気で言ってます?」


 どうやら飲まずにすませる選択肢はないらしい。さすがに失敗作をクビッといく勇気はないので、横に置いてある小さなコップに少しだけ注ぐ。そして匂いを嗅いでみる。やはり無臭だ。覚悟を決めてチビリと飲んでみた。


「うわー……蛍光ピンクなのに焼き鳥の味ですよ、これ!」


 しかも、缶詰で売られている某有名どころの焼き鳥の味にそっくり。今回は味よりも、色とのギャップが強烈な商品だ。このギャップに、飲んだとたんに噴き出すお客さんが増えそう。


「そうなんですよ。おいしそうな焼き鳥でしょう?」


 天童さんはとても楽しそうだ。絶対に久保田さんと矢島さんに毒されている!


「まあ味としてはそうなんですけど、色がピンクってのが」

「今回はそのギャップを楽しんでもらいたいそうです。試飲の時に商品開発担当が言ってました。パークに出す時は炭酸入りになるので、もう少し飲みやすくなる予定だそうです」

「飲みやすく」


 どう考えても飲みやすくなるとは思えないけど。


「ちなみに没になった失敗作はどんな感じでした?」


 試飲では何種類か候補が用意されている。採用されなかった没商品もあるはずだ。


「青色のカレーソーダと黄色のたくわんソーダがあったんですが、ありきたりすぎるということで不採用になりました」


 それを聞いた久保田さんと矢島さんが身震いをする。


「どのへんがありきたりなんだろうな。十分に恐ろしい失敗作だろ」

「青いカレーがすでに世に出ているせいじゃないか? たくわんは黄色だから意外性がないと却下されたとか? どっちも飲みたくないけどな」

「たくわんはパンチがイマイチでしたね」


 天童さんの木が首(多分)をかしげて見せた。


「イマイチって、飲んだのかよ」

「もちろんですよ。試飲するための会議ですから」

「もちろんなのか」

「ええ」


「さて、一関いちのせきさんへのお見舞いもすませたことだし、そろそろ子供達のところに戻るとしようか。あまり長くトイレに行ってると、小児科病棟から捜索隊が来ちゃうし」


 それまで黙っていたリーダーが三人に声をかける。


「ああ、そうですね。そろそろ戻りましょう」

「じゃあお大事にな、一関さん」

「あとちょっとで退院なんだろ? 戻ってくるのを待ってるよ」


 四人が出て行こうとするのを引き留めた。そしてピンク色の液体が入ったペットボトルを差し出す。


「あのこれ! 持ち帰ってください!」

「それ、一関さんへのお見舞いだから! 失敗作でも大魔女様の魔力が込められてる薬だし、きっと効果があると思うよ! 多分だけど!」


 リーダーがいつものように、大げさな動作でウンウンとうなづいてみせる。そして三本の木の兄弟も受け取ってくれる気はなさそう。


「いやいやいや。設定上の話はともかくですね」

「ちなみにまだ非公開だから、他の人に飲ませないでね。こっそり飲むように。じゃあね~~!」

「じゃあねじゃなくて~~!」


 あわただしく四人は部屋から出ていき、私の手には恐ろし気な味の失敗作が残された。


「ええええ、これ、飲み切らなきゃいけないの……?」


 部屋には備え付けの洗面台がある。夜中にでもそこに流してしまおうか。そう考えたとたん、再びリーダーが顔を出したのでベッドの上で飛び上がった。


「せっかく天童君が持ってきたんだから、捨てないでね! たとえばあそこの洗面で流しちゃうとかさ! じゃ!」


 そう言って手を振ると去っていった。


「えぇぇぇぇ……」


 ペットボトルの四分の一ぐらいしか入っていないのが、せめてもの優しさなのかもしれない。たかが四分の一、されど四分の一。飲み切れる気がしない量だけど。


「でも絶対にこれ、具合が悪くなるやつ……」


 持ってきてくれた天童さんには申し訳ないけど、やはり捨てさせてもらおう。またリーダーが戻ってきたら大変なので、今夜の消灯時間後にでも。それまでは看護師さんに見つからないように隠しておこう。



+++



 そして復帰一日目。幸いなことに今のところ、調合薬の失敗作でカエルになる気配はない。それより問題なのは、天童さんだ。


 私が入院する前までは、そろそろ脱パーントゥできそうな天童さんだったのに、私が入院している間に久保田さんや矢島さんと一緒にパトロールすることが増え、すっかり脱パーントゥのタイミングを逃してしまっていた。


「もー、もと木阿弥もくあみってこういうことを言うんですよ~~」


 控室で天童さんの目つき顔つきを見てため息が出る。本人には自覚はないようだけど、すっかり警察官の顔に戻ってるし殺気が駄々洩だだもれている。私が入院して休んでいたのはたった一週間だというのに、ここ数か月の努力がすべてリセットされてしまっていた。


「申し訳ないです」

「天童さんは本気でそう思っているみたいですけど、久保田さんと矢島さんはそうは思ってないですよね?」


 さりげなく隣に座っている二人の顔をのぞき込む。部長が出した接近禁止の業務命令も、今回の件でなし崩し状態のようだ。


「そんなことないぞ。俺達も申し訳ないと思っている」

「ああ、本気でそう思ってる。指導はまた一関さんに任せるよ」


 口ではそう言っているものの、その顔はどう見ても本気で反省しているようには見えない。


「嘘くさい顔してますよ、二人とも。船長より嘘くさいです」

「そんなことないさ。本気で申し訳ないと思ってるよ」

「俺達、嘘つかない」


 きっかけは暴れてた酔っ払いおじさんの件ではあるのだろうけど、すっかり初日のころの顔つきに戻っているのにはガックリしてしまった。


「れいの件でお休みをもらわなきゃいけない日もあるのに、まったくもって前途多難ですよ。いっそのこと例の件の片がつくまで、マスコット警備員になりませんか? 中に入っても殺気が駄々洩だだもれちゃって意味がないかもですけど、実体が見えないだけでもマシかも」

「それって一関さん流のお仕置きってやつか?」


 久保田さんがニヤニヤしながら言った。


「いや、もうマスコットはかんべんしてください」


 そして天童さんは本気でイヤがっている。


「なに笑ってるんですか。天童さんだけじゃなく、久保田さんと矢島さんもですよ」

「「え?」」


 私がそう言うと久保田さんと矢島さんがギョッとした顔になった。


「連帯責任ですよ、当たり前じゃないですか。二人も何気に最初のころに戻っちゃってますから、良い機会だと思いますけど?」

「業務命令もなし崩しにされちゃったし、それ、ありかもねえ」


 中津山なかつやま部長が小声でボソッとつぶやき、ますます三人がギョッとした顔になる。


「それって部長からの許可ってことで良いでしょうか?」

「うん、いいね。許可しようかな。うん、決めた、許可する!」


 部長は半分以上は本気だ。


「ちょっと部長?」

「なんで俺達まで?」

「主な原因は久保田君と矢島君でしょ」


 半分以上どころか、ほとんど本気だ。


「「えー……」」

「もしかして俺は完全な巻き添えですか?」

「天童さんも他人事ひとごとじゃないですし」

「ええええ」


 まあ、二人を含めて本当にお仕置きするかどうかは別として、部長には申し訳ないけれど、天童さん達の殺気が駄々洩だだもれ状態はしばらく続きそうな予感。新しく中途採用で警備員を呼ぶのは、もう少し先になりそうだ。

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夢の国警備員~殺気が駄々洩れだけどやっぱりメルヘンがお似合い~ 鏡野ゆう @kagamino_you

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