第二十九話 母が来た、そしてなんか来た

「かおるちゃんを丈夫に産んでおいてよかったわ」


 私の顔を見た母親が最初に発した言葉がこれだった。


「そこは感謝してます」

「じゃあカギを渡してちょうだい」

「カギ?」


 じゃあって? 差し出された母の手を見ながら首をかしげる。


「思ったより元気なんだもの、気が抜けちゃったわ。ずっとここにいても仕方ないでしょ? 洗濯物はたまってない? お掃除は? 冷蔵庫に痛みそうなものは入ってない? まさか、お兄ちゃんの下宿先みたいなことにはなってないわよね?」

「なってないなってない。ただ、冷蔵庫には消費期限が怪しいものが入ってると思うから、それはなんとかしておいてほしいかな」


 バッグからカギを出して渡した。


「ベテラン主婦様に任せておきなさい。一週間の入院よね? 着替えは持ってきてあげるけど、他になにか必要なものはある?」

「今のところ大丈夫だと思う。一週間程度なら、洗顔とか石鹸とかロッカーに入れてあったやつで足りそうだし、なくても下にコンビニあるから」


 着替え以外の必要なものは、ほとんど紙袋に入っていた。ほんと、大魔女様には感謝しかない。


「あ、目覚ましの横にあるスマホの充電器はほしい」

「わかった。こっちにいる間、かおるちゃんちに泊めてもらうわね」

「どうぞどうぞ、遠慮なく好きに使って。寝る場所もお兄ちゃんちよりスペースあると思うから」


 怪我をして意識がないと聞いて、かなり慌てたらしい。だけど病室に来てみると、そま娘は呑気にお昼ご飯を食べている。そりゃあ気が抜けるというものだ。


「その酔っ払いさんはどうなるの?」

「会社としては、何があっても被害届は取り下げるつもりはないんだって」


 そのあたりの事情はまだ詳しく聞けていない。相手の御家族が私に謝罪したいと伝えてきているようだけど、入院していることを理由に保留状態なんだそうだ。部長が言うには、おそらくきちんとした形で落着するまでは、私と被害者家族は接触させないだろうとのことだった。


「被害に遭ったのは私を含めた会社ということだから、そこは私個人でどうこうできる問題じゃないみたい」

「相手さんの家族が気の毒ね。なんでそんなに暴れちゃったのかしら」

「そこもまだ聞いてない。退院するまで私は蚊帳かやの外状態かも」


 母は駅で事件が載っている新聞を何紙か買ってきてくれた。それほど大きくは扱われていなかったけど、ネットでは暴れている動画が出回っているらしい。一体いつの間に撮影されたのやら。


「じゃあ着替えをとりに行ってくるわね。夕飯の時間までには戻ってくるから」

「お願いしまーす」


 母を見送ると、イヤホンを耳にいれてテレビをつける。平日のこんな時間にテレビを見るなんて、久しぶりかも。その中の情報番組でパークの事件のこと取り上げられた。レストランの店舗は一時閉店。警備員一名が怪我をして入院中。


「あそこまで壊しまくったら修理おわるまで時間かかりそう」


 あそこの名物料理を目当てに来ていた人もいるから、しばらくは残念に思う人もいそうだ。そして番組内では、遊興ゆうきょう施設でのアルコール提供の是非がどうのこうのと、コメンテーターの人が真面目な顔をして話していた。


「一体どんだけ飲んでああなったんだろ」


 パーク内で提供されているアルコールはビールだけ。それでお店を半壊されるほど暴れるって、一体どれだけ飲んだんだろう。そのあたりのことも退院したら聞かせてもらえるだろうか。


「とりあえず私は写ってないみたいで良かった」


 スマホで確認してみると、SNSにはそれなりの数の動画がアップロードされている。ただそのほとんどは店の外から撮られたもので、映っているのは取り押さえるために集まった警備スタッフや店内に入る救急隊員だった。それを確認してから考えるのは、やはりこういう時に使うサスマタのことだ。


「やっぱ新型のサスマタが必要なんじゃないかな」


 あれは取り押さえるという意味では役に立ってくれそうだし、退院したらもう一度、部長にあのサスマタを強くお勧めしておかなければ。


 そして母は二日ほどこちらに滞在した後、実家に戻ると言い出した。せっかくなんだし、もう少しこっちで羽をのばしていったら?と勧めてみたんだけど、自宅に置いてきた父のことが心配らしい。正確には父ではなく、父に任せている家が、ってことらしいけど。


