第10話
その後、自国に戻った隣の藩の若殿様は、戦などなかったように、自分の藩を治めることに力を注ぎ始めました。化け物たち脅かされて、逃げ帰ったことを認めるのが嫌だったのだと思います。
戦が終わってしばらくすると、小さな藩の殿様は村長をお城に呼び出しました。
「村長よ。そちの働きによって、我藩は窮地を脱することができた。礼を言うぞ」
「なにを仰しゃいますか。儂らは、隣の藩のものたちを少し脅かし、混乱をさせただけのこと。あとの働きは勘兵衛様とお稲荷様のお力でございます」
「稲荷神社の力と申すか。となれば、我藩もこれ以上の開拓は祟りがあるやもしれぬゆえ、止めねばならぬのかの」
「そのようにされた方か良いかと」
「開拓は止めにしょう。されど、そちたちの働きが無くば、敵は混乱することはなく勘兵衛も戦いに出ることは無かったであろう。やはり、そちたちの力は大きい。じゃが、余はそちたちが、隣の藩の殿様に貢物を献上したことを知っておる。当時の状況をみれば、その儀は仕方ないことだと思っているが、にもかかわらず、なぜそちたちは危険な目にあうことを承知で当方についたのじゃ」
「頼みの綱の勘兵衛様が鉄砲で撃たれて、儂らの藩が隣の藩に負けていることは、村人達にも伝わっておりました」
当時、村では勘兵衛が鉄砲で負傷した話で持ちきりとなっていました。そこで、今後の村の行く末を相談するため、村の代表者が村長の所に集まることにしたのです。
「勘兵衛様が、鉄砲で撃たれたというではないか」
「それまでは、敵の兵の首をまるで蕪を引き抜くみたいに、引っこ抜いていたというぞ」
「しかし、さすがの鬼勘も、鉄砲には敵わなかったか」
「じゃが、亡くなったわけではなかろう」
「といって、勘兵衛様が戦に出られぬとなれば、この藩は、隣の藩に降参するしかあるまい」
「となれば、儂らの村も隣の藩に乗っ取られてしまうということだわな」
「なら、どうするね」
「どうもこうもねえ。儂ら百姓は、作物を作って領主様に年貢を納めるのが仕事だ。戦いが仕事ではねえ」
「そうとも。儂らがいなければ年貢を取り立てることはできねえ。儂らを殺す事はしねえと思う」
「すると、勝った方につくということだな」
「それしか、方法はねえんじゃないか」
「だが、隣の百姓の話では、年貢は六分だそうだ。いま、儂らの殿様は、四分しかとっていねえ。二分も増えることになる。それどころか、今回の戦で、掛かった費用を補うため、最初の年は七分を出させると聞いているぞ」
「三分も余計に納めるのか」
「・・・・・」
そこで人々の声は止まりました。
「村長どうするね」
それまで、村長は目をつぶり黙って話を聞いていただけだったのです。
「皆の衆、儂の腹はもう決まっているんじゃ。今から話すが、その前に儂は村長を辞めさせて貰う」
突然の村長の辞任に皆の者は驚き、互いに顔を見合わせました。
「何を言っているんじゃ」
「逃げるんか」
「まあ、これから儂とこの話をするから、とにかく村長の役を解いてくれ。でないと皆の衆に迷惑がかかってしまうことになる」
「村長、まず話をしてくれんか」
「儂のところは、儂ら一族が全員、この藩を守るために戦う気持ちでいるんじゃ。つまり一揆をするつもりでいる」
村役の間にどよめき声が起こりました。
「何じゃと・・・。村長は、隣の藩と戦をするつもりなのか。儂らは、武士じゃねえ。刀も弓も持っていねえんだぞ。戦いなんてできるわけがねえ」
「儂は、何もお前さん達まで巻き込もうとは思ってはおらん。儂ら一族だけがすることだ。儂らには、儂らの家の都合ってものがある。と言って、村の衆に迷惑をかけたくない。じゃから、儂を村長の役から解いて、縁を切ってくれと言っておる」
「家の都合とは何じゃ。聞かせてもらいたい」
