ゴングは毎日鳴っている

多賀 夢(元・みきてぃ)

ゴングは毎日鳴っている

 憧れている。漢だと思っている。

 その体、その力、それぞれの技すべて。


 私のスマホのロック画面に映る、凛々しい男達。

 その名を、プロレスラーという。

 ***********************


「ありがとうございます、○○カタログサービスセンターです」

 電話を取って開口一番、丁寧にあいさつをする。

「はい、E-34番。日よけのアームカバーですね。おひとつでよろしいですか。ああ、そうですね、最近暑いですからね」

 注文シートに内容を書き込みながら、お客様のお話を聞く。

「では繰り返します。お名前は山田シゲ子様、お住まいは○○県○○市○○丘3丁目2、お品物はE-34番、日よけアームカバー一点。お支払いはクレジットカードですね。ええ、まだまだ暑いですからね、熱中症にはお気をつけください。それではご注文ありがとうございました」

 受話器を置くと、斜め前の香西さんが受話器を耳に当てたまま激しく頭を下げていた。ポニーテールを飾る黒いベロアのリボンが、ぴょこぴょこ跳ねている。

「はい、はい、申し訳ありません、M-28は愛媛産でございまして。熊本産はこちらでは扱っておりません、いえ、パクリではないと思いますが……、すみません!申し訳ありません!」

 甲高く切羽詰まった謝罪に、オペレーター達は不安げに彼女を見ていた。



 お昼になった。

「ねえねえ、門田さん聞いて聞いて? ああもう最悪ー!」

 香西さんは、フリルいっぱいのバッグを脇に置いて休憩室のソファに伸びた。

「課長にも呼ばれてたみたいだけど、何があったの?」

 私がお弁当を広げながら訪ねると、香西さんはこちらの方に這って近づいた。

「あのさあ、不知火ってあるじゃん。愛媛産の」

「あるね」

「あれはデコポンじゃないかってオッサンに言われて、同じ品種ですって言ったら、デコポンは熊本じゃないのか、パクったのかって言いだしてー」

「うわめんどくせー」

 ここは柑橘処の四国である。通販では数種類の蜜柑からレアな柑橘まで扱っており、オペレーターは全員各品種の細かい違いまで勉強している。

 しかし、お客の中には困った人間もいるもので、こちらの知識に挑まんと攻撃を仕掛けてくるものも多い。

「課長も『もっと分かりやすく説明しろ』とか言ったけどさあ、あれどう考えてもイタズラですよねー」

「どう考えてもそうじゃん」

「またかかってくるのかなー。やだなー、私取りたくない」

「まあまあ、とにかく早く食べちゃいな。お昼終わっちゃう」

 私は香西さんを促しながら、自分も弁当箱の中のウインナーをほおばった。スマホに通知が来たので手に取ろうとすると、香西さんが黄色い歓声を上げた。

「ロック画面の人、すっごいイケメン!誰この人達」

「……プロレスラーだけど」

「え。プロレスなんて見るんですか?」

 かちん。『なんて』てなんやねん。見たら悪いんかい。

 香西さんは遠慮なく私を上から下まで見た。

 ――飾り気はないが、こぎれいな方だとは思うぞ。今日はライトブラウンのシャツに白のタイトスカート、足元はローファー。清楚系でしょうが。

「テレビ討論とかで、暴力的な番組反対!とか言ってそうだもん」

「言わないよっ!」

 私はプロレスについて語りそうになった。が、必死で我慢した。

 語ると絶対長くなる。だってもう、好きとかいうレベルじゃない気がするし。



 午後。

「ありがとうございます、○○カタログサービスセンターです」

 いつものご挨拶をすると、少々巻き気味に男の声がした。

『63ページにある、ベンガラ染めマフラー』

「はい、P-11番ですね」

『青色はないのか』

 私はぴたっと止まった。落ち着いて、手元のカタログをめくる。

「青色のマフラーをご所望でしょうか?」

『そうでなくて、この商品の青色はないのかと聞いとるんじゃ!』

 その脅しの声音を聞いた途端、私の中でゴングが鳴った。

 私は声の高さをわずかに落とし、はっきりとこう言った。

「ございません。ベンガラとは赤い染料のことでございます、青はございません」

【実況】まずは門田から、ゴング前の攻撃にカウンター!

【解説】そうです、ベンガラは鉄から生まれた真っ赤な染料です!あの稲荷神社の真っ赤な鳥居も、元々はベンガラで染めていた歴史があります!

『じゃあ藍染のマフラーだせや、ピンクなんか男の首に撒けるか』

【解説】電話口の男はいかにもヒールらしいですねー、脅しにも聞こえる口調で威嚇しています。実際のプロレスなら、マットから降ろされ鉄柵に投げれている感じでしょうか。

【実況】おっとここで門田が動いた!カタログで何かを見つけて、目を輝かせている!

「お客様。43ページの徳島特集で、藍染のマフラーをご用意しておりますが、いかがでしょうか」

【実況】あったー!藍染のマフラーが存在したー!

『は!?あ、あるのかよ!!』

【実況】これには電話口の男も驚いている!

「ございます」

【実況】低く説得力のあるダメ押し!門田強い!門田強い!

【解説】いやあ、門田まったく揺らがないなあ!

『なんで同じページにしないんだよ!分からねえじゃねえかよ!』

【解説】おっと?電話口の男がごねだしましたね?これに門田はどう返すのか?

「当社のカタログは四国の特産品を中心にご案内しておりますので、岡山県特産のベンガラ染めは別のページとなっております。どうかご了承くださいませ」

【解説】そうでしたね!今回のカタログの題名は『四国いいもの紀行』でした!

【実況】そして門田の丁寧な接客!他のオペレーターと一線を隔した、知性と胆力を感じるはっきりした低い声!隙が無い、隙が無いぞ、さあどうする電話口の男!

『ああ、じゃあいいよ。徳島の藍染?それ買うよ』

「A-22、徳島県産藍染マフラーですね。一点でよろしいでしょうか」

『おう、姉ちゃんの接客に免じて、こうてやるわい』

「それはそれは。ありがとうございます」

【実況】カンカンカンカン!ここでゴングが鳴りました!勝ったのは門田!門田が今日も勝ち星を上げました!



(ふー)

 私は注文を記録した後、思いっきり伸びをした。

 今日もいい『試合』だった。脳内の実況も解説も実に冴えていた。

 さて、次の対戦相手はどこのどいつだ?今日の私は強いぞー!

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ゴングは毎日鳴っている 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

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