第6話 アタシのノゾミ

 やわらかな寝台の中、お腹にまわされたあたたかな腕の重み、視線を上げるとシズカさんの寝顔。


 ひいぃって叫んで飛び出なかったのは、アタシに公爵令嬢としての記憶もあるからで。


 シズカさんと一緒に寝るとか、どんな妄想!? アタシ死ぬの?


 ……あ、もう死んでたわ。

 アタシはグレースで、この人はロナウド様で。


 良かった。シズカさんを忘れてなかった。それだけでじゅうぶん。

 ありがとうありがとうありがとう。

 今ならあの土地神様にだってハグできる。


 あらためて視線を上げると、閉じられたまぶたには意外と長いまつ毛。

 あぁ、寝顔は少し幼く見えるのもおんなじなんだぁ。


 一度だけ、シズカさんの寝顔を見たことがある。

 アタシがうっかり大ケガをして、シズカさんがお見舞いに来てくれた。


 ベッドの上で、目も開けられないくらい動けなかったアタシに、シズカさんはのたまった。


『おい、俺が寝てる間に勝手に死ぬなよ! 起きるまで生きとけ!』


 アタシが生きるのをシズカさんに望まれてる! 嬉しくてふるえた。


 『くそっ』『今のは寝てないっ』『俺は起きてるからなっ』なんてブツブツ言うシズカさんが最高すぎて。アタシの目は閉じてても、意識はギンッギン。


 だんだんシズカさんから声が聞こえなくなって。きっと寝ちゃったんだろうな、いやでも、まさか、なにかあったのかも?って。必死に目を開けてシズカさんがいるだろう場所を見たら。


 苛烈かれつな普段からは想像もできない、イスに座ったまま寝落ちした無防備な姿があって。


 なんでか、すごく安心した。

 あのカオをまた見られるなんて。


 モチロンちゃんと目の前のシズカさんは良く似た別人だとわかってる。

 わかってても胸がキューッとする。


 アタシ、やっぱりどうしようもなくシズカさんが好きだ。


 もう会えない事実に、また泣きそうになって、落ち着こうと深く息を吸ったら、ロナウド様の匂いがした。


 夜からずっと密着していたから。知らない匂いだったのに、今じゃすっかり馴染んで落ち着く匂い。


 ……異世界にいながら顔だけでもシズカさんを見られるのって、案外アリかも。


 単純なアタシは、シズカさんみを感じるだけで嬉しいが勝つし。


 ロナウド様には命を助けてもらったから、シズカさんにはしそこねた恩返しをするのは変わらないんだし。


 そこにほんのちょびっとだけ、アタシの欲を足しても、イイよね?


 ロナウド様が起きたら、きっと普通にアタシにも顔を向けてくれるはず。


 シズカさんの顔を見られるのは本当に嬉しい。

 でもでも、どうせなら笑った顔が見たい!!


 懐かしい表情を再現してくれなんてゼイタクは言わない。ただ笑っていてほしい。推しの笑顔を求めるのは自然の摂理!

 

 クスッでもプッでも、かわいた笑いでも苦笑いでもいい。

 とにかく、今のなにもかも諦観したカオと無表情な声を崩したい!

 

 笑ってもらうには、ロナウド様がなにを好きでキライか知らないと。


 好きキライって弱みにもなるから、高位貴族は隠しがち。むしろうまく演じて利益につなげる、ひとつの手段て扱い。

 ロナウド様は律儀っぽいから、アタシが聞いたら素直に答えてくれそうではあるんだけど。


 顔を変えられても文句いわないあたり、アタシの好みにも無意識に合わせてきそうで。


 気遣いとしてはありがたいけど、それよりアタシは心からのカオがみたい!! 


 ロナウド様とつきあいの浅いアタシには、悔しいけど、本心かどうかの判断ができないから。偽られる可能性を考えると、直接たずねない方が良さそう。


 今のアタシが知る範囲でロナウド様が確実に喜びそうなのって、土地神様との勝負を終わらせることくらい?


 結局、どうしたって土地神様をどうにかしなくちゃならないのか。


 勝敗にこだわらないなら、簡単な方法があるにはある。


「領民総出で別の領に移動すれば」


「それはできない」


 目が開いたとたん、スッと無表情に変わったことにショックを受けてしまったけれど、ヘコんでなんていられない。


「……どうしてできないのか気になりますが。まずは、おはようございます、ロナウド様。昨晩は世話をかけましたわ」


 予想通り、ロナウド様はアタシと目を合わせたまま、無感情に返す。


「……おはよう」


「あの、朝になってしまいましたが、今から初夜をなさいます?」


 あのあざとい男爵令嬢みたいに上目使いでウルウルしてやった。


 どーよ?


 会心の一撃をくらわせたつもりだったんだけど、


「いや、閨についても昨晩、話す予定だったが。結論から言うと必要ない」


 まったくブレない無表情で返され、


「私の代で辺境伯を返還する」


「は?」


 アタシの方が素の声を上げてしまった。


「んン。失礼いたしました。あの、詳しい説明を聞いてもよろしくて?」


「当然だ。このまま話す方がいいか? 着替えて朝食後でもいいが」


 ロナウド様の熱のない視線の先、アタシの胸元に目を落とせば、セクシーランジェリーが胸先にギリギリ引っかかっている状態で。


 ぶわっと熱が上がったアタシをそっと包み残して、ロナウド様は寝台からするりとおりた。


「侍女を呼ぶ。詳しくは朝食のあとに」


 アタシが固まってる間に、ロナウド様は寝室からいなくなっていた。


 え。なに、あのイッケメェン。

 

 って、ロナウド様の紳士っぷりにれしてどうする!


 だから百面相をするのはアタシじゃなくて! アタシがロナウド様のカオを見たいんだってば!

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アタシ、グレース! 夜露死苦!! 高山小石 @takayama_koishi

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