「儂らの家は、ここ二三年、勘兵衛様の世話をしてきた。それは、皆も知っている通り勘兵衛様には、村の開拓の危機を救ってくれたご恩があるからだ。そればかりではない。そのことで、勘兵衛様は、不得手な開拓の指揮を執らなければならない事になり、儂らは屋敷を社務所としてお貸ししてきた。さて、その勘兵衛様じゃが、今回の戦で、獅子奮迅の活躍をされ敵を次々と倒しているのは知っていよう。じゃが、その勘兵衛様が今や鉄砲で撃たれ倒れてしもうた。今、この戦で勝とうとしている隣の藩は、そんな勘兵衛様を決して許すことはないだろう。そこで儂らの家のことだ。この戦で負けたとなれば、勘兵衛様に肩入れしていた儂らの家の者が無事に済むわけがあるまい。相手の藩にとっては、憎くて憎くてたまらない勘兵衛様なのだ。必ずや家財を没収し、儂は首を撥ねられ、家は取りつぶしになるだろう。儂はそれを黙って行わせるわけにはいかないのだ」
「そうか。それで、村長を降りたいのか」
「だが、親類縁者までよく賛同したの」
そこで村長は、ふっと口元を緩めました。
「儂ら一族は、なんだかんだと言ってもやっぱり勘兵衛様が好きなんじゃ」
その言葉は、重苦しさに包まれていた村役たちの間に、涼やかな風を運んできました。
「そうよな。鬼のような怖い方かと思ったが、味のある方よな」
「それに・・・」
村長は、更に述べようとして少しはにかみました。
「まだ、なんかあるのかい」
「儂の娘が、勘兵衛様の子を孕んだ」
その瞬間、皆の顔が笑顔になったのです。
「そうか。お子ができたか。村長の娘っ子もやるじゃねか」
「勘兵衛様は、鬼かと思っていたが、人の子だったんじゃのう」
「鬼も、人に惚れるもんなんじゃのう」
「そうか。めでたい。何と、めでたいんじゃ」
「娘は言うんだ。この子がいる限り、儂の家は根絶やしにされるとな。といって、この子を殺す気持ちは無いと言い張る。儂も、勘兵衛様のお子を殺す事はできん。どうせ、根絶やしにされるなら、一揆で立ち上がろうと思ったのよ。じゃが、これはあくまで儂の家のこと、皆の衆には関係ないことじゃ。じゃけん儂は、村長を辞め、儂ら一族でやる」
すると、勘兵衛に岩を持ち上げてもらって助かった一人が、
「ならば、儂もやる。勘兵衛様に、儂は助けられた。儂も勘兵衛様の子が見てみたい」
と言い出したのです。すると、
「儂もやる。儂も助けられた。儂の家ではまだ小さい者もいるが、儂だけでもやる」
「儂もだ。儂は、勘兵衛様の開発でようやく土地を持つことができた。どうせ他国のものに取られるなら、できるだけ抵抗したい」
と、次々と賛同する意見が出されたのです。
「それでは、皆の衆に迷惑をかけることになるではないか。儂が一揆をすることにしたのは、儂の家の事情からなのだぞ」
「村長よ。この村は、殿様や勘兵衛様にずっと守られてきたようなもんだ。だからこそ、儂らは年貢を納めることで応えてきたんじゃ。じゃがそれは、儂らの甘えであったかもしれん。この村は、本来儂ら一人一人のもんじゃろう。今、殿様や勘兵衛様は、この村を守るために一生懸命に戦っている。だが今守りきれなくなっているこの時に、儂らが立ち上がり戦わなくて誰が儂らの村を守るんじゃ」
「じゃが、たくさんの人が死ぬことになる」
「どうせ、戦に巻き込まれて何十人かは死ぬじゃないか。いやそれよりも、今後重い年貢が課せられれば、貧乏生活が続き、儂らだけではなく、子どもや孫までも辛い思いを強いられることになるかもしれん」
「そうだ。そうだ」
その後、誰もが村長を見つめ、思案の時間が訪れました。やがて村長が意を決したように
「皆の気持ちはわかった。だが、やるなら必ず勝たねばならない」
と言ったのです。
「何か方策があるのか」
すると、村長はニヤッと笑って、
「我娘が、お稲荷様のお力に縋ってみてはどうかと言うのだ。化け物を呼び寄せ、加勢してもらおうではないか」
と言うと、村人の代表たちもこぞって頬を緩めたのでした。
「要は、自分たちのことを考え守って下さる方にお味方しただけのことでございます。上に立つ者は、下々の事を考え政事をなさいます。そのことを常々お考えなさっています殿様に自分たちの未来を託したのでございます」
と言って、村長は頭を深々と下げたのでした。
村長の言葉にいたく感激した殿様は、
「そちたちの気持ち、うれしく思うぞ。それ故、そちたちに何か褒美を取らせよう。何なりと申せ。叶えて使わす」
と仰いました。すると、村長は、