「元気そうだからもう大丈夫だとは思うけど、退院するまでは安静にね。先生と看護師さんの言うことには従いなさいね」

「うん。来てくれてありがとう。心配かけてごめんね」

「謝ることないわよ、子供の心配をするのは親の役目でもあるんだから。退院したら知らせてね」

「わかった。気をつけて帰ってね」


 母が帰ってしまい、あっという間に病室にいる時間が退屈なものになる。デパ地下で買ったお惣菜を、看護師さんの目を盗んで病院の食事と交換してくれたり、昼間のワイドショーを見ながらあーだこーだと話す相手がいないのは結構さびしい。


「お母さん、もう一日ぐらいこっちにいてくれたら良かったのに」



+++



「は~~退屈……」


 入院生活も残すところあと二日。特に異常もないのだからさっさと退院させてくれれば良いのに、頭の怪我は油断がならないとかどうとかこうとか。そろそろテレビを見るだけの生活に飽きてきた。それと院内のコンビニでスイーツを物色するのも。


「ピーチタルトが食べたい」


 そして会社の食堂が恋しくなってきた。


「ん?」


 病室の入口で、なにやら緑色の葉っぱみたいなものが出たり入ったりしている。最初は気のせい?と思っていたけど、どう考えてもあれは葉っぱだ。


「なに、あれ」

「なにしてるんだよ~~、さっさと入らなきゃ」


 なぜかリーダーの声がして、病室に木が三本、転がり込んできた。これはどこから見ても、パークにいる木のマスコットだ。しかもいつもより派手派手しい。クリスマスはまだ先だというのに、見た目はほぼクリスマスツリー状態だ。


「やあ、元気にしてる? 会いに行っても良いよって言われたから来ちゃったよ~」

「来ちゃったって……」


 まさかその姿で電車に乗ったり、病院まで歩いてきたり?!


「まさかそのままの姿で来ちゃったんですか?!」

「もちろん! これが僕達の本当の姿だからね!」

「いやいや、それは建前的な話であってですね」


 そう言いながら足元の床でひっくり返っている木に目を向ける。


「あの、まさかと思いますけど、天童てんどうさんと久保田くぼたさんと矢島やじまさん?」

「そのまさか! あたり~~!」


 リーダーが手をたたきながら飛び跳ねた。


「あの、真面目な話、なんでその姿で病院に?」

「真面目に答えると、今日はこの病院の小児病棟への慰問で来てるんだよ。で、この木の三人は、それを兼ねて一関いちのせきさんのお見舞い。だって一関さんの入院はこの三人のせいなんだろ?」

「天童さん達のせいじゃないですよ。脳震盪のうしんとうはおじさんが投げたイスのせいですし」


 とにかく天童さん達のせいじゃない。だけどその身振り手振りから、リーダーはそうは思っていないようだ。


「チームで動いていて、その中の一人が怪我をして入院をした。それって三人のせいじゃ?」

「そのチームで一番長い職歴があるの、私なんですけどね……」


 その呟きはまるっと無視された。


「一関さん、元気そうでなによりです」

「そろそろ退院だって? つか矢島、重たいからいい加減にどけ」

「病院に来たとたん、子供達に襲われてこんな惨状だよ」


 矢島さんが入っているらしい木が、腹立たし気に両手を振り回しながら立ち上がる。そしてその矢島さんに下敷きにされていた久保田さんと天童さんが入っている木が立ち上がった。


「こんな惨状ってひどい言い方だね、矢島君。せっかく子供達がきれいに飾りつけしてくれたのに」

「もう子供達の相手をしなくても良いんですか?」

「それはヒロインちゃん達に任せてあるよ。この三人、僕が見張ってないと逃げちゃいそうだったからね。ちゃんとお見舞いするかどうか見張らないと」


 天童さん入りの木が心外だと言わんばかりに左右に揺れる。


「ちゃんと来るつもりでいましたよ、お見舞い」

「まさかこの姿で来るとは思ってなかったけどな」

「にしたって、ちょっとひどくね?」


 三人とも、ものすごく不本意な状態らしい。


「いいんだよ、その姿で。僕達はあのパークのマスコットなんだから!」

「「「俺達はマスコットじゃなく警備員だし」」」


 三人のハモリ具合に笑いをかみ殺す。


「慰問活動お疲れ様です。それとお見舞いもありがとうございます」

「ああ、それで思い出しました。お見舞いの品を持ってきたんですよ。今のでこぼれなくて良かった」


 天童さんがゴソゴソとなにかを探すそぶりを見せ、後ろのファスナー部分から手を出した。その手には蛍光ピンクの液体が入ったペットボトル。それを久保田さんが受け取り私に差し出す。


「なんですか、これ。飲んだら逆に具合が悪くなりそう」

「いい線いってますよ、それ。大魔女さんの調合薬、今年の失敗作です」

「それを私に飲めと」

「俺はもう飲みました」


 よりによってお見舞いの品が大魔女様の失敗作とは!

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