幽霊付き物件をお探しの方へ

ちびまるフォイ

いわくつかない物件

「なるだけ引越し費用は抑えたいんですよ」


「まあ新生活ですからね。学生さんはお金もない」


「ですです。できれば家具とかもあると嬉しいんですが……」


「でしたら、これはどうでしょうか。

 立地もいいし、眺めもいい。それに家具家電と幽霊付きです!」


「おお! それは……んん?」


「なにか?」


「幽霊つき?」


「はい、幽霊がついています」


「ちょ、ちょっとまってください!

 そういういわくつきの物件はお断りですよ!」


「あ、でも"いわく"はないんですよ」

「は?」


「いわゆる事故物件ではなく、

 我々と幽霊が契約してこの物件に住んでるんです」


「ますますわからない……」


「でもこれ以上に安い物件で、

 家具家電付きで広い場所なんてそうないですよ?」


「うーーん……じゃあ、しょうが……ないか」


これから始まる華やかな新生活が

ゴミ物件により台無しになる恐怖のほうが、

学生は幽霊への恐怖を上回ってしまった。


ようは慣れだと言い聞かせながら新生活が始まる。


「ああ、怖いなぁ……幽霊って本当にいるのかなぁ」


目をこらせど何も見えない。

霊感はまるでない。


そんな霊感ゼロの鈍感な学生であっても、

この物件に幽霊が住み着いている証拠は形となって現れた。


「うわぁ! 物が勝手に片付けられている!!」


「気になっていた番組が自動で録画されている!」


「お風呂が勝手に湧いている!!」


「勝手にゴミ出ししてくれている!!」


新鮮なリアクションをしていた学生だったが、

数日もすると恐怖はすっかりなくなってしまっていた。


むしろ幽霊がいることで生活はゆとりがうまれた。


「はぁ、朝か。幽霊、カーテンあけてくれてありがとう」


朝起きれば幽霊がカーテンを開けて朝日を取り込む。

からだを起こせば顔を洗うために洗面台も準備万端。


勝手にコーヒーなで入れられていて、

あわただしい朝の風景はどこへやらといった様子。


「やっぱり幽霊付き物件を選んでよかったなぁ」


学生は姿の見えない幽霊に感謝しながら毎日を過ごすようになった。



やがて、新しい土地での学校もはじまり

転校生ブーストでみんなにチヤホヤされるうちに友達もできた。


その関係が進展し、彼女もできるとついに「その時」がやってくる。



「ねぇ、今日なんだけど学生くんの家に行っていい……?」



彼女は遠慮がちに提案してきた。

学生はその言葉に鼻息を荒くし、今日の夜の妄想に頭が火照った。


「もももも、もちろん! ぜひ!!」


彼女を自分の家にエスコートし、ついに家が見えたときだった。

自分では日常すぎて意識していなかった「幽霊」の存在を思い出す。


「あ、あのさ。変なこと聞くんだけど……霊感って強い方?」


「わからないけど。ちっちゃい頃はけっこうあったみたい」


「ソ、ソウナンダー……」


真実を話すまいと心に決めた学生は、なにも伝えずに彼女を家に招待した。

しかし、彼女はすぐに何かを感じ取った。


「ちょっとこの部屋……」


「あ、ごめん。ちらかってるよね!? そっちだよね!? ね!?」


「ちがう……なにかいる。やっぱり無理! 私帰る!!」


「え!? そんな! ま、待ってよぉーー!!」


伸ばした腕の先は無情にも彼女を捕まえることはできず、

この一件がしこりとなり、彼女ともお別れすることになった。


ひとりとひと霊の住む部屋にぽつんと残された学生は、

目と鼻の先まで迫った大人の階段を踏み外した怒りに燃えていた。


「くそ、くそ! もう少しだったのに! 幽霊さえいなければ!」


フラれた怒りは幽霊へと矛先を変えられた。


「ぜんぶ幽霊のせいだ! 幽霊つき物件なんか選ばなきゃよかった!!」


学生は部屋中に塩をまいて、除霊グッズを家中においた。


その翌日、目が覚めたのはすっかり日も落ちかけた夕方だった。

起きた瞬間に派手な寝坊をしたことを悟る。


「やべ……学校さぼっちゃった……。こんなことなかったのにな」


洗面台に行っても何も用意されていない。

しかたなく自分で水を出し、顔を洗ってからタオルが無いことに気づく。


びちゃびちゃの顔で部屋中を歩き回ると、

片付けられていない部屋に落ちていた画びょうを足で踏み抜いた。


「痛ったぁぁぁ!!!」


落ち着くまで痛みに転げ回ったあと、

やっと体を起こしてご飯を食べようにも準備がない。


部屋には捨てられていないごみぶくろが山積み。


「今日なんのゴミの日だったんだっけ」


調べようにもスマホの充電もされてないのでわからなかった。

そんな急に押し寄せた「不便」の数々に学生は遅ればせながら把握した。


「幽霊……出てっちゃんったんだ」


やっとこれで家に人が呼べると息巻いたのも数秒で、

そもそも生活力のない学生のゴミ屋敷には人を呼ぶことなどできなかった。


これだったら幽霊つきで掃除が行き届いた場所の方がまだマシ。


幽霊が今までしてくれた穴を埋めてくれる便利な家電を探すも、

学生の経済力ではせいぜい怪しい海賊版を買うのがやっとだった。


やがてゴキブリも寄り付かない家になると、

学生はがmなんの限界とばかりに不動産屋を訪れた。



「お願いです! 幽霊を……幽霊をつけてください!!」



「はあ? 何言ってるんですか。そもそもお客さんは幽霊付き物件を最初に選んだじゃないですか」


「それが……なんというか生活観の違いというか。

 その、追い出してしまったんですよ」


「なんてことを」


「いなくなって初めて幽霊のありがたみに気づいたんです。

 家具家電付きよりも、いかに幽霊つきが大事かってことを」


「そうでしょう」


「なんとか幽霊に戻ってもらうことはできませんか?」


「前にいた幽霊に戻ってもらうことはできません。ですが……」


「ですが?」

「別の方法ならあります」





それからしばらくして、不動産屋にまた別の客がやってきた。


「いらっしゃいませ。どんな物件をお探しですか?」


「  」


「なるほど、なるほど。でしたらこちらはどうでしょう?

 立地も申し分ないし、眺めも最高」


「  」


「いいでしょう? それだけじゃないんですよ」


「  」


客は不動産屋のセールストークに目を輝かせる。



「今なら、家具家電と人間つきです!!」



「  」


「ああ残念がらないで。人間との共同生活もいいものですよ。

 幽霊になってからやることないでしょう?

 人間の世話をするのも楽しいものです、ペット感覚で過ごせますよ」


「  」


「ここにしますか? ありがとうございます! きっと気に入りますよ!」



その後、学生の家にはまた新しい幽霊がついてきた。

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