第5話 理不尽と思い入れ
いやいやいやいや。
いくらチラ見しかできてなかったにしても、最初っから旦那様がシズカさんの顔をしてたら、アタシはもっと早くに気づいていたはずだ。
なのに、今の今まで気づかなかったってことは。
「旦那様の顔が変わった? なんて、ありえな」
『その通りだヨ。なかなかヨメがいつかないって聞いテ、婚姻式の夜にはヨメが慕う相手の顔になるようにしてあるんだヨ。まァ、そう見えるのはヨメだけだけどネ』
本当に変わってた!?
まじまじと旦那様の顔を見ても、今はどこからどう見てもシズカさんの顔にしか見えない。
不躾なアタシの視線に、旦那様は照れるでもなく、文句を言うわけでもなく。
熱のない態度でやり過ごす旦那様は、こうなることを知ってたってことで。
あぁ、だから。
だから飾られていた肖像画には旦那様が描かれたものは一枚もなかったのか。見合い写真的なものも、顔合わせがなかったのも。
寝室に入ってきた時でさえ、かたくなに顔を向けなかったのは、アタシに違和感を与えないため。
『ここまでしても逃げられるんだからネ。魅力ないんだヨ。次はどこを変え』
「次など必要ありませんわ! ワタクシは逃げもかくれもいたしませんもの!」
いくら土地神様だとしてもヒドすぎる!
ゲームのコマ扱いだけでも大概なのに、勝手に顔まで変えるなんて! 理不尽にもほどがある!
そりゃ確かに、慕う相手と同じ顔なら
でももしアタシが顔を変えられる立場だったら、なんか悔しい。
魅力がないどころか、アタシ自身にはなんの価値もないみたいに感じて、情けない気持ちになるだろう。
相手がなにをしてくれても、「それは結局この顔の相手に対してだし?」って思ってしまいそう。
そう思うアタシ自身も、旦那様はシズカさんの顔をした別人なのに、シズカさん本人を期待してガッカリしそうで怖い。
顔がすべてじゃないんだけど。
思い入れのある顔が目に入ると、どうしたって本人を思い出すし。無意識のうちに、旦那様がなにをしてもシズカさんと比べちゃいそうで。
マジで微妙な術をかけやがりくださって!
「もうワタクシは、旦那様ご自身のお顔を拝見できませんの?」
『できるネ。ヨメの一番が辺境伯になればいいんだヨ』
そ、それは……。
ごめん。正直かなりムズかしい。
あざやかな出会いから、何度も何回もシズカさんに惹かれ続けて。アタシが何年間シズカさんを慕ってきたと思ってんの?
今だって、すべてを諦めたかのようなシズカさんの顔をした旦那様に、心が痛くてたまらないのに。
「そんなカオさせた相手なんざボコボコにしてやんよ!」とアタシの心が叫びまくっている。
別人だとわかっていてもコレなのだ。
自分でも、どんだけシズカさん推しなのかと、現在進行形でヒきながらも止められない強火担。
アタシが有利なのって、
「わかりましたわ。旦那様、これからはロナウド様とお呼びしてもよろしくて?」
うっかりシズカさん呼びしてしまったら、ロナウド様も傷つくだろうし、アタシも自分を許せない。
呼び間違えないように、ちゃんと別人だと、常日頃から認識しとかないと。
「……貴女の好きなように呼べばいい」
うう。
明らかに声は違うのに。顔が同じだと、(カゼひいて声が変わってるんだ)なんて勝手に補正をかけてしまう。
(アンニュイなシズカさんも推せる!)とか思うアタシ、そんな場合じゃないから!
いや、それよりも、アタシがあられもない格好で抱えられてる状態に、いまさらながら恥ずかしさが天元突破なんだけど!
どうにか露出部分を隠せないかと身じろぎしていたら、
「私はグレースと呼んでいいか?」
ハッとした。
そうだった。ここは元いた世界じゃなくて。アタシはもう『グレース』で。
「……えぇ。ワタクシのことはグレースとお呼びくださいませ」
良かった。どれだけシズカさんに似ていようとも、グレース呼びされる限り、別人だって思い知れる。
あの親しげな響きで元の名前を呼んでもらえることは、二度とないんだ。
同じ呼び名なのに、他の人が呼ぶのとは違う、シズカさん独特の響きがあって。アタシを呼ぶときのシズカさんは、いつもどこか困ったような笑顔で。
何度も焼きつくくらい反芻したシズカさんの表情をありありと思い出してしまったら。
『あらラ、泣いちゃっタ。このヨメも失敗かナ?』
「……仕方ない。また記憶を消して」
「待って! 違う。これは違うから! だから消さないで!」
うっかり前世の記憶まで消されたらたまらない。
これ以上アタシからシズカさんを奪わないで!
そう思ったら、余計に涙が止まらなくなってしまった。
ずっと考えないようにしていたのに。思い出したら止められない。
なんで
同じ世界で息をしてくれてるだけで良かった。
元気かな、また会いたいなって思ったときに、ちらっと見かけるだけで満足できたのに。
ぼろぼろ泣くアタシを、ロナウド様は「私の顔を見て、婚約破棄された相手を思い出したのだろう」と解釈し、この場は解散になった。
ロナウド様が地下から寝室へと連れ帰ってくれる間もアタシは涙を止められず。
そんなアタシを気遣うロナウド様の体温と優しい揺れは心地よくて。昼間の疲れもあって、そのまま寝落ちしたらしく。
翌朝、夫婦の寝室で、ロナウド様に抱き込まれた状態で目覚めた時は、恥ずかしいやら、夢のようだわで。いろんな意味で死ぬかと思ったけど。
なにより大切な記憶が消えてなくてほっとした。
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