第5話 欠品デスクヒーロー
桜の木がすっかり満開になり暖かな陽気がさしているのを感じる4月。僕たちは二年生に進級し、和夫は理系、僕は文系にしたことでクラスはバラバラになってしまった。それでも和夫は僕と一緒に桜道を下校している。実にありがたい話だ。水谷君は特別進学クラスに配属されたので同じ文系でもクラスは同じではないのだが、ボンズがきっかけで話すことも多くなった。
「いよいよ今日から大会予選か。なんかあんまり実感わかねぇな。」
和夫が言うことももっともで大会の予選はオンラインで行われる。ステージに立つためには、4回予選で勝ち上がる必要があるのだ。
「ようやく俺たちの練習の成果を発揮することができるな。優希、指示は頼んだぜ。」
「ここまで来たからね。あとはやるしかないよ。」
僕たちは腕でタッチした後、やや駆け足で自宅へと向かった。
「水谷君聞こえる?こっちは準備OKだよ。」
「こっちもOKだ。優希。和夫の方は聞かなくてもよさそうだな。」
「おうよ!準備万端だぜ!!!」
僕らは大会予選のエントリーが許可され、次の対戦相手まで待機している。この予選を通過することができればステージに立つことができるのだ。負けたくはない。
『対戦を確認しました。ゲームをスタートします。』
無機質なゲーム音声を聞き、僕らの大会予選がはじまった。
対戦相手は、僕らとだいたい同じ構成のスキルを組んできている。つまり、このマップでの戦略というのは大方理論値が決まってきているということなのだろう。あとは、実践で活かせるかだ。
「設置場所のA道に足音が聞こえる。たぶん2人かも。一人はわからん。」
水谷からの情報だ。A道から二人ということは中央から一人かB道から一人。だが、相手が慎重に攻めてきているということはきっと設置場所に入るためのスキルを持ち合わせていない可能性が高い。となれば中央の道からきても戦力を分散されるだけだ。となると答えはB道かもしれない。僕はB道に照準を置き、敵を待ち構える。この待機時間は本当に生きた心地がしない。額に冷や汗が流れるのを感じた。そして、敵のあたまがかすかに見えた、ここしかない。僕は、球を正確に頭に当て、敵を一発で倒した、こちらの人数が有利になる瞬間である。
「適度に出て牽制してくれ!こっちが裏を詰めて一緒にピークする!」
「「了解!」」
僕は忍び足で急ぎ目に敵の裏を正確に詰め、挟み撃ちにすることに成功した。
「一緒に行くぞ。3、2,1,GO!!!」
体を三人同時で出した二人を迎え撃つ。相手はバリケードを出して、両側を二人ずつで見ている。でもこれも想定済みだ。僕はグレネードを出して、バリケードに向かって投げ入れる。本来なら狭い場所でのグレネードは自分たちのチームに被害が及ぶ可能性があるので使わないが、相手がバリケードを出しているのなら話は別だ。相手のバリケードが粉砕され、衝撃で相手がひるむ。
「いまだ!」
銃静音とともに敵が崩れ落ちる。僕たちの勝利だ。
「よっしゃ。」
「よし!」
和夫と水谷のうれしがる声が聞こえる。この相手の動きが読めた瞬間がなによりも気持ちいいのだ。
僕たちは、この後もラウンドも勝利し、ついに初戦を制することができた。
その後の予選もすんなり進んでいった。水谷のエイム力、僕の戦略、和夫のバランスでみごとに調和がとれている。これは長らく準備してきた努力のたまものといったものだろう。そして、予選決勝。事態は急変する。
8-9のあと一点で負けてしまうというところまで追いつめられてしまった。水谷も和夫も余裕がなくなっている。相手も僕たちと同様僕らの動きを的確に読んできた。水谷の予想外のエイムによって救われる部分が多々あったが、それにも限界がある。
そして、和夫と水谷が先に死んで1対1の状況。最後の一人がどこにいるかの情報はまだつかめていない。これはかなり厳しい状況だ。もし、設置場所に入られてしまったらバリケードで防がれて粘られてしまう。それだけは避けなければならない。敵がどこから来るか。それが予想できなければ負けてしまうだろう。僕は、落ち着いて状況を整理した。和夫が倒されたのはA道、水谷がカバーに回ったが、中央から打たれて死んでしまった。そのあと、再びA道に寄ってきた敵をキルできたところまでは情報がある。しかし、肝心のもう一人が来ない。一回も見ていないのだ。試合を放棄したとは考えられない。となると、最後は……。
「自陣側のCTだ!」
自分たちが来たところにエイムを置く。
「何やってんだ優希!そこは自分たちの陣地なんだから来るわけがないだろ!」
焦り問い詰める和夫の言葉を振り払い、自陣側を見つめる。そう相手は一回も見てないのだ。となればどこにいるのか。僕らの通ってきた道まで大回りでくればいいのだ。そうすれば僕らが警戒しているところとは別のところから撃てる。そこを狙っているかもしれない。僕はその可能性にすべての力をかけた。全員の緊迫した様子が無言のボイスチャットからも伝わってくる。そして……。
「ビンゴだ。」
相手の頭をとらえ、僕は構えていたスナイパーで打ち抜いた。
「よっしゃああああああ。」
和夫が声を出して喜こぶ。僕が一か八かでかけた戦略が勝った瞬間だった。
次のラウンドはあっけなく負けてしまった。敵が素早く正面から突破してきて、いままで分散されてきた僕らの守りが崩され、そのまま全滅まで追い込まれた。さきほどの緊張が嘘のように溶けて、僕らの試合は圧倒的にフィジカルの前に敗北した。けれど、僕らは満足感を覚えていた。僕らでこれだけの試合を勝ち抜いたのだから誇りを持っていいと思う。そう胸に突き付けた。
次の日の昼さがり。僕たちは大会予選の打ち上げを行うことにした。場所は近所のファミレスであり、和夫と僕がとなりに、向かいに水谷として座った。
「にしてもあと一歩だったなぁ。大会への切符。つかみたかったぜ。」
「僕ら初心者からすればよくやった方だと思うよ。実際タクティカルFPSなんて僕らが赤ちゃんの頃からあったんだから、歴戦の猛者にかなうことは難しいね。」
和夫の悔しがっているのを、水谷がなだめる。ふたりとも悔しいのには間違いないのだが、それでも笑顔でいた。
「なんかさぁ。こうやってみんなで努力しながら進むのって悪くないよね。なんかこう全員が一体となって没入する感じかな。あの感覚があったからここまでやってこれたと思うんだ。」
「確かにな。俺も優希と初めて本気で何かに打ち込めてなんだかんだ本気で楽しむことができたよ。」
和夫は僕に応えてもうひとつ補足を入れた。
「そうそう、俺工学部に入ることにしたよ。生体関係なんだけどさぁ、お前の手が本当に完璧に……それこそガンツに出れるぐらいの精度で動くぐらいのサポートマシンを作りたいんだ。」
「お、それはうれしいねぇ。ついでにボンズの腕も上げてくれないかな?」
「それは自分でやれよ。」
三人の笑いが共鳴する。この時間を、いやこのチームをもっと大事にしたいと思った。
僕はまだ、欠品だ。手も戦術もエイムもまだまだかけている。欠品デスクヒーローだ。それでもこのチームは欠けてないんかない。
僕たちは三人でデスクヒーローなのだから。
春の陽光が僕らの机と体を明るく照らしていた。
欠品デスクヒーロー イキリト @Tetotel
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