「何もございません。と言いたいところではございますが、お許しいただけますれば、一つ。我娘に勘兵衛様のお子が宿ったこともあり、勘兵衛様を我家の婿に迎えたいと存じます。そのためのご沙汰を・・・」
と言い、殿様は慌ててしまいました。
「なんと、勘兵衛を・・・。勘兵衛に武士を捨てろと」
「ははっ。その通りでございます」
「勘兵衛は、我藩にとって必要欠くべからざる男ぞ」
「殿様は何なりと申せと仰いました」
「うーん」
しばらく考えておりましたが、
「しばらく待て。当人と話してみなければならぬ」
と言い置き、村長を下がらせますと、勘兵衛を呼びつけたのです。
「勘兵衛。いかがいたす。武士を離れるか」
「それが殿のご命とあらば・・・・。さらに、村長に約束されたこと。破るわけにはいきますまい」
「されど、長年余に使えてきたそちの家が、途絶えてしまうではないか」
「遠縁の者を養子にして、継がせましょう」
「されど、そちが居ての我藩ではないか」
「なにを仰います。武力で納める時代ではないと、拙者に話されたのは、殿ではありませんか。それに拙者は、もう使い物にはなりません。ごめん!」
と言って、勘兵衛は懐に手を入れ込むと、着物を脱いだのです。すぐさま、弾痕の跡が残っている肌が露わになり、肩や腕など幾つかの筋肉が切断されているのが、見て取れました。そこで、殿様は黙ってしまわれたのです。
エピローグ
勘兵衛が、城から下がろうとすると、門のところでは、村長が待ち受けていて、姿を見かけると近寄ってきました。
「勘兵衛様。これでよかったのでしょうか」
「様は、よしてくれ。そちは儂の義父殿になったのだ。呼び捨てでよい。それに、これは儂が頼んだことだ」
「そう言われましても、勘兵衛様。あっ、いや、勘兵衛。どうも勝手が違いますな」
「はっはっはっ。時に義父殿。儂には、一つ解せぬことがあるのじゃが、教えてくれぬか。敵も強者の集まり、女子が顔に紙を張ったり、案山子に鎧を着せて起き上がらせたり、はたまた、鳥もちのついた麻網を上から被せみたりしても、その程度のことでは、臆病風に吹かれることはないと思うのだが、なぜあのように極端に怖がったのであろう」
「それは、お稲荷様のお力です、と言っておきたいところですが、勘兵衛が儂の婿になりましたので、本当のことを教えましょう。あれは、大麻の葉の力なのです。よくは解りませんが、昔から大麻の葉を焼いた煙を吸い込むと、夢、幻を見ると言われてきたのです。特に、大麻がよく採れるお化け山では、儂らが葉や枝を削ぎ落とし、茎だけ持ち帰るため、寒い時など葉や枝を焚き火の薪としてくべると、化け物たちがどこからともなく現れたといいます。ですが、大麻は米が不作の時、生活を補ってくれる儂らにとって大事なもの、採らないわけにはいきません。そのため、儂ら村の者は、息災を願い稲荷堂を作ったのです」
「そうか、とすれば、村人にとってあの山の開拓は、大麻の育っている土地も耕してしまうため、心不安であったことだろう。それでも、儂のためならと行ってくれていたのだのう。すまなかった」
「何を言いますか。開拓は結局儂ら村のためになること。それでも、今回のことで、殿様が開拓を中止されたので、ほっとしております。お稲荷様も喜んでいらっしゃるでしょう。ときに勘兵衛、本当に武士を辞めてよかったのでごさいますか」
「儂は、鉄砲で撃たれたときに、もう儂の時代は終わったと思った。ましてや化け物たちに助けられて勝ったとなれば、儂個人の力など、たかが知れている。この城での儂の役目は終わったのだ。儂は、人に請われるところへ行きたいと思う。百姓はいい。作物を実らせることができる。殺生をしないですむ。それに、なにより儂に子ができる。子は儂を必要としてくれるだろうか」
「当たり前です」
村長が、窘めるように言いました。
「これは怖い。まるで鬼のようじゃ。義父殿。そう儂を怒らず、孫の名前でも考えて下され」
「そうよのう。そうよのう」
二人は、そう言いつつ笑いながら家に向かったのでした。
私の考えた話は、これで終わりです。
おしまい
鬼の勘兵衛 @takih
★で称える
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