天国はきっとこんな感じ

高黄森哉

天国はきっと


 車が猛スピードで走っていた。目にも留まらぬ速さで過ぎ去り、道の辻で大事故を起こす。破片になった人間は、アスファルトに飛び散った。しかし、警察や救急は現れなかった。ここは天国だからだ。人間の快楽の極上を体現したところだからだ。誰が人々の欲求を制限しようか。


 そこらじゅうで空き缶の踏みつぶす音がした。歩道はビールの間が潰れたもので一杯になっていた。銀色の道はくしゃくしゃにしたアルミホイルのように輝いている。空気は酒気帯びている。あっ、トラックの運転手が窓からビール缶を捨てた。

 トラックは集団へ向けて突っ込んでいく。ハンバーグのパテがもし潰れた人間由来だったら、人肉製煮る前のつみれ。


 しかし、ここに死は存在しない。


 どれだけバラバラになっても、つなぎ治せるし、灰になっても一日の終わりには復活する。人間は死んでようやく、死の恐怖や不安を克服したのだ。これでなにかに怯えて過ごすことはない。天国だからだ。


 男たちの群れがマンションの前に蠢いている。人気女優の住処の前で。この中に住んでいるのだ。もはやどこにも逃げ場などない。裸の男が次から次へと入っていく。しかし、なんてことはない。彼女にとっての幸福は、道徳の偏見を撤廃すれば、そこに自ずと落ち込んでいくからだ。すなわち彼女にとって、それが天国であった。


 麻薬がそこら辺にも生えている。だれかが、誰かのために種をまいたのだ。平和の集団が公園で大麻草を吸っている。紫の穂先が、蛍のように輝いている。フラスコのような器具を、嗅ぐ者もいる。まるでコイルのように湾曲した硝子の容器をバーナーで熱して。そのバーナーで体を焼いて食べている者もいる。


 麻薬反対派もいる。麻薬反対派はプラカードと釘バットを持って、公園に今まさに突撃しようとしている。彼らは、対立集団がいなければ、生きがいとする活動を出来なかった。麻薬中毒者がいなければ、潰すこともできないのである。わっと武装した集団は病人をリンチにし始めた。畜生、俺達は真っ当に生きてきたのに、ずるしやがって。


 戦争が隣で行われている。本当のfpsゲームだ。その横は核兵器の工場があり、科学者は愉悦に浸っている。とても大きな工場で科学者が格納されている。研究をするに特化した奇妙な、風船のような姿かたちで、知的遊戯に勤しんでいる。その全てを爆弾が吹き飛ばした。実験は失敗したのだ。なんてことはない。またやり直せばいいだけだ。


 一方で地獄を見てみようか。天国の反対。そこには、どんな凄惨な光景が広がっているのだろう。


 そこは地獄、と書かれた工場だった。人間は一秒単位で行動を制限されていた。自由時間でさえ、規則で縛られており、例えば、人を殴ってはいけなかった。煙草や酒などの麻薬類は全て禁止されていた。人の精神に悪影響を及ぼす、小説や漫画、ゲームの類は禁止されていた。全部、囚人の健康のためだった。彼らは死ぬことさえ許されていなかった。死ねばそれ自体が罪となり刑期が伸びることとなった。

 彼らの勤務時間は七時間だった。週休は二日で、夏休みもあり、休みの総計は年間百二十日であった。休みは家でごろごろするしかない。なぜならばすることがないからだ。

 

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天国はきっとこんな感じ 高黄森哉 @kamikawa2001

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