第4話 ゴミ箱への期待

「てめぇ、そりゃ何のつもりだ!」

「投げて攻撃する気か!」


「ほらほら、脇をガラ空きにしたわよ? でもあんたたちの攻撃じゃ、また当たらないかな?」


「クソがぁ!」

「悶絶しやがれ!」


 回避は念じるだけ。

 怖いけど、自分から避けたりガードしたりする必要はない。

 今度はどちらも振りかぶらない。

 蹴りだ。

 ひとりは脚狙いの下段回し蹴り。

 もうひとりは脇腹狙いの中段回し蹴り。


(お願い、上手くいって!)


 私は真上を見上げた。


 次の瞬間、私は奴らの頭上にいた。

 天井ギリギリの空中に転移。

 奴らが何もない場所へ蹴りを空振るのが見えた。

 彼らはいると錯覚した私の姿を蹴ったのだ。


 そして奴らの回し蹴りは、勢いあまってお互いに命中した。

 下段回し蹴りはもうひとりの軸足に、中断回し蹴りはもうひとりの腹に当たった。


「バカね、残像よ!」


 私は落下しながら、横向きに持ったゴミ箱を奴らへ向ける。


(このまま、落下しながら師匠をぶつけてやる!)


 私は自分の体重ごと、奴らにゴミ箱をぶつけた。


 めまいがするほどの金属音が鳴り響き、手からゴミ箱が吹っ飛ぶ。

 直後、足から床に着地したが、落下の勢いでそのまま大きく尻もちをついた。


「あ、痛たたぁ~」


 一瞬息が止まるほど、床に尻を打ってしまった。

 お尻を押さえながらゆっくり立ち上がる。


 目の前の床で荒くれ男ふたりが伸びていた。

 横にしたゴミ箱が、上手いことふたりに当たったみたいだ。


 直後、大歓声が上がる。

 居合わせた冒険者たち、同僚たちがいっせいに声をあげたのだ。


「す、すげぇ!」

「何だよいまの、オイ!」

「お前、本当に受付嬢なのか!?」

「アイリスさん凄すぎ!」

「彼女、あんなに強かったのね!」


 歓声が湧き上がり称賛を受けたけど、私にとってはどれも興味のない音だった。

 それよりもっと大切なことがある。


 近くに飛んだゴミ箱へ近寄った。

 横向きに転がっているそれを丁寧に床へ立てる。

 二か所、かなり大きなへこみができていた。


「師匠、ごめんね。大丈夫だった?」

「大丈夫や言うたらカッコええねんけどな、見ての通りべっこりいってもうたわ」


「直るかな?」

「まあ、内側から叩いたらいけるんちゃう? それよりもや。スキル使わんでブチ当たるんが、こんなに恐ろしいとは思わんかった」


(まるでスキルを覚える前は、殴られたことがないような口ぶりね)


 上司がカウンターの下から出てくると、急に偉そうに大声を出す。


「よし、俺の指導通りだな。おい、冒険者たちはいったん外に出てくれ」


 しかし、ギルド内には熱気が残っていて、上司がいくら呼びかけても誰も外に出ない。

 冒険者たちがいると、伸びているふたりを拘束したり、介抱したり、説教したりなどの事後処理がしにくい。


「みなさん、いったんギルドから出てくれますか。ちょっとやることがあるので」


 私が呼びかけると、みんな従って外に出てくれた。

 からまれていた若手パーティだけは、外へ出ずに上司へ向かっていく。


「何だ、お前たちは。いいから早く外へ――」

「いえ、外には出ません。私たちは本部の査察メンバーです」


 男剣士が女僧侶と女魔導士の前に出て答えた。

 さっき、殴られた腹はなんともないようだ。


「え、誰だって?」

「この職場を調査して欲しいと、匿名の手紙があって来ました」


「ちょ、調査? ま、まさか、王都のマル査!?」

「マル査? 税金調査に来たのではありません。冒険者ギルトの本部からセクハラ調査に来ました」


「セ、セクハラ!? さ、さささ触ってません俺は!」

「通報内容は『女性従業員の胸やお尻を触る行為が毎日行われている』というものです。なぜ説明する前に触ったって分かったのですか?」


 墓穴を掘って慌てた上司が、必死に受付嬢たちへ呼びかける。


「お、俺はセクハラしてないよな? な? な?」

「お尻を触るあんたの手、キモくて最悪」

「ほんと毎日毎日、屈辱だったわ」

「触られるたびに家で泣いてました」


 同僚たちがいっせいに手の平を返した。


「ア、アイリス、助けてくれ。お前のことは触ってないだろ?」

「そうですね。触らせないですもんね」


「ほら、こうやって反対意見も――」

「でもセクハラ拒否を理由に、私だけ毎日残業させたじゃないですか。とてもつらかったです」


 私がとどめの悪行を追加すると、上司は口を閉じて黙ってしまった。

 周りに誰も味方がいないと気づいたようだ。


 剣士の格好をした査察の男性が口を開く。


「しばらく見ていましたが、あなた、相当受付嬢にセクハラしていますね」

「い、いや……」


「しかも、セクハラ拒否を理由に残業を指示したと」

「そ、それは……」


「さっきのトラブルも、上司として解決の努力をせずにただ隠れていた」

「……」


「冒険者ギルドの内規に従い、あなたを解雇します」

「ちょ、ちょっと待って。調査でいきなり解雇はないでしょ⁉」


 上司が食い下がると、僧侶と魔導士の格好をした査察の女性ふたりが前へでる。


「この方は冒険者ギルドの理事です」

「即日解雇できるように、責任者自ら来てくださいました」


 責任者に宛てた私の手紙が役に立ったのだ。


「責任者が……来てくれたんですね」


 ほっとしたせいか、急に涙があふれてくる。

 私は人前でぽろぽろと泣いてしまった。

 目をつむり、声を出さないで涙を流した。


「この場であなたを解雇します」


 責任者のひと言で、上司がひざからくずれ落ちた。

 上司は元上司になり、同僚の受付嬢たちから冒険者ギルドを追い出された。


 責任者の男性が私にハンカチを渡してくれる。


「あなたが戦いで使ったのは、スキルという特別な能力ですよね?」

「……」


 私は涙を拭きながら、小さくうなずいた。


「いくつかのスキルについて、存在を把握しています。その中でもあなたの使ったスキルは特別なもの。人間であのスキルを持つのはあなたが初めてです」

「そうなんですか?」


「あなたは英雄になる人です。冒険者ギルドの特別職として、本部へ来てくれませんか」

「冒険者ギルドの本部……ですか?」


「厚遇を約束します」


 予期しない展開にぞくぞくと体が震えた。

 私は地方の冒険者ギルドで受付嬢をしていただけ。

 なのに王都にある本部の理事が、私のことを英雄になる人だと言った。

 本部へ来るなら厚遇を約束すると言ったのだ。


 でも、すでに違う生き方をすると決めていた。

 職員を続ける気持ちは残っていない。

 ゴミ箱の残像を蹴ったあのときから、もう私の心はここになかった。


「ごめんなさい。私はもうこの仕事を辞めます」

「え、辞めるのですか⁉」


「新しい人生を歩みたいんです」

「いや、あなたに辞められては困ります! 本部が嫌なら、ここでこのままでもいいですから!」


「いえ、辞めます。自由に生きてみたいです」


 私は引き留めを断り、冒険者ギルドを退職した。


 最後に冒険者登録を強く要求されたので、交換条件としてあるお願いを聞いてもらった。


 同僚たちに別れを済ませて冒険者ギルドを出た私たちは、鍛冶屋へ向かって歩き出す。

 もちろんゴミ箱は歩けないので私が抱えている。


「なあ、アイリス。ほんまにワイが報酬でよかったんか? ただのへこんだゴミ箱やで?」

「これから鍛冶屋に行って直してもらおうね」


「後で金をもろた方がよかったとか言わへんか?」

「あのねぇ、これから私を助けてくれるんでしょ?」


「お、やっぱ『バカめ、残像だ!』の上位スキルが気になるんやな?」

「それも気になるけど、もっと師匠に期待してることがあるんだ。ねえ、分かる?」


 ゴミ箱がしゃべるのをやめた。

 分からないらしい。

 ちょっとからかってみよう。


「シャツを脱いでなまで密着すると、胸がヒンヤリしてよく寝れるの。師匠だって私との胸圧展開を期待してるんでしょ?」

「お、おま、あ、あれはスキルを渡すために……」


(相変わらず、可愛い性格してるわね)


 でも私が本当に期待しているのは、ゴミ箱の呪いが解けて元の姿に戻ること。

 だって彼は……優しくて、とても素敵な人だから。


 了



※最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

※どなたか御祝儀で☆☆☆を投げていただけますと嬉しいです。

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バカめ、残像だ!~誰もが知るあのチートスキルで巨乳受付嬢が無双する!~ ただ巻き芳賀 @2067610

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